気づいて
「捨てる」 ライトは俺との絆を断ち切った。 その言葉を受けて、俺は極力、何でもないことのように明るく、お別れの言葉を口にした。 死神は涙を流さない。 でも、声が震えてしまいそうで。表情が歪んでしまいそうで。 気楽なふうに振舞うことで精一杯だった。 ライトには、ライトの考えがあり、生き方がある。それについて俺が口出しすることは許されない。 悄然として死神界に帰った俺を迎えたのは、仲間の憐れむような視線だった。 人間界の様子を見ていて、俺がライトに捨てられたことを知っているのだろう。 ・・・今は何も考えたくないし、何もしたくない。 無言で背を向けて独りになれる場所を探した。 もし追いかけてきたら苛立ち紛れに殴ってやろうかと思っていたが、人間界の観察を続けていたいらしい連中は、誰も追ってこない。 とりあえず、リンゴを食べて禁断症状を抑えたが好きだったはずのリンゴは、まるで砂を噛むような味気なさだった。 退屈な日常に戻り、幾日が過ぎただろうか。 俺は不意にライトが放棄したデスノートのことを思い出した。 回収してこなくては。どうせ暇なんだ。また人間界に降りるのも気晴らしになるかもしれない。 冷たい土に埋められたデスノートを掘り返して、そっと胸に抱いたら やっぱりライトの傍にいたい そんな気持ちが湧き上がってきた。 デスノートの絆が断ち切られ、憑く義務から解放されても、俺が自分の意思でライトに憑いてはいけないという規則はない。 それに俺はまだ「面白」を堪能していないし、もしライトが死んだら俺のデスノートに名を書き連ねることになるんだから、傍にいる権利がある、はずだ。 俺はすぐさまライトの元へと戻った。胸にしっかりとデスノートを携えて。 戻ってみると驚いたことに、人間がライトに憑いていた。 確かこの人間は、竜崎と呼ばれていたライトの敵だ。手首と手首に連なった鎖で、しっかりと繋ぎとめられている。 『何があったんだ? なあライト』 話しかけても、もちろん返事はない。ライトには俺の声は届かない。俺の姿も見えないのだから。 判っていたはずなのに、ちょっと悲しいのは何故だろう。 俺と契約を交わす前に戻ったライトの顔は、とても幸せそうに見えた。 正義に燃えて、キラ事件を謎解きゲームでもやっているみたいに興味深そうに追っている。すごく楽しそうに。 自分が殺人鬼だったことを知ったら、狂ってしまうんじゃないかと思うくらい無邪気な顔をして。 『幸せなのかライト。俺と一緒にいた頃より、そいつの傍にいるほうが?』 仲睦まじく捜査しているライトからは、竜崎に対する信頼と憧憬が感じられた。 俺とライトの中にこそあったはずの絆を垣間見たような気がして、嫉妬が胸に迫る。 『ライト、ライト。返事をして。俺を見て』 わざと、ライトの目に付きそうなところにデスノートを落としてみる。 が、ライトはキラ捜査に夢中で気づいてくれなかった。 見つけてもらおうと頑張ってノートの位置を変えてみるが、やっぱり気づいてくれない。先に竜崎のほうに見つかってしまった。 伸ばされてきた竜崎の手が届く前に、間一髪で回収した。俺の手の中にあればデスノートも人間には見えない。 『誰がお前に拾ってくれと言ったんだ。危ないところだったぜ』 急にノートが見えなくなったことに首を傾げている竜崎に、聞こえていないと判っていながらも毒づいてしまった。 溜息が止まらない。まったくダメだ。竜崎がライトに憑いている限り、俺は何も出来ない。 ライトと親しげにしている竜崎を見ていると 『そこは俺の場所だぞ』と叫びたくなる。 いっそのことデスノートに名前を書いてやろうかと思ったが、我慢した。 竜崎を殺せば【キラを助けるためにデスノートを行使した】ことになってしまうかもしれない。たとえライトに俺の記憶がなくても。 死神仲間のレムが言ってたもんな。 惹かれている人間を助けるためにデスノートを使ったら消滅してしまうって。俺は、まだライトの傍にいたい。 「どうしたんだ竜崎?」 俺が呼んだって見向きもしなかったライトが、キョロキョロしている竜崎に声をかけた。 「いえ・・・ちょっと幻覚を見てしまったようです。疲れ気味のようですから、甘いものを食べましょう」 釈然としない表情の竜崎の言葉を、ライトは冗談だと思ったらしく、ははっと笑った。 「ワタリ、甘いものを用意してきて下さい」 冗談ではなかった竜崎が、眉間に皺を寄せて爪を噛みながらも、パソコンに向かって命じると 「かしこまりました」 パソコンから丁寧な返事が返ってきて、お前は忍者か!? と思うくらいの素早さで老紳士がフルーツの盛り合わせを運んできた。 ライトの分と、二人分。一口サイズに切られた果物の中にはリンゴも入っている。 それぞれのフルーツ皿を受取って、パソコンの前に座ったままの状態で二人は食べ始めた。 クンクン、と匂いを嗅ぎながらライトがリンゴをフォークに刺すかどうかを、つい見つめてしまう。 はしたないとは自分でも思うけれど、こればっかりはどうしようもない。 そして、ついにライトのフォークがリンゴに刺さったとき、絶妙のタイミングで竜崎の声がした。 「ライト君、この画面を見て下さい!」 何かを発見したらしく、身を乗り出すようにしている竜崎に、ライトも同じようにパソコンを凝視する。 チャンスだ! ぱくっ 二人の視線が逸れた隙を狙って、ライトの持つフォークに刺さったリンゴを急いで口の中に入れた。 甘酸っぱい芳醇な味わいが口の中に広がる。【ライトから奪ったリンゴ】は砂のような味はしなかった。微量ながらも満足感が得られる。 ・・・でも。 『やっぱり、【ライトからもらったリンゴ】じゃないと、あんまり美味しくないな』 パソコン画面を見つめるライトの横顔に、聞こえない言葉をポツリと呟く。 そっと寄り添ってみたが、ライトには俺が傍にいることは判らないんだろうな。 いつかまた、ライトと共に過ごせる日が来ればいいのに。 以前のように。会話して、リンゴもらって、テレビを観て、たまには一緒にゲームもして。他の誰でもないライトから「面白」も提供してもらいたい。 死神らしくないかもしれないが、俺は心からそれを願っている。 【終】 |
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