影狼バナー

    五話

 まだ、覚えている。
 かつて……
 まだ、自分が何も知らない少年だった頃。
 幸福で、暖かい思い出。
 ひとときの平穏な時代……

――武家屋敷 裏庭
「セイッ!」
 少年の凛とした声。
 十代前半、元服を済ませたばかりか。あどけなさを残す端正な顔立ちに、小柄で細身の身体。それでも要所には筋肉が付き、逞しさを感じさせる。
 その少年の名は、草壁信祐。かつての、戌彦である。
 振りかぶった木刀を、巻き藁に向かって振り下ろす。
――ガッ……
 木刀が巻き藁に叩き付けられ……跳ね返された。手に痺れが走り、思わず木刀を離してしまう。程近い地面に、木刀が転がった。
「……っ! もう一度……」
 少年は、痺れた手を一振りすると、木刀を拾い上げる。
 僅かな焦りが、その顔にはあった。
 同世代の少年に比して、やや小柄な身体。細身であるが故に、非力。
 武家の嫡男として剣を取って戦わねばならない身であるが故の、劣等感。
 ――強くなりたい。
 それが、彼の願いであった。
 吹き出る額の汗を拭う。そして、再び巻き藁に向かおうとして……
「ふふ……信祐様、力が入り過ぎですよ」
 突然の女の声。信祐と呼ばれた少年――かつての戌彦――は慌てて姿勢を正す。
 格好が悪い所を見られてしまったと、心中赤面した。
「志……ではなく、母上……」
 歳は二十前か。まだ娘と言って良い年頃の女だ。長い黒髪に白い肌。端正な顔立ちに、切れ長の瞳と口元のほくろが印象的な女だ。
 彼女は、彼にとって姉の様な存在。母が死んでからは母がわりでもあった。
 そして去年、彼女は父の後妻となったのだった。
 縁側に降りると、信祐の側に立つ。彼女は父信顕とともに戦場を駆けた女武者でもある。信顕の知己であった河内の悪党の娘として生まれ、彼と出会った後は、その家臣として仕えていたのだ。故に、並の男より剣の腕は立つ。
「あ……」
 彼女に手を取られ、少年の頬が朱に染まる。
「良いですか? 右手は軽く、左手でしっかり握って……」
 彼女の髪の香りが少年の鼻孔をくすぐり、剣の練習どころではなくなった。
 それでも、彼女に言われた通りに木刀を振るう。
 そして、暫しの時が過ぎた頃……
 壮年の男が縁側に現れた。どことなく、少年に似ている。歳は、三十半ばか。端正だが、精悍な顔立ち。背はそれ程高くはなく細身であるが、決して小さくは見えない。若くして幾多の戦場を駆け抜けてきた漢の凄みなのだろうか。
「父上!」
 少年の声に、緊張が走った。男は、少年の父の草壁信顕。何といっても、厳しい父である。言われなくとも、背筋は伸びる。
 が、信顕は表情を緩めると、口元に微かな笑みを浮かべた。
「志摩はなかなか剣は達者だぞ。しっかり教えてもらえ」
「は……はい!」
 少年は直立不動で答える。
 その様子が可笑しかったのか、志摩は思わず吹き出した。
 つられて信顕も笑い出す。
 ただ信祐だけが、困った顔で立ち竦んでいた……。

――その、二月後
 二人は、薮の中を駆けていた。
 信祐は、ただ無言で志摩に手を引かれている。
 その顔には、何の表情も浮かんでいない。僅かに落ちるのは、疲労と哀しみの翳。
 少年は、父を目前で惨殺され、その言葉を失った。その心に刻まれた、深い傷。
 志摩は、在りし日の信顕の言葉を思い出していた。
――信祐は優し過ぎる、と。
 戦場を駆ける武者としては、その繊細な心は徒になる。故に、出家させるべきかと悩んでいる様であった。それは、理想と現実の狭間で苦衷して男の、我が子への思いやりであったのかも知れない。或は、これから起こるであろう悲劇を予見しての事か。
 そしてそれは、今まさに起こったのだ。
 突如上がった鬨の声。
 降り掛かる火矢。
 なだれ込んで来る兵。
 浮き足立つ家人と郎党。男達は取る物も取り敢えず応戦し、女達は逃げ惑う。
 屋敷に火の手が上がり……

