だから大地と空の果てまでも



 僕は額の汗を拭いながら、鳥のシルエットが舞う空を見上げていた。
 この距離から見えるという事は随分大きいのだろうが、今は空の蒼に吸い込まれそうな黒い点に近い。雲ひとつ無い天辺は怖いくらいに澄んで眩暈がしそうだ。
 ゆっくり視線を降ろすと、赤茶けた岩と大地が抉られた渓谷とその間を蛇行する川がある。壮大とか絶景とかの言葉さえ足りない気がしてくる光景を眺め、自分が今踏みしめている場所からそこが繋がっているという極当たり前の事、景色の中に自分も居るという事を受け入れていると全身の感覚がふっと遠くなる気がした。
 傍らでは穂高がバッグパックから取り出したミネラルウォーターのボトルを呷っている。半分くらいまで一気に中身を減らしてから差し出してくるそれを、受け取って口に含んだ。
 喉が潤うのに少し遅れて新しい汗が滲み出し、絶え間なく吹き付ける乾いた風が肌を掠めていくのが心地良い。湿度も暑さも、空気の匂いも日本とはまるで違う。
 穂高と一緒に居る様になってから、色々な場所に行った。それこそ、それまでの僕だったら想像もしなかった様な所で沢山のものを見て、食べて、人々の生活や自然の姿に触れた。
 多分穂高は、僕の世界を広げたくて、そして自分がいいと思った場所を、人を、ものを一緒に見たくてそういう事を始めたんだと思う。並外れた行動力とバイタリティに引っ張られながら最初は戸惑う事ばかりだったけれど、今はそれだけじゃない。
 連れて行ってもらうだけでなく、僕が行きたいと思った場所に行く手助けをしてもらう。自発的に何かをしたいと考えてそれを口に出して伝える事、それが出来る様になった今の関係は、かけがえの無い大事なものだと思う。
「あの山、」
「ん?」
 右手が何かに操られる様に上がり、折り重なる山の稜線の中でも一際高い一角を僕は指していた。
「登ったら、何が見えるかな」
「よし、行ってみるか」
 何でもない事の様に軽く返して、穂高は荷物を手早くまとめ来た時と同じ急な斜面を跳ぶ様に下っていく。僕はそれより少し遅れて、足場を確かめながら一歩一歩降りていく。
 焦らなくても、数歩降りたら止まって僕の方を振り返ってくれるのが分かっているから大丈夫だ。待たせる事にも遅れてしまう事にも、今では何ら気負いは無い。
 荒れた岩肌を伝って、ジープを停めてある道端に近付いていく。僅かな平地に届く最後の数歩の手前、先に降りた穂高が大きく腕を広げてこちらへと構える。
 そこへ、躊躇い無く跳ぶ。受け止めてくれるどっしりした胸板と腕の力強さに身を任せると、一瞬泣きたい様な気持ちになった。




 了



 舞台モデルはグランドキャニオンとコロラド川、イメージはB'z「赤い河」。
 大学か会社の長期休暇(穂高と同じ大学に編入してゆくゆくは社長秘書にとか後日談設定も懸命に作ってたっけな…)に、ジープに寝袋積んであちこち放浪している設定です。
 実は一人称視点で書くのがずっと苦手で(突き放し三人称の方がフラットで楽)、今でも苦手というかどうにも肌に合わず、他ジャンルやオリジナル含めても弄りでしか書いてないのでこれでもうこの書き方は暫くしないだろうなと思うとちょっと感慨深くもあります。一人称じゃないと弄り二次じゃない気がしていたけれど、ここまで苦手意識持つくらいだったらどこかで振り切って三人称で書いて楽になるべきだったのか…気付くのがいつも遅すぎる。
 私の中の二人はいつでもいつまでも、こうして日本の雑踏やアメリカの大地で日常を送っています。多分記憶が薄れるまで、ずっと。


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