「残暑の日射病」



六時間目の体育の後。順は残暑の厳しい日差しを避けるようにして、木陰の下を校舎に向かって歩いていた。
今日は陸上で千メートル走のタイムを計った。これくらいの距離を走ることくらい、順にとってはどうということもない。だけど夏の終わりのこの暑さの中、日の光を一時間近く浴びているとさすがに体力を消耗する。

(喉も渇くし、どうして六時間目に体育なんかもってくるのかなー)

時間割に愚痴りながら歩き、校舎の近くまでたどり着いた。天地学園は設備の良さと敷地の広さが自慢だが、下手に広いと構内の移動に手間がかかる。豪勢なのも一長一短といったところか。
この後着替えてホームルームを済ませて、そうしたらさっさとお風呂にでも入って一眠りしよう。そんなことを考えながら歩いていると、前方に見慣れた姿が見えてきた。

綾那がいる。暑い日ざしの下で突っ立ったまま、何かをじっと目で追っている。その視線の先にいる人物を認めて、順は綾那から距離をおいて立ち止まった。
染谷ゆかり、綾那の元刃友だ。

染谷は綾那に背を向けて、校舎の方に歩いていく。綾那はそれを視線だけで追っている。
目に覇気がなく肩も少し落ちているところを見ると、きっとまた染谷にいたぶられたに違いない。綾那お得意の毒舌も染谷に対しては発せられず、逆に染谷から一方的に言葉攻めを喰らうのが常なのだ。
綾那はまだ遠くの背中を目で追っている。染谷のことを見ている時の綾那は、いつも少しだけ……いや、かなり痛々しい。

「あーやなっ」

染谷の姿が建物の影に消えたのをしっかりと確認してから、順は綾那の後ろから抱きついた。

「そんなとこでなに突っ立ってんの?」
「……いきなり出てきてベタつくな」
「こんな日向でボケっとしてたら、日射病になっちゃうわよ〜」
「日射病の前に、あんたへの怒りで脳が沸騰しそうよ」
「またそーやってプンスカするー」

順に対してはこうやってテンポ良く反応してくるのに、染谷といると綾那はとたんに勢いをなくす。まあ染谷に対して負い目を感じているようだから、仕方がないといえば仕方がないけど。

(それにしたって、限度ってものがあるじゃんね)

染谷だって、どうでもいい人間に対してしつこくチクチク攻撃したりするほど暇人じゃないだろう。染谷が綾那に対していつもああいう態度をとるのは、きっと……

「あー、あっつーい。さっさと教室に戻ろうってばー。日陰日陰ー」
「暑いとか言いながらベタベタするなっ。余計暑苦しいだろうが!」

染谷のことを気にしてる割りには、肝心なところを見てないわよね。
抱きつきながらそう思ったところに、綾那の肘鉄が順のみぞおちにきれいに決まった。




 (「残暑の日射病」 完)




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