 そして、刀折れ矢尽きた信顕は捉えられ、刑場で斬られた。
 襲撃の直前に屋敷から逃されていた二人は、その一部始終を目撃していた。
 志摩は己の無力に涙し、信祐は文字通り言葉を失った。
 その後、二人は志摩の縁戚を頼って隠れ住んでいた。
 一月程が過ぎ、穏やかな暮らしの中で、信祐の心の傷も癒え始めたかに見えた。
 が、ある時、一味の伊部の兵に信祐の右肩の痣を見られた為に正体が発覚し、追っ手を差し向けられたのだ。
 二人は山中に逃れ、息を潜めていた。が、しつこく追っ手は迫り……

「まだ、追ってくる……。何てしつこい……」
 志摩は幾度か振り返り、木々の間にこだまする追っ手の足音に耳を澄ます。
 段々と距離を詰められている。それも、かなりの人数だ。
 二、三人であれば、彼女は切り伏せられる自信はあった。だが……
「裏切り者の卑劣漢が……」
 志摩は思わず毒づいた。
 追っ手は、伊部諸安。一時は、盟友であった筈の男。
 信顕と笠城繁正らが対立した際、一時は信顕に付くと見せかけ、すぐさま裏切った男。
 この男の兵に見つかったのは不運であった。一時は同盟関係であったが故に、信祐の顔と特徴を見知っていたのだ。
――まずい。このままでは、追いつかれる……
 彼女は心中で、ある決断を下した。
「信祐様……」
 立ち止まり、彼を抱き寄せる。
「もし、私が戻らなくても……強く生きて下さい」
 自らが囮となり、彼を逃がす。それが彼女に出来る、精一杯の事であった。
「だ……」
「信祐様?!」
 一言も喋れなかった彼が、もどかし気に口を開いた。
「だめだ……ふたりで……」
 何度もつかえながら、必死で言葉を紡ぐ。
「ふふ……それなら、もう一人でも大丈夫」
 涙をこぼし、彼を抱き締める。
「しま……」
「良いのです。今こそ、お父上から受けた恩を返す時……」
 頭を振ると、拳を握りしめ……
「!」
 全身を麻痺させる、的確な当て身。水月を拳で打ち抜き、胃の上部にある神経中枢を麻痺させる……
「はは、うえ、なぜ……」
 彼女に手を伸ばそうとした所で、信祐の意識は暗転していった……
「ここで待っていて下さい。私が、必ず……」
 志摩は、意識を失った少年の身体をきつく抱き締めると、そっと茂みの中へと運んだ。そして、その中に横たえると、落ち葉や折り取った枝などで彼の身体を丁寧に隠していく。
 そして隠し終えると、腰の刀を抜き放った。
「必ず、守ります」
 強い意志を込めた言葉。
 そして彼女は風の様に駆け出した。

――暫し後
「ん……ぐぅ……」
 信祐は我に帰った。彼女の当て身は僅かに浅かったのだ。
 起きて周囲を見回す。僅かな記憶の混乱。しかし、すぐに自分の置かれている状況を理解した。
――は、母上!? どこだ、志摩……。まさか……
 少年の顔から血の気が引いた。
 彼女は、自らの命を投げ出して自分を救おうとしている。
 父に続いて彼女まで失う。
 それは、彼にとって死以上の恐怖であった。
 一瞬の逡巡。彼女の意思を無駄にすべきではない、という思い。しかし……
――志摩を失いたくない
 その思いが勝った。
「……すまない」
 彼女に心中で詫び、刀を手に駆け出した。
 まだ彼女が無事である事を祈って。

