思惑

カチャカチャとカップの底を擦るスプーンの音が、延々と響く室内。

シンプルだが機能的な竜崎のプライベートルームだけは監視カメラも盗聴器も据えられていなかった。

その分だけ、他の誰にも知られたくない会話をするのには好都合でもある。

溶け切れないくらい角砂糖を入れたティーカップを、不機嫌な表情で掻き混ぜている竜崎に視線をやって、ライトは密かに溜息をついた。

「殴ったのは悪かったよ」

昼間、ライトが自分をキラに戻ると思うのかと問うた際、竜崎は迷いもなく肯定したのだ。

ライトにとっては、キラ捜査に尽力している自分を否定されたことは耐え難い屈辱で、受け入れられないことに対する鬱憤を内部で処理しきれず、思わず拳を振るってしまった。

「でも竜崎だって蹴り返したんだから、お互い様じゃないか」

竜崎がそんなことで気分を害しているわけではないと知りつつも、ライトは、そんなふうな言葉を投げかける。

「お詫びにカップケーキもあげたろう?」

ティーカップの隣のケーキ皿には、一口サイズのカップケーキが手付かずのまま乗せられている。

それでも竜崎は返事もせず視線も動かさず、カチャカチャ掻き混ぜるのをやめようともしない。

そんな態度に、だんだんライトも腹が立ってきた。

「いらないんなら僕が食べる」

「そんなこと言ってません」

手を伸ばして食べてしまおうとしたライトから、竜崎は電光石火の早業でカップケーキを奪い返すと、アルミカップごと自分の口に放り込む。

むぐむぐと器用に口の中でケーキだけ食べると

こん・・・

と咳き込みながらカップだけ吐き出した。

その姿は、蛇が丸呑みした卵の殻だけを吐き出す様子に似ている。

「いつ見ても食欲が失せる食べ方だな」

嫌そうに眉間に皺を寄せるライトだったが、いつもと違って今日は竜崎のほうも微妙な表情をしていた。

「どうした?」

「ライト君が急かすから失敗してしまいました。いつもなら、こんなことはないのですが」

苦々しげに言って、吐き出したばかりのカップを顎でしゃくるようにして示す。

見ると、僅かな血痕があった。

「口の中、切ったのか。変な食べ方をするからだ」

「残念です。怪我をしたのでコーヒーが飲めません」

「怪我してなくても角砂糖を山盛り入れたコーヒーなんて飲めないだろう」

竜崎は苛立つことがあったり解決が難しい問題に直面すると、昂ぶった気を鎮めようとするのか無意識に過剰な糖分を取ろうとする傾向がある。

「いいえ飲めます。でもライト君のせいで怪我をしたので今日は飲めなくなりました」

「僕のせいにしないでくれ」

呆れながら唇を重ねると、舌を滑り込ませ血の味がする場所を探り当て、愛撫するみたいに甘く優しく丹念に舐めあげた。

どんな女でも、キスしてやると頬を染めてライトの意中に呑み込まれるものだったが、竜崎は・・・

「口に関する怪我ですよ、ライト君。口内炎が出来たときや口端が切れたときは、練乳や蜂蜜を塗るといいそうです。私も甘いものが欲しいです」

竜崎は、色気より食い気だ。

ライトはガックリと肩を落とした。ロマンの欠片も感じさせない竜崎の反応に、自信を失いそうになりつつも、かろうじて理性を繋ぎとめる。

「そんなの迷信だよ」

「はい。でも舐めれば傷が癒されるというのも迷信です。唾液は消毒にはなりません」

「ふぅ。まあいい。それより、ミサのことだ」

唐突に切り出してきたライトの言葉に、竜崎は嫌そうに視線を逸らせた。

「ちゃんと聞けよ。どうして竜崎はミサに、それほど辛く当たるんだ?」

「・・・・・」

「僕は直接見ていないけれど、監禁されていたときもミサは食料を絶たれたり厳しい拘束を受けていたらしいじゃないか」

「・・・・・」

「ミサが偽キラだと疑ったからというだけでは理由にはならない。それなら、僕を拘束したときの待遇もミサと同等になるはずだろう?」

「・・・・・」

「僕には食料も与えられたし拷問じみた拘束具も使用されなかった。ミサを苦しめる理由は何なんだ?」

「・・・・・」

ライトがミサの名を出すたびに、竜崎の胸に得体の知れない闇が広がっていく。

答えない竜崎の態度に、ライトの胸は苛立ちが広がっていく。

「殺される可能性があるのに、ヨツバに接近させるなんて無茶も言い出す。どうしてだ」

ライトの追求に竜崎は軽く目線を伏せながらも、淀みない口調で答える。

「ミサさんはライト君の役に立ちたいからという、自分の意思で快諾してくれたのです」

「それは竜崎が心にもない甘言を並べ立てて、そういう方向に話を持っていったからじゃないか」

竜崎がミサに向けている感情が、恋愛でも友愛でもなく、第二キラ容疑者としての興味しかないとライトは気づいていた。
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