影狼バナー

    四話

――コーン!
 朝もやに包まれた村落に、澄んだ音が響く。
 半ば夢うつつの中で、綾女はその音を聞いていた。
「あの音は……」
 いつも耳に馴染んだ音。
 戌彦が薪を割っている音。
「戌彦……」
 彼女は身を起こす。寝床から出ると、身繕いを急ぐ。
 そして一瞬躊躇った後、枕元から懐剣を取り出す。
 その重みを感じ、一つ頷く。懐に入れると、部屋を出、庭へと向かった。
 戌彦の真意を確かめる為。そして、その返答次第では……

 綾女は裏庭へと足を向けた。
 彼女の寝起きする、離れの裏。普段はほとんど人が出入りする事は無い。
 そこには、薪を割る戌彦の姿があった。
 諸肌脱ぎで、手斧を振るう。
 鍛え上げられた上半身が否応なく目に入り、彼女は思わず目を背けた。昨日までは、こんな事無かった筈だ。日常的な光景……しかし今は、それを直視出来なかった。
 しかし、こうしていても仕方が無い。
 歩み寄り、声を掛ける。
「戌彦……」
 その声に、彼は振り向いた。驚いた様子は無い。自分が来る事など、百も承知だったのだろう。
 彼女は僅かに苛ついた。
「戌彦……答えて。何故あんな事をしたの?」
 更に半間程の所まで歩み寄ると、彼女は意を決して問う。
 しかし、彼は答えない。僅かに悲しみの色をにじませた目で、彼女を見る。
「……ッ!」
 視線を合わせようとして、彼女にあの時の恐怖が蘇った。
 足が震え、歯がガチガチと鳴る。身を竦め、肩を抱いた。この場から逃げ去りたかった。
 戌彦が駆け寄ろうとしたが、はっとして足を止める。
「こ、答えなさい!」
 へたり込みそうになる自分を鼓舞しつつ、綾女は懐剣を抜いた。
「近寄らないで! き、斬ります」
 すぐ目の前の戌彦に向かい、彼女は懐剣を振り回す。最早、受けた手ほどきは役に立たない。ただ恐怖に駆られて闇雲に空を切るだけ。
 しかし偶然、その切っ先が戌彦の胸に刺さった。
「っ!」
 流れた血が刃を伝い、柄まで滴る。
「あ……」
 思わず懐剣を取り落とした。それは、戌彦の足元に転がった。
 それを、戌彦は拾い上げる。そして、綾女の手を取り握らせると……
「ここだ」
 自らも手を添え、自らの胸に押し込んでいく。
 肉に刃が食い込む嫌な感触が綾女の手に伝わってくる。
「あぁ……や、止めて……」
 彼女は必死で懐剣を引き戻した。
「何故……何故こんな……」
「綾女を……傷つけた」
 いつもよりもやや明瞭な言葉だが、ぶっきらぼうな口調で呟く。流れる己の血には、見向きもしない。
「そんな……だからと言って、こんな……」
 綾女は蒼白な顔で、そう言うのがやっとであった。
「……繁正……様は……」
 僅かな躊躇いの後、戌彦が口を開く。綾女は不吉な予感を覚えた。これ以上は知ってはならない。そう思えて仕方がなかった。
「父が、どうしたのです?」
 しかし、それでも彼女は知りたかった。
「……父の、仇」
「そんな!?」
 綾女は頭を振った。そんな筈は無い。そう思いたかった。しかし、戌彦の言葉には、真実の重みがあった。
 それに……
「まさか、貴方は……草壁の……」
 彼女は記憶を辿る。
 草壁信顕。
 彼はかつて、笠置繁正の盟友であった人物。共に幕府との戦いに馳せ参じ、轡を並べて戦ったという。しかし……
 建武の新政に不満を持った足利尊氏らが後醍醐天皇を排し、征夷大将軍を名乗った頃からその間に不穏な空気が漂い始めたのだった。