――何処だ、志摩! せめて、無事で……
 祈る様な気持ちで、信祐は駆ける。
 と、彼の耳が微かな人の声を捉えた。
 数人の男の、下卑た笑い声。
――何だ?
 恐らくは、追手。と、いう事は志摩と接触した可能性もある。
 足音を忍ばせ、そっと近付く。
 灌木の向こうで蠢く男達。そして……
「志摩!?」
 そこには、無惨な姿となった女の姿があった。
 服を剥かれ、身体のあちこちに傷と、痣。手を立木に縛り付けられ、猿轡を噛まされている。
 そして、男達は彼女にのしかかっていた。
 男達が動く度に苦痛の呻きを上げ、虚ろな瞳から、涙がこぼれる。
 宙をさまよう瞳が彼の方を見、その口元が微かに動く。
 恐らくはただの偶然だろう。だが、信祐は見た。その唇が言葉を紡ぐのを。
 「た・す・け・て」と……
 その瞬間、彼の血が沸騰した。
 刀を抜き放つと、獣のごとき咆哮を上げ、男達に斬り掛かる。
「なっ……」
 振り返った男が、驚愕に凍り付いた表情のまま、袈裟懸けに斬り捨てられる。次いで、刀に手を掛けた男は、抜く間もなく喉を切り裂かれた。
 皮肉な事に、心に負った傷が彼の肉体の枷を解き放っていた。常人とはとても思えぬ速さで太刀を振るう。
 そしてまた、もう一人。斬り掛かった刀を撥ね除けられ、返す刀が胴を薙ぐ。
 既に、血と油にまみれた刀は切れ味が鈍り始めている。
 だが、少年とは思えぬ凌力で刀を振るい、叩き切っていく。技量も何も無い。動物的な本能で避け、斬り掛かる。
 気が付いた時には既に、彼の足元には屍体の山が出来ていた。
 そして、彼の目前には後二人。
 その一人は、伊部諸安。憎むべき、仇の一人。
「…………」
 じり、と無言で踏み出す。信祐の血塗れた太刀が、その首めがけて翻った。
 しかし、手応えは無い。伊部は、身を翻して一目散に逃げ出したのだ。残された一人、彼の手下は戸惑った様に伊部と信祐を見比べ、慌てて斬り掛かる。しかし、焦りからか大振りしてしまった。当然、信祐がその隙を見逃す筈はない。
 逆袈裟の、鋭い斬撃。脇腹に太刀がめり込む。人脂で切れ味の鈍った刃は皮膚の上から肋骨を砕き、肺を潰した。
「ぐはっ!」
 男の口から、鮮血が吹き出す。立っている事は、叶わない。がくりと膝が落ちる。
 そして、止めの一撃がその身体に打ち下ろされ、とうとう男は頽れた……
「……」
 信祐は伊部の逃げ去った方に一瞬目をやると、悔し気に唇を噛む。そして、踵を返すと志摩の元に駆け寄った。
「志摩!」
 目の当たりにした、彼女のあまりに無惨な姿。白い裸身に幾つもの傷跡が走り、手足には荒縄が掛けられている。胸の辺りにべったりと白い粘液が塗りたくられ、股間からも滴り落ちていた。そしてその瞳は虚ろで、ただ彼の姿を映すのみ。
「志摩……志摩!」
 手の戒めを解き、がくがくと肩を揺らす。
「あ……」
 彼女は半ば忘我の表情で、信祐を見る。
 が……
「嫌! 放して……放して! もうこれ以上は……」
 悲鳴を上げ、後ずさる。恐怖と嫌悪、拒絶。その顔は恐怖に引きつり、身体は絶望に震える。
「志摩……」
 先刻の恐怖が醒めていないのだ。
 信祐は、ただ呆然と彼女を見ているしか無かった。
「あっ……信祐様……」
 暫し後、相手が信祐である事に気が付いた様だ。だが、震えは止まらない。
「申し訳ありません。まだ、さっきの事が……」
 涙を流し、詫びる。
「いいんだ……志摩が、無事、なら……」
 誤解とはいえ彼女に拒絶された心の痛みをこらえ、笑みを浮かべてみせる。
「行こう……まだ、追っ手が……」
「ええ」
 志摩は頷くと、引き裂かれた着物を集め、身につける。が、あちこち破れている為、ほとんど役目を果たさない。
 信祐は彼女に自分の上着を掛けてやる。
 そして二人は、再び山中を駆け出した。

