役割
正座したままの両足が、じりじり痛みを伴ってくる。 それでも、頭上から降り注ぐ局長の長い長い小言が終わるまでは、殊勝な態度を心がけておいたほうがいい。 勝手なことをしたのは悪かったけど、結果としては命は助かったしキラ事件の核心に迫ることも出来たんだから、そこまで怒らなくても・・・と思ったけど、局長が本当に心配してくれたことが判るから、ちょっとそんなことは言えない雰囲気だった。 うなだれて身を縮ませていると、哀れに思ったのかライト君が助け舟を出してくれた。 「父さん、そのくらいで許してやったら? 反省はしてるみたいだし」 こくこく頷いた僕を無視して、竜崎が冷ややかに吐き捨てる。 「どうでしょうか。目前の嵐が過ぎ去るのを、ひたすら待ち侘びているだけのようにも見えますが」 「そ、そんなぁ」 当たり。だけど、今ここでそんなこと言わなくてもいいじゃないか。 ほら、また局長の血圧が上昇しちゃうし。 思わず情けない声を漏らしてしまった僕に対して、局長は盛大な溜息をついた。 「とにかく、もう二度と単独で危ないことはするな。いいな?」 「はい。申し訳ありませんでした」 どうやら局長の小言からは解放してもらえるらしい。 深々と頭を下げてから、チラリと竜崎を盗み見る。 もう僕への興味は失せたようで、ライト君とキラ捜査について何か難しい会話をしていた。 あの2人の話す言葉には割り込めない。 と、いうか。何を言っているのか判らないときすらある。 そりゃ、ライト君ほど役に立てるとは思わないけど、それでも僕だって捜査の一員なんだ。 役に立ちたかったんだよ。少しでも、竜崎に認めてもらいたくて。 だって竜崎は冷たくて。すごく意地悪で。他の皆には信頼を寄せているように見えるけど、僕のことは捜査員として認めてくれていなさそうだったから。 もしかして、あまりにも役に立たないもんだから嫌われてるのかな、と思うと切なくて、やりきれない気持ちになったんだ。 結果、命の危機に晒されて、竜崎が助けてくれなかったらきっと死んでいた。 けれどそれも、僕の身を案じてくれたのではなく、僕の口から捜査のことが漏れることを恐れて手を打ってくれたんだろう。 ああ。なんかまた、落ち込んできた。 「おいおい、しけた顔してんじゃねえぜ」 おどけた仕草でアイバーが肩を叩いてくる。 「お前が何を考えているか判る。俺も、似たような気持ちに陥ったことあったからな」 顔を寄せ、ひそひそと囁かれた。 びっくりして視線をやると、アイバーはニッと歯を見せて笑い、ウインクをして見せた。 「心配すんな。少なくとも嫌われちゃいないさ。あの人は興味のない奴に対しては、本当に冷たいんだぜ」 そうさ。だから竜崎は僕に冷たいんだ。 名前だって、僕だけ呼び捨てにされるくらい格下に見られてるし。 格下な働きしかしてないから仕方ないと言われれば、それまでなんだけどね。 「構ってもらってるだろ? 無視されず反応をもらっている。しかもピンチのときは、わざわざ彼自身が動いてまで助けた」 それを忘れたのか? というように、視線で問いかけてくる。 「・・・・・」 だから、それは僕から情報が漏れたら困るからだってば。でも、それを自分で言うのは、あまりにも情けない。 僕は返事が出来なくなって、黙って俯いただけだった。 「いい加減にしろよ」 不貞腐れる僕の態度が癇に障ったのかアイバーの語調が鋭く跳ね上がった。 それでも声のトーンは抑えられているから、周囲には聞き取れないだろう。 「いつまでもガキみてぇにスネてるんじゃないぜ。オトナになりな」 僕にだけ聞こえるように、恫喝してくる。 眼光も怒りを孕んでいて身震いするほどの威圧感だった。 これが裏世界に棲む住人の気迫、というものなのか。 「何を信じるかは自分で決めろ。だが勝手な真似を繰り返して、あの人に負担をかけるようなことをするなら俺が貴様を殺してやる。いいか、俺は本気だ。判るだろう?」 情けない話だが、本気のアイバーは腰が抜けそうなほど恐い。 彼もまた竜崎に心酔して認められたいと望む人間の1人なのだろう。 詐欺師の敏腕で僕を騙そうとしてるようにも思えなかった。 獰猛な野獣に狙われた小動物みたいに、怯える僕を見ていたアイバーが、不意に肩を軽くすくめてみせた。 そのオーバーアクションからは張り詰めた威圧感は、もう微塵も残っていなかった。 「いつもの元気を出せと言ってるんだ。あんたはどうも、あの人にとっては気晴らし兼、安らぎ担当みたいだからな。いつまでもウジウジされたら鬱陶しいのさ」 わけのわからないことを言って、いつものシニカルな笑みを唇に刻むと、アイバーは僕の傍から離れていった。 「何がなんだか、判らない」 悩んでいると、背後から 「何をやってるんです?」 竜崎の声が近づいてきた。いつまでも局長に叱られていたときの姿勢のままでいるから、不審だったのかもしれない。 「・・・おや、これは。そうですか」 何を思ったのか、竜崎の口端が緩やかなカーブを描いた。 マズイ、ぞ。この表情はロクでもないことを考えている。 警戒して立ち上がろうとしたところで膝が笑った。 長時間、お小言を頂戴した結果、完全に足が痺れきっていたんだ。 た、立てない。 慌てる僕の足に、竜崎の指先が容赦なく触れられた。 「ひぃっ!?」 痺れきった足をツンツンされると電撃が体中に駆け抜けるみたいな錯角に襲われた。 「ひゃっひゃめてくだしゃいっ」 咄嗟のことに呂律もまわらない。 びくつきながら見た竜崎の表情は、僕の窮地を完全に面白がっていた。 ライト君のほうは、率先して参加しようとはしないものの、止める気もないらしい。 「ちょっとした娯楽も、たまには必要です」 僕を娯楽にしないで下さい! と思っても、それを口に出す余力が残っていない。うぅっ。 なんとか竜崎の魔手から逃れようと、必死にもがく僕の視線の端を、アイバーの姿が掠める。 僕と竜崎を見るアイバーは 「そう。その調子だ」 とでも言いたげな、満足そうな顔をしていた。 【終】 |
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