 室町幕府成立の後、美濃の国は北朝、幕府配下の姉小路家の支配下となったが、その支配を受け入れようとした繁正に対し、あくまで信顕は後醍醐帝を奉ずる南朝に従うことを主張したのだった。両者は相譲らず、対立は激化していった。
 そしてとうとう……
 繁正らは信顕の屋敷を急襲、彼を惨殺したのであった。その時彼を斬ったのが、旧友である繁正……。彼女はそう聞かされていた。
「…………」
 こくりと戌彦が頷く。
「ああ……」
 がくりと綾女は頽れた。
 彼もまた、父を殺されたのだ。彼女の父親によって。
「だから……もう、良い。綾女なら……」
 戌彦は哀し気に微笑む。その顔には、微かな疲労の影。綾女を立たせると、再び懐剣を握らせた。
「や……止めて!」
 綾女は懐剣を投げ捨てた。
「何故、そんなに簡単に……簡単に命を捨てるのです?」
「……仇は、討った。おれは、もう……」
 空しさに満ちた声で、彼は呟く。
「何を言うの!? そんな勝手な事……」
 憎い仇。そのはずだった。しかし、同時に怖かった。父に続いて戌彦まで失う事が……
「何人も、斬った。……もう……沢山だ」
 戌彦は、静かに首を振る。そして、懐剣を拾い上げた。
「なら、殺してあげます。そして、私も……」
 泣きながら、懐剣を受け取る。もう、自分の事などどうでも良かった。戌彦を失うぐらいなら……。捨て鉢な気持ちで懐剣を構えた。
「綾女……」
 戌彦の顔に、僅かな笑みが浮かぶ。全てから解放される事。ただそれだけを願う……。
 しかし……
「お止めなさい」
 背後からの声。
『母上……』
 二人の声が被る。
「二人とも……何をしているのです? 心中など、許しませんよ」
 厳しい顔で、二人を見つめる。
「母上……私は父上の仇をとろうと……」
 綾女は動揺を隠せない。
「仇……」
 対照的に、志摩の表情は一切変わらない。
「戌彦が私の父上を……。でも、戌彦も……」
 涙が溢れる。そのまま地面にへたり込んでしまった。その彼女を、志摩がそっと肩を抱く。
「ふふ……父を繁正に討たれた、と?」
 耳元での、囁き。それは、彼女を愕然とさせた。
「母上……まさか、全て知って……」
 母の裏切り。信じ難い現実。
「何故です!? 何故父上を……」
 思わず睨みつける。が、母の顔に浮かむ表情を見て、絶句する。
 唇をねじ曲げ、皮肉な笑みを浮かべている。目には、妖しい光。それは、彼女の知る母のものではなかった。
「知りたいかい?」
 志摩は、クックッと喉を鳴らす様に笑いつつ、怯える綾女の顔を覗き込む。
「…………」
 これ以上知ってはいけない。そう思いつつも、綾女は頷いていた。
「あの男は、私達を裏切ったのさ。だから……当然の事さ」
「そんな……」
「不意打ちで、私達には何も出来なかった。ただ、信祐――戌彦――を逃すだけ」
 志摩の声が震えた。
「…………」
「その時信顕様は討たれ、私は……」
 そっと志摩の手が、綾女の胸元に潜り込む。
「は……母上!?」
 あらぬ所をまさぐられ、綾女は戸惑いの声を上げた。
「こういう目にあったのさ」
 帯が解かれ、幼い躯が露になる。
「あ、嫌……」
 抵抗するが、力無い。受けた衝撃が、その気力を奪っていたのだ。
「止めて下さい……」
「ふん、何言ってるんだか……。折角女にしてもらったんだろ? 楽しまないでどうするんだい?」
 母の手が、彼女の股間に滑り込む。幼い秘裂を指がまさぐり、掻き回す。
「濡れてるじゃないか。ふふ……知ってるんだよ。昨日、一人で何をしてたのか」
「あぁ……」
 聞かれていた!?