――暫し後
 二人は小川の麓に辿り着いた。
 古今らもう追っ手は来ないだろうと、二人はここで休憩する事にしたのだ。
 志摩は身を清めるために小川に入り、信祐は周囲を太刀を抱えて周囲を警戒していた。
 彼が腰を下ろす川岸の岩からは、志摩の姿は背後の巨木が邪魔になって見えない。
 一方、志摩は清冽な川の水で身体を清めていた。汗、そして何より男達のモノを洗い清める。
 顔、胸、腹……こびりついたモノを洗い流しても、まだ染み付いている様な気がしてならない。そして、股間は……
「駄目……まだ……」
 何度洗っても、男のモノの臭いが染み付いている様だ。嫌悪に顔をしかめつつ、荒い清めようとする。
「ああ……信顕様。私は、もう……」
 溢れる涙を拭う。と、岸に置いた服の上に置かれた懐剣が目に入る。信顕から贈られた形見。
 彼女は岸に向かうと懐剣を取り出す。
「信顕様……」
 そして、美しい波紋の浮かぶ刀身を抜き……

 その頃信祐は、太刀を手にしたまま、そわつく自分を必死に抑えていた。背後の水音が気になって仕方がないのだ。
 思春期の、大人になりつつある少年にとって、女の裸体――それも、淡い想いを寄せている相手の――に興味が無い筈が無い。
 先刻見た、汚されながらもなお美しい裸体が脳裏から離れず、そして水音は、いらぬ想像力をかき立てる。
 それでも頭を振り、邪な気持ちを振り払おうとする。
 そうして悶々と時間を過ごしていた。
 と、突如その音が途絶えた。そして、何か短刀の様なものを抜く音。不審に思った戌彦は、躊躇いがちに彼女の様子を覗き見る。
「!」
 志摩が懐剣を取り出した所であった。
 そして、懐剣を喉に突き立てようとし……
「だめだ!」
 飛びかかった信祐が、間一髪それを奪う。二人はもつれたまま水の中に倒れ込む。
「はは、うえ……」
「何故、死なせて下さらないのです?」
 身を起こした彼女は、涙ながらに訴える。
「信顕様は亡くなり、私はあの男達に汚されてしまいました。もう……」
「志摩……わたしを、残して……」
 彼女の言葉は、信祐の胸に深々と突き刺さった。彼女を失う……それは、耐えられなかった。
「信祐様……」
 彼女ははっとした様に彼を見る。
「あぁ……私は何という事を……申し訳ありません、信祐様……」
 彼を抱き締め、泣いて詫びた。一度は命に代えても守ると決めた少年。それを残して死ぬのは、信顕の遺志にも、反する。
 その背中に、信祐も腕を回す。
「でも、私はこれからどうすれば……」
 震える声。彼女の身体は今までになくか弱く、儚いものに思えた。生きる目的すら失った、虚ろな声。
「ちちの、かたきを……。だから……」
 思う様に動かぬ口を、必死に動かし言葉を紡ぐ。
 無論、これは方便だ。仇討ちも、恐らく父は望まぬであろう。かつて父に連れられて行った寺で、父の友人の僧から仇討ちの虚しさを説かれた事もある。当時は何故そんな事をと思いもした。が、それはこの事を予見した父の遺言だったのかも知れない。
 だが、彼女の心がこれ以上壊れぬ様に……
