闇夜。
雲に覆われ、月の光も届かぬ闇の中。
ねっとりとした空気が肌にまとわりつく。
黒く長い髪が、白く瑞々しい裸身に映える。
俺の目の前にいるのは、一糸まとわぬ女。
そして、その手には、髑髏。
「許さない……妾達を引き裂いた者達を……あの方を殺した者を……」
睦月……。最早、怨念に身体を支配されたのか……
彼女を支配しているのは、かつてこの地に城を構えた大名の姫君。
政略結婚の為に恋人から引き離され、その恋人が殺されたのを知って悲嘆に暮れて自刃したという……
そしてその大名家は、彼女の怨念により没落し、最早城すら残っていない。
残っているのは、僅かな石垣と、彼女と恋人が埋められた後に生えたと言う、桜の木。
桜の花びらの舞う中、彼女は恋人だったものの髑髏を抱き、涙を流す。
「許さない!」
彼女は俺に視線を向ける。
「!」
凄まじいプレッシャー。
物理的な圧力すら感じる。
……怨……怨……怨……
人ならぬ者が舞い狂い、俺の身体を蝕もうとする。
怨念が怨念を呼び、より巨大な力へと変貌していく……
俺達は、その根幹を立つべくここへ来たのだ。
巫女である彼女と、退魔師である俺。
が、彼女が怨念に支配され、俺も打つ手は無くなりつつある。
……せめて、せめて彼女は救わねば!
「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陳! 裂! 在! 前!」
三鈷杵(仏具の一種)を取り出して右手に構えると、左手で刀印を結び、早九字を切る。
指先に、仄かな光が宿った。
そして、三鈷杵の片方に刀印を添え、ゆっくりと横――三鈷杵の延長線上――へとスライドさせる。
と、光の刃が形成された。
「ハッ!」
気合い一閃光の刃を振るい、まとわりつくモノたちを斬り捨てると、一気に間合いを詰める。
……狙うは、髑髏。そして、姫君の本体である桜の木。
再び封じるしか無い。
後一歩!
『駄目!』
睦月の声。
「何故だ!?」
お前を助けなければ……
『彼女を助けたいの……受け入れて、この人の魂を……』
「何!? 妾に支配されてなお、意識があるのか……」
彼女の唇が、同時に異なる言葉を紡ぐ。
魂……その封印か!
髑髏の額に刻まれた印。
魂を封じ込め、永遠に転成出来なくするもの。
邪悪な瘴気が立ち上っている。封印に邪法を用いた為か。
この忌まわしい波動……覚えが有る。
「ならば!」
剣を構え直し、再び地を蹴る。
髑髏の封印を解く!
彼女は髑髏を俺に差し出した。睦月の意思が勝っているのか。
「やめろ! ……か、身体が……」
姫君の霊が叫ぶ。が、俺は躊躇わずその額に剣を突き立てた。
「邪気……退散!」
――パキィィィン!
澄んだ音とともに、髑髏は砕け散った。
……!!
髑髏の中からは、澄んだ光を放つ光球が現れる。
「信孝殿……」
姫君の呟き。
俺は、そっと彼の魂に手を差し出した。
「!」
指が焼ける様な感覚とともに、彼の魂が俺の中に入り込んで来る。
気高い武士(もののふ)の魂……
『感謝する……現在(いま)に生きる戦人(いくさびと)よ……』
彼の意思が語りかけて来る。
俺の中に、彼の魂。
妙な気分だ。しかし……彼の意思と共にいる事は、何故か心地良い。
「の……信孝殿……」
涙を流す姫君……いや、睦月もだろう。
「桜姫……」
俺の口が、彼の言葉を紡ぐ。
俺達――彼等も含めて――の影が重なった。
いつの間にか雲が晴れた空の、中天に昇る月の下で……
朝日が俺達を包む。
その中を、溶ける様に空へと消えていく彼等の姿。
『ありがとう……』
彼等の言葉が心の中に響く。
俺達は、彼等の消えた空を眺めていた。
二人で、ずっと……