うさぎりんご

女って生き物は、どうしてこんなに無駄なことが好きなんだろうな。

ままごとかよって思うくらい小さい皿に盛られたリンゴの切れ端をつまんで、しげしげと眺めてみる。

ミサの言い分では、こういう飾り切りをウサギリンゴというらしい。

しかし見れば見るほど貧相で、損をしたような気持ちにしかなれなかった。

「ちょっとリューク! ちゃんとフォークを使って食べなさいよ」

俺がリンゴを素手でつかんでいるのに気づいたミサが、眉根を寄せた。

皿に添えられたフォークの柄には、ウサギのマスコットがついていて機能的ではない。

『持ちにくい。面倒くさい・・・ライトはそんなこと言わなかったぞ』

そもそもライトは俺のためにリンゴを剥くということもしなかった。

『今度リンゴくれるときは剥かなくていいぞ。喰えるところが減るからな』

鼻筋に皺を寄せて不満を訴えた俺に、ミサのほうもぷぅっと頬を膨らませて不満顔をする。

「デリカシーないなあ。レムはミサの好意は素直に受け止めてくれたわよ?」

『俺はレムじゃないからな』

「ミサだってライトじゃないもん」

・・・口の減らない娘だ。

うんざりして視線をそらせたら、窓辺にもう一枚、リンゴを盛った皿があるのを発見した。

『うほっリンゴリンゴ』

飛びつこうとしたら、ミサが猫のような素早さで俺の前に立ちはだかり、両手を広げて拒絶の意を示した。

「盗っちゃダメよ。あれはレムの分のリンゴなんだから」

レムの分って・・・レムはもういないじゃないか。

「ああいうのを、お供えっていうのよ」

俺の考えを読んだように言うと、悲しげに肩を落として、俺を遮るために広げていた両腕を交差させて自分を抱しめた。

「ミサがやりたいだけだから、自己満足にしかならないのかもしれないけど」

レムのことを思い出して、またポロポロと涙を零す。この娘は情緒不安定だ。

初めてレムの消滅を知った夜、ミサは布団を頭から被りこみ声を殺して泣いていた。

長い間、しゃくりあげながら。震えながら小さな声でレムに詫びていた。

そのくせ、ライトと会ったときにはレムのことなど忘れたかのように幸福そうな笑顔を浮かべて、元気に振舞うのだ。

俺には、この娘の考えていることがよく判らない。

ライトが考えていることも判らないが、この娘の言動もライトとは違う意味で特殊だと思う。

『レムが消滅したのはレムの意思だ。お前が嘆くことじゃない。だからあのリンゴは俺にくれ』

睨まれた。

俺を非難する目つきだ。どうして俺が責められなきゃいけないんだよ、理不尽じゃないか。

『もとはといえばレムが消滅したのはライトの作戦だったんだぞ。責めたいなら俺じゃなくてライトを責めろ』

「ライトは悪くない。レムはミサのためにライトに従ってくれたの。だからミサはレムに、いっぱい感謝してるよ!」

俺を睨み据えたまま、激昂するミサの眦に溜まった涙が散る。

その剣幕に気圧されてつい数歩、後退してしまった。

「だけど・・・ミサのためにレムは消滅しちゃダメだよって言ったのにね」

さっきまで強気で怒鳴っていたくせに、今度はまた目線と声のトーンを落とす。

やっぱり俺には、この娘が何を考えて何を言いたいのか、さっぱり判らない。

「リュークの話によると、死神はリンゴしか食べないんでしょう? なのにミサ、レムにリンゴあげてなかったから。せめて、お供えくらいはしないと」

・・・いや、レムは俺と違ってリンゴに執着してなかったと思うがな。

それにせっかくのリンゴを飾っておくだけなんて、もったいないじゃないか。

未練を断ち切れず、ついリンゴの方向に視線をやってしまう俺に対して、ミサは少し苛立った語調で言った。

「勝手に食べたりしたら、もうリュークにはリンゴあげないんだからね。判った?」

へいへい、我慢すりゃいいんだろう。ちぇっ。

落胆したところで、ミサの携帯が鳴った。

液晶を確認したミサがパアッと顔を輝かせる。

「ライトからメールだっ。ミサを呼んでくれてる」

泣いたり怒ったり落ち込んだり喜んだり、短時間でよく変われるもんだ。本当にこの娘は感情の起伏が激しい。

いそいそと着替えを始めるミサを、ちょっと呆れ気味で眺めていたら

「もうっ。リュークってば気が利かないなあ。レディの着替えを見ないでよエッチ」

エッチって。別に人間のメスの着替えになど興味はないが、とりあえず背を向けていてやることにした。

『わざわざ着替えなくても、そのまま出かければいいじゃないか』

「部屋着のままで外になんか出られない。それにライトに会えるんだからオシャレしないと」

そういうものなのか。まあ俺にはどうでもいいことだな。

それにしても女って生き物は、どうしてこんなに面倒くさいんだろうな。

部屋の内装は無駄に華美で落ち着かないし、空気は化粧臭い。

着替えは多いし、トイレのときも風呂のときも、お肌の手入れとやらのときも、俺は気を配ってやらなきゃならない。

何も考えずに憑いていられたライトとの生活が恋しくなってくる。

『なあ、お前。俺のノートを早くライトに返してやれよ』

そしたら俺、ライトに憑けるから変な気をまわさなくて済むし。

「ミサの目を使うなら、ミサもノート持ってたほうが便利かもしれないじゃない」

『じゃあライトが持ってるレムのノートと交換すればいい』

ミサだって本当は俺のノートよりは、レムが持っていたノートのほうに執着があるんじゃないかって気がする。

オスの俺が憑いているってことが精神的に負担なのは、ミサも同じだろうし。

「それはライトが決めること。ミサはライトに従うだけよ」

着替えを終えたミサが、パタパタと足取りも軽く玄関に向かう気配を察知して、ようやく俺は振り返ってミサに憑いて行く。

何にせよ今の状況は俺にとって、あんまり面白じゃない。

直接ライトに頼んでみようか。

傍に戻りたいって言ってみたら、どんな顔をするだろう。

鼻先で嘲るような冷然としたライトの美貌が、俺の脳裏に浮かんでは消える。

・・・やっぱ、やめた。

思えば俺は、ライトに隠しカメラの位置や尾行のことも教えてやったし、きっとライトだって俺が傍にいたほうがいいに決まってる。

だから呼ばれるまで待っていよう。俺の忍耐が続くうちは、な。

それまでは、レムの分のウサギリンゴが目の前をチラついていても。俺は喰うことができなくても我慢してやるさ。


【終】

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