「信祐様……」
 志摩の瞳に、光が戻る。
「信顕様の仇……必ず、必ずこの手で……」
 しかし、僅かな狂気がその中に混じっていた。
 それでも、彼女が生きていてくれるならば……
 少年は、安堵に胸をなで下ろす。
 彼女に抱き締められている事に気恥ずかしくなり、慌てて身体を離す。
 その時、志摩の眩いばかりの裸身が信祐の目に映った。
 白いつややかな肌。豊かな胸。引き締まった腰と、そこから続くなだらかな曲線。そして、黒い叢。
「!?」
 慌てて目を逸らした。まだ元服を済ませたばかりの少年には、あまりに刺激的過ぎる。
 しかし、目を逸らした所で志摩の裸身は脳裏に焼き付いてしまっている。意識しない様にしていても、股間の陽物は頭をもたげてしまう。普段なら、まだ誤摩化せたであろう。が、今は着物が濡れて身体に張り付いているいるせいで、それがはっきり分かってしまう。
「どうしたのです? ……ひっ!」
 志摩は怪訝な顔をして信祐を見、股間の隆起に気付いて悲鳴を上げた。先刻の陵辱が彼女の脳裏に蘇ったのだろう。
 信祐は慌ててそれを手で押さえる。が、最早手遅れだ。
 自分は最低だ……
 その場から逃げ出したくなった。が、彼女をここに残していく訳にはいかない。
「志摩……」
 肩を抱き、震えている志摩に、恐る恐る声を掛ける。
「あ……信祐様」
 彼女も蒼白な顔で、彼を見た。
「申し訳ありません。つい、先刻の事を思い出してしまって……」
 涙をこぼし、震える腕で、信祐を再び抱き締める。
 信祐は頭を振ると、慌てて腰を引いた。強張りが、彼女に触れてしまったからだ。
 しかし、志摩の下腹部が、それを追う。
「あっ……」
 強く彼女に押し付けられた刺激に、思わず赤面する。
「気にしないで下さい。信祐様も、大人になられたのですね」
 優しい笑み。先刻あんな目にあったとは思えぬ様な……
「お願い、抱いて下さい。あの男達に汚されてしまった身体ですが……」
 彼女の熱っぽい瞳が信祐を覗き込む。
 抱く……
 淡い想いを寄せている女。姉であり、母であった存在。二つの想いが信祐の中で渦巻き、せめぎ合う。
 だが……
 彼女の瞳を見てしまうと、最早否とは言えなかった。
 後ろめたい気持ちを必死で隠し、頷く。
 と、すぐさまその口は、彼女の唇によって塞がれた。
「ん……ふぅ……」
 一瞬何が起こったのか分からず、慌てる信祐。
 その間に、志摩は彼の服を脱がしていく。
 信祐は、慌てて離れると、自ら服を脱ぎ始めた。流石に脱がしてもらうのは、気恥ずかしかったのだ。もどかし気に着物を脱ぎ捨てると、下帯一つになった。同世代の少年と比してもやや小兵で細身はあるが、藤蔓の様に締まった筋肉質の身体が露になる。
「信祐様……」
 志摩はその前に跪くと、下帯の上から愛おし気に信祐のモノを撫でた。
「ここも、こんなに逞しく……」
「っ、あぁ……」
 慣れぬ快感に、戸惑った様な声を上げる。が、身体は快楽に震え、更に強張りは大きくなった。
 下帯びを剥がされ露になったそれは、臍に届かんばかりに怒張し、反り返っていた。
