「鞘」 一章「四戒」 6



「はあ……」

桃香は二段ベッドの上で、暗いため息をついた。
りおながこの学園で自分を託すことができる刃友を見つけられたのは、本当なら喜ぶべきことだ。桃香が入学するのを待って、二人で楔束して刃友になる。自分とのその約束をたがえてまで、りおなが刃友として選んだ人物なのだ。きっとあの二人は強い絆で結ばれているはず……。
そう考えはしたけれど、桃香はどうしても納得することができなかった。
鬼吏谷桜花の、あの陰湿そうな目。
去り際に見せたりおなの複雑な表情。どこか悲しげな瞳。

ともかく、りおなに話を聞かなければ。
ベッドの上に起き上がり、桃香は考えをめぐらした。

明日、二年のりお姉の教室を訪ねるのがいいじゃろか。けど、あの鬼吏谷桜花とかいう奴に出くわすのはいけん気がする。なら寮はどうやろ。いやいや鬼吏谷が同室じゃったりしたら、そら恐ろしいことになりそうじゃ……。

「あーーー、もう、どうしたらええんじゃ〜」

ぐるぐると考えていると、窓に何かが当たりコツンと小さな音を立てた。

「ん?」

ベッドから降りて窓を開く。顔を出して階下を見下ろすと、一人の生徒がこちらを見上げているのが見えた。

「りお姉!」

桃香が顔を出したのを認め、りおなは暗闇の中で小さく手を振っている。

(窓に小石を投げる――りお姉が好きそうな、ベタな手法じゃ……)

ともかく桃香は急いで下へ降り、挨拶もそこそこにそのまま寮から少し離れたところまで二人で歩いた。

「桃ちゃん、久しぶりね」
「え、あ、うん……そやね」

小道の奥の小さな噴水まで来たところで、りおなは足を止めて桃香に微笑んだ。

「ずいぶん会えなかったけど、元気そうでよかったわ」
「ウチはいつでも元気ビンビンじゃけん! でも、りお姉……」

言葉は尻すぼみになり、二人の間に沈黙が落ちた。
りおなはあの鬼吏谷桜花と組んで、これまでこの学園でどんな日々を送っていたのだろう。

「……ごめんなさい」
「え」

沈黙を破ったのは、りおなの謝罪の言葉だった。

「刃友のこと……桃ちゃんとの約束、守れなくて」
「りお姉、ほんとにあいつ……あん人と、楔束したん?」
「桜花は――桜花は、間違いなく私の刃友よ」

刃友。自分の刃友のことを話しているのに、りおなの言葉のトーンにはどこか暗いものがあった。

「今日会っただけやけど、あん人、なんかあんまり性格良くなさそうな気がするんやけど」
「そうね」

即答かっ。
あっさり肯定されて、桃香は微妙に困惑した。
「ああ見えて、実はいい人なのよ」とか言われても信じがたかったが、なんのフォローもないとなると、それはそれで微妙な気分だ。

「ウチとの約束なんて、別に気にせんでかまわん。でもりお姉は、ほんまにあの人でええん?」

桃香の問いに、りおなは答えなかった。何かを考えるように黙り込んでいる。

「りお姉……?」

顔を覗き込んだ桃香にりおなは微笑みを向けたが、それはどこか無理をしているような笑みだった。

「ごめんなさい……桃ちゃんが心配してくれる気持ちはよく分かるわ。でも……色々あるの」

ふうと一度息をついて、りおなは言葉を続けた。

「とにかく、桃ちゃんはあの人にはあまり近付かない方がいいわ。たぶん口論になっちゃうと思うし」
「なんなん、それ!? ウチのことより、りお姉の――」
「ずいぶん遅くなっちゃったわね。今日はもう戻りましょう」
「りお姉……」

何かあったら自分はいつでも力になるけん。会話を打ち切って戻ろうとするりおなに、桃香はそれだけ言うのが精一杯だった。
りおなは桃香との約束――二人で組んで、刃友になろうという約束を果たせなかったことを最後にもう一度詫びて、自分の部屋へと戻っていった。



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