追憶のL

右手で横たわる竜崎の裸身を軽く押さえ、左手は下肢に息づくものに絡められている。

その左手を、やわやわと揉みしだきながら、唇はせわしなく胸へと、腹へと、うなじへと、不規則な動きをみせながら滑っていき、竜崎の身が微かに跳ねる位置で強く吸いつけられた。

耳の付け根に唇が押し当てられると、竜崎の頬が紅潮する。

唇の動きに合わせて左手が大きく上下されると、声にならない呼気が漏れた。

白い肌に、ほんのり赤い点が映え、それに満足した唇はまた別のポイントを探して這い彷徨う。

唇の跡が刻まれるたび、竜崎の表情は苦悶とも愉悦とも判別がつきにくいものに歪み、四肢は強張り、肌は淡く火照って汗の珠が輝いた。

ククッ

と、不意に唇の主が咽喉奥で笑う気配がして、薄く目を開いた竜崎が、その人物に顔を向ける。

「まるで楽器みたいだな」

唇の主は冴えた双眸を猫のように細め、肉厚の薄い唇を自分の舌で軽く濡らして見せた。

そういう仕草は下品に見えるものなのだが、この唇の主は整った綺麗な顔立ちをしているためか、竜崎に醜悪な印象を与えることはなかった。

湿った唇が胸に降りてきて、突起を挟んで、その部分を生温かい舌が蹂躙する。

甘く切なげな声を漏らし、耐え切れないように身を捩る竜崎の反応を楽しみながら、今度は軽く歯を当てて刺激すると声音が鋭く変わる。

甘噛みして、宥めるように舐めあげて。

その場所を少しずつずらして翻弄するたびに、竜崎の口からは音程も音量も多様な喘ぎ声が溢れた。

「私を酔わせる、いい音色だ」

うっとりと囁かれて、彼を愉しませていることに自信を得たのか、竜崎も満足そうに笑みを浮かべた。

「それは、きっと演奏者がいいからでしょう」

「愛しているよ、私の大切な―――」

竜崎の耳元で、唇の主は竜崎の本来の名を呼んで抱しめてくれた。

愛されていることが嬉しくて。このときばかりは、竜崎も普段の冷徹な探偵の仮面を外して、彼に甘えかかる。

ありったけの喜びを身体全体で表現しようと、抱きついて胸に頬を擦りつけ・・・・・・

・・・・違和感に、身が強張った。




意識が覚醒する。

裸の胸があるはずだったのに、頬に触れるのは布の感触。

抱きついた感覚も異質で、サイズが違う。纏う空気も匂いも別人のものだった。

一気に快楽の波が引くのと同時に、血の気も引いた。

顔を上げて自分が抱きついている相手を確認すると、あわてて竜崎が飛び退く。

「すみません。寝ぼけていました。起こしてしまったようですね?」

困惑の表情を浮かべている夜神ライトに、軽く頭を下げる。

「いや、それは別にいいんだけど・・・びっくりした」

「すみません」

「だから、いいって。それより竜崎があんなふうに微笑うところを僕は初めて見たよ」

素直に驚嘆して、ライトも上半身を起こす。

「最初、魘されているのかと思って心配したんだ」

少し、口端が持ち上がった。

面白がっているのを懸命に隠そうとしている表情だ。

「そしたら覗き込んだ竜崎の顔が、なんだか上気してるから。僕は熱でもあるのかと思ったよ」

なぜか、ライトの顔にも少し赤みが差す。

「抱き起こそうとしたら急にしがみついてきて、ふわっと微笑んだんだ。とても幸福そうに」

寝ぼけていたのだろうけれど可愛かった。

そう、ライトが言葉に出して言った途端に、血の気が引いていた竜崎の頬に再び朱が昇った。

「もう忘れて下さい」

あのライトに。よりにもよって夜神ライトに見られてしまったなんて。

恥ずかしくて顔がまともに見られない。竜崎は頭から布団を被りこんで、眠りに逃げようとした。

「まだ身体は昂ぶってるくせに。無理することないだろ?」

ライトに背を向ける形で、身を丸めていた竜崎の腰を掴んで自分のほうに引き寄せたライトが、こともあろうに手を下肢に伸ばしてきた。