「…………」
 それは、自分の浅ましさを表している様で、思わず目を背けた。
「恥ずかしがる事ありません。こんなに立派なモノを……」
 彼女は微笑むと、それに舌を這わした。
「なっ……そんな所を……」
 押し寄せて来る快楽と、羞恥心。
 先端、くびれ、裏の筋……
 ねちっこく舌が這い回る。
 更に彼女は喉の奥まで飲み込む。
 熱い口腔の粘膜に包まれ、ソレが疼き出す。
「なにか……」
「いきそうなのですね? それなら、私の中に……」
 そっと草の上に腰を下ろすと、股を開く。黒い叢の中の、鮮やかな肉色の秘花。彼女が指で大きく開くと、ごぽりと蜜が溢れた。
「信祐様、私のココももう……。待ちきれずにこんなに泣いて……」
 滴る蜜が少年を誘い、目を離す事が出来ない。尖った肉芽。その下の、小さな穴。そして、彼女の指で開かれた、蜜の溢れる肉色の花芯。その下には、赤鈍(あかにび)色の蕾。初めて目にする女の秘所。
「志摩!」
 堪えきれなくなった信祐は、志摩の身体に抱きついた。いきり立ったモノを、ねじ込もうと焦る。が、なかなか入らない。
「焦らないで。……ここです」
 志摩は微笑むと、そっと陽物に手を添え、導く。
 先端が、花芯を捉えた。
「そう、ここです。腰を進めて……奥まで、貴方のモノにして下さい」
 ゆっくりと信祐の陽物が志摩の女陰に沈み込んでいく。熱い泥濘が彼を優しく包み込み、未知の快感が襲う。
「ああ……信祐様のが……」
 志摩の声が、歓喜に震える。
 ゆっくりと陽物が志摩の奥へと進んでいく。中の肉襞の一つ一つが誘う様に蠢き、絡んだ。
 熱い疼きが下半身に生まれ、奥へと進む度に膨れ上がる。その快感に誘われるまま、信祐はとうとう一番奥まで辿り着く。
 と、同時に疼きは頂点に達し……
 そして……
「あぁっ……」
 初めての、絶頂。
 疼きが弾けると同時に熱いモノが陽物から迸った。
 心臓が早鐘の様に打ち、身体が震える。身体を支える事が出来ずに彼女の上に頽れた。荒い息をついて、顔を彼女の胸に埋めた。
 彼の陽物から迸る、熱い体液が志摩の体内を汚していく。
「信祐様のが、私の中に……」
 彼女はうっとりと呟いた。
「すまない……」
 信祐はうなだれた。
 気恥ずかしさに、彼女の顔が見れない。自分だけが達してしまったのでは、あの男達と同じではないか……
「良いのです。思う存分、私の中で果てて下さい。何度でも、受け止めてあげます」
 志摩は優しく微笑むと、信祐をそっと地面に寝かす。そして、彼の上でゆっくりと腰を振り始めた。
――ぐちゅ、ぬちゅ……
 淫らな音が、響く。
 柔らかく、ざわめく柔襞が彼のものをねぶり、擦り上げる。
「あっ……」
 その快感に、信祐のモノが再び首をもたげ始めた。時を置かず、先刻以上に硬くそそり立つ。痛い程にいきり立ったそれは、志摩の腔内をみっちりと満たしていた。
「ああ……出したばかりなのに、こんなに硬く……」
 志摩は陶然と呟くと、腰の動きを加速した。
「っ!」
 信祐の快楽の呻き。
「ンっ! ……くふぅっ!」