 彼女は身体を強張らせた。
「良かったんだろう? 戌彦のモノに貫かれて、たっぷり注いでもらって……」
「そんな事は……」
 羞恥に顔を赤らめ、俯く。その様子に嗜虐心をそそられたのか……
「あるわよねぇ?」
「ヒッ!」
 ずぶりと奥まで指を入れられる。綾女は身体をのげ反られ、悲鳴を上げた。
――くちゅ……ぬちゅ……
 更に、絶妙な指使いで肉芽を抉られ、奥を掻き回され……綾女は快楽に溺れつつあった。
「ふふ……戌彦、そんな所で突っ立ってないで、可愛がったやりな。この子、アンタの欲しがってるから」
 志摩は、二人から顔をそらしていた戌彦を呼び寄せる。
 彼は一瞬躊躇った後、半ば諦めの表情で綾女の前に立った。
「あ……」
 綾女は忘我の表情で戌彦を眺める。
――しゅるっ……
 志摩が戌彦の前をはだけ、陽物を取り出す。
「ふふ……おいで、綾女。男のモノの愛し方を教えるから……」
 志摩は、戌彦のものに舌を這わす。先端、くびれ、そして根元へと……
 綾女はただ呆然とその様を眺めていた。
 始めて見る行為。
 何より、母と戌彦が、眼前で淫らな行為にふけっている。想像しなかった……いや、考えたくなかった光景が眼前で繰り広げられている。
「アンタの血の臭い、いいよ……。あたしまで、濡れてくる……」
――ぴちゃ、ぴちゃ……
 母の舌が妖しく蠢き、戌彦のモノを貪っていく。
 衝撃。嫌悪。哀しみ。そして……嫉妬。
「あ……ああ……」
 我知らず、見入っていた。
「綾女もしたいのかい?」
「えっ!?」
 突然の声に、我に帰る。
「そ、そんな事……」
「したいんだろ?」
 ぐいと腕を引かれ……
「ああっ」
 戌彦のモノととまともに対面する事になった。
 始めて間近に見る、男のモノ。志摩の唾液に濡れた、硬くそそり立った剛直。
――こんなモノが、戌彦に……
――大きくて、脈打って……
――これが、昨日私の中を……
 思わず見入ってしまう。
「気に入ったかい? なら、してあげな」
「な、何を……」
「さっきあたしがした事さ」
 志摩は強引に綾女の手を取り、握らせる。
「あっ……」
 戌彦のモノの熱さに、思わず小さな悲鳴を上げる。
「さっ、戌彦が待ってるよ。してやりな」
「は……はい」
 志摩の命ずるがままに、綾女は舌を這わせる。
「あやめ……」
 戌彦の声に、哀しみが混じる。
 しかし彼女は、無心にそれをしゃぶり続けた。
 ぎこちない舌使いながら、先端、くびれを舐め回し、奥まで飲み込む。
「ま……て」
 戌彦の、制止の声。欲情に僅かに上ずっている。
――感じている?
 そう思った途端、股間の奥からごぽりと熱い蜜が溢れた。
――欲しい。この熱いモノが。私の一番奥まで……
 心の底から、願う。
「始めてにしては、上手いじゃないか。流石、あたしの娘ね。ココもこんなに濡らして……」
 再び秘所に、志摩の指が滑り込んだ。
「あっ、駄目……」
「何が駄目なんだい? こんなに涎を垂らして……。欲しいんだろ?」
 びくり、と彼女の身体が震える。
 己の欲情を見透かされ、頬が熱くなるのが分かった。
「もう十分ね。戌彦、そこに寝なさい」
 志摩の命ずるがまま、戌彦は草の上に横になる。朝露が、彼の頬を濡らした。
「綾女はその上に……」
「こう、ですか?」
 綾女はゆっくりと腰を落としていく。
「あ……」
 戌彦のモノの先端が、彼女の秘花に触れた。
 恐怖が蘇り、彼女の身体が震える。しかし、意を決して更に腰を落としていく。
 先刻見た、母と戌彦の淫らな行為。
 ――戌彦を失いたくない。自分のものにしたい。
 その思いが、恐怖を上回った。
 しかし……
「ッ! ……痛い……」
 まだ一度しか異物を受け入れた事の無い彼女の秘所は、戌彦のモノを半ばまでくわえ込んだ時点で激痛を発していた。
