閉ざされた道

竜崎―――どうしても殺しておかねばならない男だ。

それなのに、何をためらうことがある?

僕は軽く腕組みをした姿勢で、竜崎の小さな背中を見おろしていた。

疲れるだろうに、竜崎はいつもチョコンと体育座りをしている。まるで迷子になって泣いている幼子のように。

「それで?」

沈黙に耐えられなくなったのは僕のほうが先だった。

2人きりで話したいことがあると言って呼び出して、僕に自分の本名を教えると竜崎は言った。

その名が本物かどうかは、デスノートに書き込めば判ることだ。

聞いておいて損はない。損はないが・・・僕は聞きたくない、と思ってしまった。

知ればデスノートに書くしかなくなってしまう。僕が、この手で竜崎の生命を摘むことになる。

今更、だ。僕の手は既に血塗られてしまっている。ヘタに情を移してしまっているようでは『神』になど、なれないんだ。

竜崎がLなら真っ先に始末せねばならない敵だし、もし違っていたとしても、こんなに頭の切れる男を放置しておくなんて危険な真似は出来ない。

「やはり知りたいですか。私の名を」

「竜崎が教えたいと思ってるんじゃないのか? それともまた、何かの目的があって僕を試そうというのか」

淡々とした、いつもと変わり映えのない声音に苛立ちを感じながらそう言い返すと、竜崎はまた黙り込んでしまった。

カチャカチャとコーヒーカップを掻き回す音だけが広々とした部屋に響く。

ガランとした広いだけの空間。この空間でいつも竜崎は考え事をしているのだという。

時折、頭がゴソゴソ動いているのはクッキーを食べているからだろう。

「いい加減にしろよ?」

僕は竜崎の正面に回りこむと、竜崎からコーヒーカップを取り上げて中身を飲み干した。

ゴホッゴフッ

途端に、咽る。

とんでもなく甘い。いったい、いくつ砂糖を入れてあったんだ?

よく見ると竜崎の手に握られているクッキーは、ザリッと音がしそうなほど粗目砂糖が乗っていて、その上に練乳がたっぷりかけられている。

それを顔色1つ変えずに食べるなんて、どんな味覚をしているんだ。

「よくこんなものを飲めるな。太らないのが不思議だよ」

空になったコーヒーカップを忌々しく突っ返すと

「糖分は必須エネルギーですよ。頭の回転も冴える。ライト君もどうです?」

食べかけのクッキーを差し出された。もちろん丁重に断る。ついでにポットに手を伸ばそうとしている竜崎の手を遮った。

「ティータイムは終わりだ、竜崎。いったい何を考えている?」

「目的は後で教えてさしあげます。それより私の名前、知りたいでしょう?・・・キラ」

まっすぐな眼差しで、まるで総てを見透かすみたいに竜崎が僕をキラと呼んだ。

「不愉快だ。こんな子どもじみた茶番には、付き合っていられないよ」

得体の知れない恐怖感で全身が満たされた。ここにいるのは危険だ、と頭の中で警鐘が鳴っている。

踵を返して帰ろうとした、が。どういうわけかドアは開かなかった。竜崎が先ほどと変わらない姿勢のまま、声のトーンさえも変えずに淡々と告げる。

「無駄ですよ。そこのドアを開けることが出来るのは私だけですから」

「ふざけるな。ドアを開けろ!」

「・・・条件があります。それを呑むなら、ドアも開けるし私の名も教えましょう」

だめだ、こいつ。どうあっても自分の目的を果たすまでは僕を室外に出す気はないらしい。

「キラは賢い。もう、どうすべきかはわかっているはず。そうでしょう?」

「僕はキラじゃない」

「いいえ、キラです。隠しても無駄ですよ」

竜崎がようやく姿勢を崩した。ゆっくりと立ち上がるとこちらを向いて、薄く笑う。

「隠さなくても、もう私には判っているんですよ。判りたくも、無かったんですが、ね」

何を言ってるんだ、こいつ?

ざわざわと胸に怖気がはしる。得体の知れない不安と恐怖に包まれ、竜崎が放つ威圧感に身動きが取れない。

「それとも、そこの死神がキラだとでも言うのですか。自分はただ利用されていただけだとでも?」

竜崎の視線は俺の背後に憑いているリュークを捕らえていた。

「!!」

驚いて反射的にリュークのほうを見ると、リュークは緊張にこわばった表情で竜崎を凝視していた。

『ライト・・・そいつ、ただの人間じゃない。いや、さっきまでは人間だったのに・・・』

もう1度、竜崎のほうに視線を戻すと・・・竜崎の双眸は金色に染まっていた。

これは、死神の眼球、なのか? まさか、竜崎は・・・

『死神。いや、死神とも違う。だが、今は人間でもない』

「そうです。私は、普通の人間とは少しだけ違う」

リュークに竜崎が答えた。

リュークの姿が見えるだけではなく、声を聞くことも出来るのか。それにしても、どうして突然そんなことになったんだ。

混乱して考えがまとまらない。

「キラ」

再び竜崎が僕に呼びかけてきた。

「私の条件。聞きますね?」

選択の余地は、無い。

「判った。言ってくれ」

僕は覚悟を決めると、まっすぐに竜崎を見返した。

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