「なっ何をするんですか」

動揺してしまって拒絶が遅れたせいで、あっさりとライトの手はパジャマのズポンの中に侵入して、下着を通過して、まだ熱く息づいていた箇所を握りこんだ。

「このままじゃ竜崎が辛いだろう? 手伝ってやるよ」

「大きなお世話です。早く寝て下さい」

「眠れるわけないだろ。僕も、『隣で息を潜めて、震えながら体の火照りがおさまるのを待ち詫びている竜崎』がいるって状況は落ち着かないんだ、気分的に」

「・・・・・」

言葉を失って、朱を散らしたままの顔を竜崎に向けて睨んでみせる竜崎。

恥ずかしさと官能の余韻で涙腺が緩くなっているのか、目じりには僅かに涙が溜まっていた。

「可愛いよ、本当に。竜崎を可愛いと思える日が来るなんて自分でも驚きだよ」

ひとしきり笑われて、竜崎が悔しげに唇をへの字に曲げたところで、ライトは真っ直ぐに竜崎の目を見た。

「美女とイイコトする夢でも見てた?」

美男と、です。とは言えないものがある。

「健康な青少年なら当然のことです。そんな面白がることではないでしょう」

「面白いさ。竜崎にも、ちゃんと性欲があったんだな。新鮮な驚きだ」

人を何だと思っているのか。

本格的に憤慨しそうになった竜崎を、あやすようにライトの手が動く。

その手の中に握りこまれたものが、渇望していた刺激に歓喜して躍動しているのが、竜崎にも自覚できた。

身体は正直だ。隠しようもない。

ライトを振りほどくのも面倒になって、不本意ながら竜崎は身を任せることにした。

あっけなく果てた竜崎を、まだ面白そうに眺めつつ、ライトは名残惜しそうに解放した。

「心配しなくても誰にも言わないから安心していいよ」

ライトの優位に立ったと確信した笑顔を見て、『一生の不覚』という言葉が竜崎の脳裏をよぎる。

「それはどうも。ですが言いたいならば止めませんよ。報復はさせてもらいますけれど」

「ははっ。拗ねるなよ」

笑ったライトだったが、どういうわけか途中で表情を曇らせた。そして、妙に慌てた様子で、おやすみっと小声で叫ぶと布団を被りこむではないか。

「ライト君? ああ、なるほど」

今度は竜崎が含み笑いをして、身を硬くしているライトの下肢に手を伸ばした。思ったとおり、反応している。

「気にすることはありませんよ。私も誰にも言わないでおいてさしあげましょう」

にんまりと笑う。

「美女ならともかく男である、この私を弄んだことで自身が感応してしまったなんて不名誉でしょうからね」

器用な手つきで竜崎がライトを追いたて始めた。

「愉しませてもさしあげましょう。先ほどの、お礼です。ライト君もこのままでは辛いでしょう?」

さっきライトが自分に言った言葉を返してやると、ライトはバツが悪そうに視線を逸らせた。

構わず巧みな指使いで官能を高める竜崎に、動揺が隠せずライトが情けない声を放つ。

「男を相手にしてるってのにその手つき、なんか慣れてないか?」

「はい。慣れています。悦いでしょう?」

快楽に溶けて目を潤ませているライトに、あっさりと竜崎は答えた。

ライトの目が驚愕に大きく開いた。

「今、失礼なことを考えたでしょう? 別に私は同性しか相手にしないわけではありません」

表情も変えず、落ち着き払った声で竜崎が言う。

「男女を問わず相手に不自由はしていませんし、ライト君に対して不埒な感情を持っているわけでもありませんので、ご心配なく」

竜崎の手が、滲み出た体液で滑りが良くなっている敏感な部位を擦りあげるたびに、水音が鳴った。

「不埒な感情、か。もしかしたら僕のほうが竜崎に不埒な感情を持っているのかもしれないぞ」

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