「ふふ……何をぐずぐずしてるのさ?」
 足を払われる。支えを失った綾女は、戌彦のモノに全体重を預ける格好になった。結果……
「あ〜〜〜!!」
 一気に奥まで戌彦のモノに貫かれ、彼女は悲鳴を上げた。
「あ……ああ……」
 身を裂く痛みに言葉が出ない。ガクガクと身体が震え、涙を流すのみ。
「良い声で啼くわねぇ……。涙まで流して、そんなに嬉しい? 戌彦の奥まで入れてもらって……」
 志摩が耳元で囁く。
「そ……そんな事……」
「あるわよねぇ?」
 胸の先端、そして股間の肉芽をつねり上げられる。
「〜〜〜!!」
 強烈な痛みと快感に、彼女はその身を硬直させた。
「あ……」
 股間がじわりと熱くなり、何か水音が聞こえてくる。しかし、忘我の表情に彼女は、すぐにその意味が分からなかった。
「ふん……お漏らしかい? 悪い子だねぇ……」
「え? ……嫌ぁああっ! 見ないで、見ないで戌彦……」
 彼女は顔を覆って泣き出した。
「じっくり全部見てもらいなよ。……それに、いつまでそうしてるんだい?」
「え? ……きゃあっ!」
 綾女の背後に回った志摩は、彼女の両足を抱え上げる。そして、幼児に用を足させる姿勢で、上下に揺さぶり始めた。
「あっ!? あぐっ! ……あぁ……ふぁあ!」
 苦痛、そして僅かな快感。
「感じてるのかい? そらっ、もっと動かすよ!」
――ぐちゅっ、ぬちゅっ……
 淫らな音が、二人の繋がっている場所から響く。
「戌彦……戌彦ぉ……」
 欲情に濡れた声で、ただその名を呼んだ。
「ふふ……もういいわね。後は、自分でおやりなさい」
 志摩の腕が離れる。と、綾女は自分から腰を振り始めた。
「あっ、ああっ、んあっ……」
 一つ動かす度、痛みと快感が綾女を責める。相反する両者が彼女の中で絡み合い、頭の中で、幾度も白い光が弾けた。
「あやめ……」
 戌彦の手が彼女の胸に伸び、そっと揉みしだく。
「あっ!?」
 乳房を包む様になで回し、先端をそっと摘み、転がす。優しい指使いに、思わず身体をよじる。
「ああ……戌彦、もっと……」
 思わず発した言葉。
――今、何て……
 愕然とする。
 しかし、次の瞬間には新たな快楽に呑まれていた。
「ふふ……いいよ、綾女。あんたもおかしくなっちゃいな。あたし達みたいに……」
 志摩の指が、綾女の菊座をまさぐる。周囲を撫で、中央をつつき、浅く突き入れ……
「あっ、駄目! そこは……止めて! ああっ、母上、後生ですから……」
 指が動く度、彼女はガクガクと身体を震わせ、悶えた。
 そして、彼女の秘所はその度に戌彦の陽物を締め付けていく。
「ッ!」
 微かな、喘ぎ。
 綾女の中で、それが一層固さを増していく。
――また、私の中にあの熱いモノが……
 昨日、体奥で受け止めた熱い滾りを思い出し、身体がぞくりと震えた。
 と、同時にそれを渇望していた自分に気付く。
「あ、ああっ、はあっ……あくぅ! 欲しい、戌彦のが……」
「飲ませてもらいな。戌彦のを、たっぷりと」
 ずぶりと奥まで、指を突き入れられた。
「あ〜〜っ!!」
 白い喉を反らせ、綾女が果てた。と、同時に強烈な締め付けが戌彦を襲う。
「!」
 その直後、戌彦のモノが彼女の一番奥で熱い滾りを迸らせた。その熱を感じ、彼女の身体が歓喜に震える。
「あ……熱い……戌彦……」
 恍惚の表情のまま綾女は呟き、そのまま戌彦の胸に頽れていく。
「綾女……」
 戌彦は、ややぎこちない仕草で、己の胸の上の華奢な身体を抱き締める。愛し気に、耳元でその名を呟いた。
 一方……
 重なり合って果てた二人の姿を、志摩は何の感情も浮かばぬ眼で眺めていた。
 そして、無言で踵を返し、去って行った……。