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Le Jardin Ensoleile
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「静貴にとっての最初の記憶ってなに?」
「最初の記憶?」
「そう。最初の記憶。そう言われて、何を思い出す?」
「……最初の、記憶………」
思い出されたのは、きっと嫌だったんだろうなという過去の記憶。
もう何も感情を動かされることすらない、脳に張り付いただけのただの記録。
煩わされることのなくなった現状を嘆くべきなのだろうか。
荒らされたはずの心は、今ただ、平穏だった。



それはいつも傍らにあった。
思うままに身体を踏み荒らされ、退屈な時間を繰り返しては、
いつもそこにあるそれに、香芝は一度も興味を持ったことはなかった。
「香芝。なぁ、遊びにいこうぜ」
名前すら思い出すことが難しい級友が言う。
その手にそれを握らせれば、なにか色々と口で言いながら友人とやらは離れていった。
そう。それにはいつもそれがまとわりついていた。
香芝はそれが大嫌いだった。


「あぁ……っ、ん……」
どこか遠くに聞こえる自分の声が即物的な部屋に撒き散らされる。
後ろ手に縛られた手首が痛みを訴える。
どうして崩れ落ちずに生きられるのか。
不思議で仕方がなかったが、幸か不幸か香芝は生き続ける。
その意味も、価値も、なにもわからないままに生と性を浪費し続ける。
生きたいと願ったことはただの一度もなく、ただ死ぬことは嫌で嫌で。
「ん……ぅ……もう………」
無意味に覚えた人間の欲望を満たす手段。
香芝の下でどこの誰かわからない自称『彼氏』が息を詰めた。
内部に広がる不快な熱に何を思えばいいのか。
誰でもいいからそんなつまらない疑問に答えて欲しかった。
香芝には何も感じ取れない理由を教えて、楽にして欲しかった。
きっとそれを知ることができたなら、眠るように死ねるはずだから。


ぼんやりとした視界にまたそれが入りこむ。
何人もの手に触れられ、薄汚れた紙切れ。
多くの人間の手に渡り、時に欲に汚れ、また巡る。
「また連絡する」
世の『彼氏』とやらは、こんな風に別れ際にこれを置いていくものなのか。
いくらなんでもそれは違うだろうということは香芝にすらわかっていた。
だがそれに何を思うわけでもない。
汚れた紙切れを掴み、身体を起こす。
「言い訳が必要なら、しなければいいのに……」
するならば言い訳をするな。
香芝はそれが嫌いで仕方がなかった。

また級友が猫なで声で近づいて来る。
また手垢が増えて巡るそれを見送って、それでもまたそれは
香芝の元に戻ってくる。
いたいけな少年を買うために、その言い訳は必要だからだ。
大人とはどうやらそんな面倒な生き物であるらしいと、何故だかおかしくなった。


それを香芝が求めたことは一度だってないのに、
必ず傍らにおいておかれるその紙切れこそが、香芝の価値だとでもいうように。
それは、いつも香芝の傍らにあった。

「そんなものが欲しかったわけじゃないんだけどなぁ」
それから数年後、呟いた香芝に友人は笑った。
「それなら、何が欲しかったんだ?」
それがわかれば苦労しない。
少なくとも、欲しかったのは言い訳などではなかった。
言い訳を傍らに置かないと手を出せないような大人など、香芝は必要としなかった。



「そんなものが一番最初の記憶かな。自分で考えたって意味の。
懐かしいなぁ。あれ、中学の頃だもんなぁ。世の中腐ってる」
誰より何より腐っている人間に世界もそんなことは言われたくはないだろうが。
楽しげに笑った香芝の視線の先にはいつも、それが広がっている。
光に満ちた世界は、ただ今日も穏やかにそこにあった。
あの時から、変わらずに。
「目が眩みそうだ」
世界はいつも、そうして答えを隠してしまうのだ。
光の届かない闇の中でようやく手に入れた答えを抱え、ようやく今、
その愚かさという名の言い訳が愛しく感じられた。
「結局、全てのものは必要だからそこにあるんだろうな」
あの頃はわからなかったけど。
光に満ちた世界には意味がある。
それは、確かに香芝の居場所を生んでくれた。
それでいいと、今の香芝にはわかっていた。
箱庭の世界では、全ての人間はむじななのだからと。



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