狐鬼

(萌雀タイトル:悲恋の狐鬼 )

  

 ――山奥の、朽ち果てた神社。その拝殿の奥。
「んっ……くぅっ……」
 微かな月明かりの下、白い裸体が艶かしく身悶える。
 私は美しい女をかき抱き、貪っていた。
 私が彼女を貫くたび、その紅い唇から切な気な喘ぎが漏れた。
「いいぞ……熱くて、きつい……。いつまでも、こうしていたい」
 私はその耳元で囁き、耳たぶを甘噛みする。
「ッ!」
 びくん、と彼女の白い喉がのげ反り、その華奢な身体に似合わぬたわわな胸が、揺れる。
 今度はその先端、桜色の突起に舌を絡めた。
「ああ……そんな……」
 上気し、仄かに朱が差した顔を、恥ずかし気に逸らす。
「嫌なのか?」
 私は少し意地悪に問うた。
「……」
 彼女は泣きそうな顔で私を見る。
「すまん」
 そう囁いて、唇を重ね……
「ああっ!?」
 一気に奥まで突き入れる。
「そろそろ、我慢が出来なくなってきた」
「ンッ……わ、わたしも……」
 首に回された腕に、力が籠る。
 私は更に激しく彼女に突き入れた。淫らな音が、高まる。
「あっ……ああっ! あぅっ、あっ……ひィッ」
 切羽詰まった声。
 それとは裏腹に、彼女の中は妖しく蠢き、絡み付いてくる。
「くっ! 私も、限界だ」
 灼熱の塊が、私の下腹部で渦巻き、せき立てた。それの命ずるがままに、更なる快楽を求めて腰を打ち付けていく。
「んッ! はっ、はぁあっ! あぅっ、あっ、ああ〜〜」
 とうとう彼女は絶頂を迎え、その身体を大きく打ち震わせた。
「ッ!」
 同時に、断続的な激しい締め付けが私を襲い、たまらずに私も彼女の中で達した。
 そして、二人は折り重なって果てていた……

「お慕いしております、信将(のぶすけ)様……」
 情事の後、女は呟く。
「ああ……」
 私はそっと彼女の髪を撫でる。
「私は、あなた様と離れたら、生きては行けませぬ」
「私もだ」
 唇を奪い、彼女を抱き締める。
 唇が離れた後も、私達は見つめ合っていた。
 その私の瞳に写るのは、彼女の“真の”姿……
 頭には、大きな狐の耳。月光に妖しく煌めく銀の髪。そして、腰から生える、いく本もの尾。
 彼女は、妖狐なのだ。
 一族を滅ぼされた復讐として、かつて、都に災いをもたらした……
 追うものと、追われるもの。
 私達は知らずに出逢い、惹かれ合った。
 あれからどれほどの月日が経ったのだろう。私達は、幾度と無く身体を重ね、その度に、より強く彼女に魅せられていった。
――リィ…………ン
 腰の太刀が、微かに唸る。
 これは、魔物の血をすする妖刀。
 あやかしの血を欲し、私をせかす。
 この女を殺せと。
 だが……
 私の苦悩を見透かしたかの様に、彼女は微笑む。
「良いのです。あなた様の手にかかるのならば……」
 もう一度、彼女は唇を重ねる。
「私は人を殺め過ぎました。許される事ではないでしょう……。信将様、短い間でしたが、貴方に出逢えて私は幸せでした」
 彼女の瞳から涙が溢れる。
「睦月……」
 彼女の顔も、涙で歪んで見えた。
「でも、せめて……せめて、一つ願い事が許されるのなら……生まれ変わって信将様のお側にいたい……」
「すまぬ、睦月……」
 私は涙を拭い、太刀を抜いた……

「……け、……すけ……」
 誰かが私……いや、俺を呼んでいる。心安らぐ様な、心地良い声。
「睦月か? 何処だ?」
 眼前に妖艶な笑みを浮かべた妖狐――睦月――が現れる。
 手を伸ばす。が、美しい妖狐は身を翻すとその手をするりとすり抜け、闇の中に消えていた。初めて逢った時の様に。
「行くな、睦月!」
 俺は闇の中を夢中で走った。
「……すけ。……恭将!」
 睦月ではないのか? では、誰だ? 俺を呼ぶのは……
「恭将、どうしたの!?」
 睦月!
 何処にいる!?
「私はここよ! だから、目を覚まして!」
 大きく身体を揺さぶられ……

「恭将!」
 目の前には、睦月の泣きそうな顔。あの睦月とは違う、もう一人の睦月。
「睦月……?」
 俺は、呆然と彼女の顔を見つめた。
「睦月、じゃないでしょ? どうしたのよ、突然うなされて……」
 ほっとした様な、怒った様な顔。
「夢、か……」
 俺は呆然と呟く。
「また、あの夢……」
 今まで幾度と無く見た、美しい妖狐の夢。
「どんな夢? ……悲しい夢?」
「……涙?」
 俺は、我知らず涙を流していた。
「ああ。睦月が俺の前から消え去ってしまう夢だ」
 俺は彼女の胸に、顔を埋めた。
 今の俺にとっては、分かつ事の出来ない半身。もし、“あの時”の様に失う事があれば……
「大丈夫、私は何処にも行かない。だから……」
「済まない。俺は、二度とお前を失いたくないんだ」
 俺はそのままの格好で答えた。涙を見られたのが気恥ずかしかった。
「いいの。貴方は壊れかけた私を必死になって助けてくれた。だから……貴方が望むなら、私はずっと、側にいる」
「睦月……」
「なに?」
「すまない、今夜はこのまま寝させてくれないか?」
「ふふっ……いいわ。気の済むまで」
 彼女の手が、そっと俺の頭を撫でる。
「ありがとう……」
 俺は間もなく、深い眠りに落ちていった……

  

  

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