「ラブレター」



「ん? 何だこれ」
「あらあら、ファンレターね」
「うわっ。さ、紗枝っ」

後ろから覗き込むように身を乗り出すと、玲は過剰なほどに驚いて声を上げた。遅い時間の昇降口には、紗枝と玲の二人だけだ。

「お前いつの間に後ろにいたんだよ。ほんとシュミ悪いな……」
「だって『何だこれ』なんて聞こえてきたら、やっぱり気になるじゃない?」

その『何だこれ』の素は玲の手に握られている。ハートマークのシールで留められている白い封筒。どこから見てもファンレター、あるいはラブレターだ。
封筒には差出人の名前は書かれていないようだけれど……。

「だから覗くなっつってんだろ」

紗枝がしげしげと観察していると、玲は封筒を持った手を引っ込めた。反対の手で下駄箱の扉をバタンと閉める。そのまま昇降口から出て行く玲を、紗枝は後からゆっくりと追った。

「まったく、こんなもの書かれても困るんだよな。返事を書く気にもなれねえし」

困ると言いつつ、玲はファンレターを捨てたりしない。昇降口の脇にあるゴミ箱を素通りして、玲は白い封筒を無造作に制服のポケットに突っ込んだ。どうやら持って帰るらしい。
けれど、ファンレターの差出人に幸せな結末が訪れることはないだろう。玲が部屋でゆっくりファンレターを読むタイプとも思えない。

「でもどうしたものかしらね、それ」
「別にどうもしねーよ」
「あなたのことじゃないわよ。差出人の方」
「差出人?」

夕方の帰路には他に人影は見当たらない。夕焼けの光りは二人と街路樹を紅く染め上げている。紗枝は少し足を速めて、前を行く玲の隣に並んで歩いた。

「神門玲ファンクラブには鉄の掟があるのよ。『抜け駆けするべからず』ってね」
「はぁっ? 何だそれ?」

何だそれ二回目。玲はもう少し自分の人気を自覚した方がいいと紗枝は思う。晩秋の風が冷たいのか、当の玲は寒そうに少しだけ首を竦めている。

「『何だそれ』なんて言っていいのかしら? あなたも掟の恩恵を受けているのよ」
「どういうことだよ」
「今まで下駄箱にファンレターなんて入ってたことあった? ないでしょう? ファンクラブの抑制がなかったら、あなたの下駄箱、今頃ファンレターやら贈り物やらで溢れかえってるわよ」
「分かった分かった、もう解説は結構だ」

本当にうんざりといった様子で、玲は歩く足を速めた。
人気を集めているのだから、もっと有頂天になってもよさそうなものだけれど……それともこういうところが「硬派でいい」とか言って、勝手なイメージが作り上げられていくのだろうか。

「でもそのファンレターの子、嫌がらせや制裁を受けないといいけれど」
「制裁ってなんだよ……」
「私に聞かれても困るわね」

流し気味の紗枝の返事にも関わらず、玲は前を向いたまま何かを真剣に考え始めた。少しの間を置いて口を開く。

「紗枝のところにはこないのか?」
「え? ファンレター? うーん……」
「バーカ、違うだろ。嫌がらせのことだよ」
「ああ」

嫌がらせ、ねえ。

「そういえば昔……あなたの人気が出始めた頃だったかしら。一回だけそれらしきものがあったわね」
「おいおい、大丈夫だったのかよ」
「まあね」

本当にあるとは思っていなかったのか、横の玲は少しだけ眉をひそめている。

「なあに? 心配してくれてるのかしら?」
「っていうか、お前に嫌がらせをした相手の方が心配だぜ……」
「どういう意味よ、失礼ね」

笑って誤魔化したけれど、実はある意味玲の言う通りだった。嫌がらせらしきものは普通に自分で撃退したのだ。それ以来、嫌がらせは一度もない。
別にそんなに凄いことをやったわけでもないんだけれど。まったく、どんな噂が流れたのやら。

「それより随分遅くなっちゃたわね。もうすぐ日が暮れそう」
「ひつぎのヤツ、くだらない用事で呼びすぎなんだよ」

ひつぎと静久のペアが久しぶりに断ち合いをすることになってから、にわかに周囲が慌ただしくなっている。頂上決戦の立会人に選ばれた紗枝と玲は、今日も放課後に呼び出しを受けて簡単な説明を受けてきた。
まあ立会人と言っても何か特別なことをするわけでもない。ただし頂点の椅子を争う仕合いなので、書類に署名したり等の段取りを形式上だけでもこなさなければいけないのだ。

「あーあ、ほんともうすぐ夜じゃねえかよ」

玲は手を頭の後ろに組んで、歩きながら夕空を見上げている。

「そんなに上を見てると、首の筋がつるわよ」
「ヤワな鍛え方はしてねえから大丈夫だ」
「頼もしいお言葉ですこと」

玲は「ここで一番いい景色を見せてやる」と言ってくれた。
一番いい景色。この学園の頂点に立った時に見ることができる景色。
頂点に立つ姿は、きっと玲に似合うだろう。だけど、今みたいに上を見上げている玲もいいと思う。好ましい。

紗枝は立ち止まって校舎の方を振り向いた。この位置からだと手前の校舎が邪魔になって見えないけれど、視線の方角には星奪りの鐘撞き堂があるはずだ。
確実な勝ちを得るために慎重に行動する、それが玲の――自分たちのやり方だ。だから紗枝と玲は、ここしばらく星奪りに参加していない。自分たちが再び星奪りに参加する日が来るまでに、あと何回の鐘が鳴るだろう。

「? 紗枝?」

立ち止まっている紗枝に気がついて、玲もこちらを振り向いた。

「どうかしたか?」
「ううん、何でもないわよ」

玲は足を止めて紗枝が歩き出すのを待っている。
玲。私があなたに手紙を書いたら、それもファンレターになるのかしら。それとも、ラブレター?

「何だよ。寒いし早く帰るぞ」
「はいはい」

紗枝が再び歩き出すと、玲はプイっと前を向いた。紗枝が横に並ぶのを待たずに、さっさと寮の方に歩いていく。



  神門玲様

   あなたの願いは、叶えられそうですか
   私の想いは、届いていますか




 (ラブレター 完)




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