 志摩の瞳も快楽に潤んでいる。
 幾度も先端が彼女の一番奥を突き上げ、その度に痺れる様な快感が彼女の背を駆け上がっていく。先刻の陵辱などでは決して味わえない満足感。忌まわしい記憶を、ただ快楽で塗り込めてしまおうとするかのように、貪欲に貪る。
「! 信祐様……ああっ、そんなに……」
 同時に信祐も、本能のままに腰を突き上げていく。更なる快楽を求めて、幾度も、幾度も。
 ガクガクと彼女の腰が震え、その度に挑発する様に豊かな胸が跳ねた。
 それに誘われる様に彼は胸に手を伸ばす。柔らかく弾力のある柔肉を掌でこねた。
「ンっ……そこを、もっと……」
 志摩は信祐に覆い被さる。その胸に顔を埋める格好となった。
 信祐は、その先端を口に含んだ。舌先で転がし、軽く歯を立てる。もう片方は指で摘み、転がした。
「ふふっ、赤子の様……まるで、信祐様の本当の母になったみたい……」
 彼女は愛おし気に戌彦を抱き締めた。
「母、上……」
 信祐もまた、彼女を抱き締める。そして、半ば強引に上体を起こすと、再び彼女を組み敷く格好になった。そして、脚を抱えて激しく腰を打ち付けていく。
「そんなっ! ああっ! おかしく……おかしくなってしまう!」
 志摩は痺れる様な快感に襲われ、堪らず喘いだ。
 幾度も熱い杭が志摩の一番奥を容赦なく抉り、突き上げる。
 荒々しく、獣の様に。
 肉がぶつかり合う音が響く。淫らな水音をあげ、熱い媚肉が絡み合った。泡立ち白濁した液が掻き出され、地面に滴り水たまりを作る。むっとした牡と牝の匂いが辺りに立ちこめた。それが更に二人の興奮を高めていく。
 突く度、突かれる度に、鋭い快感が弾ける。指先に至るまで欲情し、更なる快楽を求めて相手を貪った。
 舌を絡め、胸を揉み、甘噛みし、背筋に爪を立て……
「あふっ……あぁ……」
 喜悦の涙を流し、志摩は白い喉を逸らした。
「志摩……」
 信祐は強引に唇を重ねると、口中に舌を差し込む。
「あむ……あぁ……」
 志摩も、舌を絡めた。
 ぴちゃぴちゃと水音を立て、貪り合う。
 そうする間にも信祐は、荒っぽく腰を打ち付けていく。
――びくん
 彼女の全身に痺れる様な快感が走る。
「そんなっ!? こんなに早く……ああっ、いく、いってしまう!」
 がくがくと身体を震えさせ、彼女は喘いだ。
「志摩……志摩!」
 上気した顔で、信祐は名を呼んだ。
 彼もまた、限界が近い。熱い疼きが出口を求めて渦巻く。
「ああっ……一緒に、信祐様!」
 志摩の脚が彼の腰に絡みつく。背に回された手の爪が、肉に食い込んだ。
 その痛みすら、快感になるようであった。
「ああっ、志摩!」
 信祐は彼女の一番奥に肉杭を打ち込み、熱い滾りを迸らせた。
「あ〜〜〜!!」
 そして、それを受け止めた瞬間、志摩も達していた。豊かな胸を揺らし、快感にむせぶ。
「まだ出ている……それに、熱い……」
 悦楽に濡れた声で、呟く。そして、信祐と唇を重ねた。
「信祐様……ずっと、ずっと一緒です」
 志摩は快楽の余韻に身を委ねたまま、少年の身体を抱き締めた。

――薮の中
 銀光が閃く。
「ぎゃぁぁぁ!」
 断末魔の悲鳴が上がった。袈裟懸けに割られた肩から鮮血を吹き出し、男はがくりと頽れる。
 それに相対していたのは、紅の鬼。返り血にまみれた、戌彦であった。
 相手が事切れたのを確認すると、その構えを解く。
「……父上……志摩……」
 戌彦は、己の手をじっと見た。
 二度と帰らぬ日々。
 もう戻る事は無い。それは、分かっている。
 しかし、迷いは振り切れない。心は常に揺らぎ、絶望へと誘われる。
 だから……
 綾女と志摩。守るべきもの。
 それだけは、揺らぐ事無き心の支え。
 ならば、その為に修羅となろう。
 鮮血にまみれた手と太刀を拭うと、彼は駆け出した。
 この先に連なるのは、修羅の道。
 その視線の先にあるのは、哀れな獲物の姿。
 彼は地を蹴り、走り出した。

――一方
 伊部は薮の中をただ一人、逃げていた。
 笠城繁正の葬儀に向かう途中、峠道で何者かの襲撃を受けたのだ。
 背後から、ひたひたと追う足音が聞こえて来る様な気がしてならない。確実に彼を追い詰める死神。破滅の刃は、彼の喉元に迫っていた。供の者は、既にいない。あるものは斬り捨てられ、またあるものは、はぐれてしまった。先刻、最後の一人とはぐれてしまい、既に彼の身を守るものはいない。
 それでも、必死で逃げる。
 戦場を駆け巡った健脚である。何とか逃げのびる自信はあった。
 どれほど山中を駆けたのだろう。既に日は落ちようとしている。
 焦りがつのる。既に、麓に辿り着いても良い筈だが……
「せめて、麓に……」
 辿り着いた所で、どうにかなるものではない。それでも、はぐれた供と合流出来れば、僅かでも生き延びる可能性はある。そう考えた。
 と、その前方に開けた場所が見えた。道だ。
 そして、人影も。
 木に寄りかかる様にして立っていた。こちらから見て反対側なので顔は見えないが、身につけいている服は、彼の供の一人のもの。
「ここにいたか……。おい、どうし……何!?」
 藁にもすがるつもりで駆け寄り、声をかける。
 が……
 その胸には刀が突き立ち、樹の幹につなぎ止められていた。その顔は、恐怖に歪んでいる。
「ヒッ……」
 思わずよたよたと後ずさり、へたり込む。
――先回りされたのか?
 そう思って周囲を見回し……
「まさか、ここは……」
 確かに見覚えがある場所。襲撃を受けた場所だ。
 かれは、山中をぐるぐると逃げ惑った挙げ句、最初の場所に出てしまったのだ。
 いや、最初から逃れる術など無かったのかも知れない。
 自分は追い込まれた哀れな獲物なのだ。
 そう気付いた時、背後に人の気配がした。
「まさか……」
 恐怖に耐え、ゆっくりと振り返る。
 そこに立っていたのは、紅の鬼。
 返り血にまみれた戌彦の姿。
「あ……ああ……」
 へたり込んだまま後ずさるが、樹につなぎ止められた供の死体ぶつかり、逃げ場を失う。
「終わりだ」
 太刀を構え、戌彦が呟いた。
「な……待て! 待ってくれ!」
 伊部は、必死で命乞いを始めた。
「助けてくれ! この通りだ……なっ、頼む!」
 土下座し、手を合わせて拝み……
 見苦しい事、極まりない。
 その時、伊部の瞳は狡猾な光を宿していた。
 それに気付かぬのか、呆れた様に戌彦は構えを説いた。そして、背を向けようとし……
「……今だ!」
 それを隙と見、伊部は斬り掛かる。
 しかし……
 それはあっさりとかわされ、背に一撃を受ける。
「ぎゃぁぁぁ!」
 絶叫。
 血がしぶき、戌彦を濡らした。
 伊部はなおも、頽れながらも、這いずって逃れようとする。
 だが、戌彦はその前に回り込み、剣を突きつけた。
「ここまでだ」
「ひぃっ! 何故だ……俺が何をしたと言うんだ!?」
 青い顔で、喚く。
「忘れ、たのか? ……貴様が、した事を」
「何だと?」
 伊部は思い出せずに聞き返す。
「……草壁の亡霊だ」
「あ、あの時の……」
 紅の悪鬼。伊部の顔が蒼白になる。
「終わりだ」
 戌彦の太刀が、一閃した。

「後……何人だ?」
 太刀を拭って一つ大きく息を吐くと、戌彦は傍の大木に寄りかかった。
「綾女……。俺は……」
 拳を握りしめ、天を仰いだ。

  

  

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