ラブゲーム

「ラブゲーム?」

普段はポーカーフェイスの竜崎が、パソコンの画面を凝視したまま珍しく眉間に皺を寄せた苦悶の表情を浮かべている。

「そう。お互いを攻めあって、陥落したほうが勝者の命令に従うって遊びさ」

対するライトは、そんな竜崎の背後からパソコン画面を覗き込んでいた。

両膝立て座りの状態で閲覧しやすいようにパソコンは床に置かれているから、その画面を見ようとすればライトも必然的に前かがみの状態になる。


その日、いつものように互いを探り合いながらの 【友情ごっこ】 をするために、竜崎はライトを自分のプライベートルームに呼び寄せていた。

プライベートルームといっても完全秘密主義の竜崎は数多の隠し部屋を所持しているから、その内の1部屋をライトに知られたところで、さほど痛手ではない。

家具が少ないように見えるのは、間取りが異様に広いスペースだからだろう。

お互いの趣味を知るという名目で、普段からよく閲覧しているサイトを紹介し合おうという話になっていたから、竜崎は無難な線でニュースサイトや株式に機密関連などのページをいくつか示して見せた。

他愛のない会話を楽しみながら、次はライトが紹介を始める番になった。

ライトも最初はファッション関連や雑学系などを紹介しようと考えていたが、ふと思いついて。悪戯を仕掛けてみることにした。

「僕がよく行くのは、ここ」

ライトの指が軽快なタッチで竜崎のパソコンのキーを叩き、妖しげな装飾が過剰に施されたサイトにアクセスする。

画面には薄ピンクを基調とした色合いの壁紙に、毒々しい赤字で 【らぶげーむ】 と大きく表示されていた。

「竜崎には縁がなさそうだから、近頃こういう危険な遊びが、密やかに流行していることは知らなかっただろう?」

ライトの言葉を受けて、竜崎が僅かに眉根に皺を寄せる。

自分が知らないことをライトは知っているというのが我慢ならないらしい。

説明書と思われる項目を読み進むにつれて、どんどん竜崎の眉間の皺が深くなっていく。

それは複数で遊ぶゲームで、スタートボタンを押せばコンピューターがランダムで選出したカードが出る仕組みになっているらしい。

たとえば、【唇】のカードならキスで、舌などを使って相手を乱れさせる。【指】なら手指を使って翻弄するという具合だ。

竜崎にはいつも苦い思いばかりさせられてきたライトは内心で、竜崎の苦悩を嘲って密かな愉悦を味わっていた。

そんなライトの内心を見透かして、一瞬だけ、くっと竜崎の唇が堅く引き結ばれる。

しかし次の瞬間にはいつものポーカーフェイスに切り替えて、冷静な態度を維持しながら言う。

「つまり、王様ゲームのアダルト版ということですね。なるほど、ライト君はこういうものがお好きなのですか」

言葉の端々にライトを子どもっぽい遊びをしていると貶める空気を漂わせるが、ライトも余裕を崩さなかった。

それが竜崎の挑発、というか強がりだということに気づいていたからだ。

「竜崎には免疫が無かったかな。それは悪かった」

アハハ、とわざとらしい笑い声を立てるライトに、再び竜崎の眉間に皺が寄った。相当、お気に召さないらしい。

「それで。ライト君は誰かとこういう遊びを実践したことがある、ということですか」

「もちろん。ちょっとした遊びだよ。竜崎もやってみたらどうだ? いや、相手がいないかな」

言外に、竜崎はモテないと言い放つ。

実際には竜崎に惹かれる人間は多いのだが、別に竜崎は恋愛関係のことでライトに馬鹿にされても気に障ったりなどしない。

ただ、竜崎を無知であるかのように振舞う言葉には苛立った。

「では、ここでその【ラブゲーム】とやらを実践しようではありませんか」

「えっ」

この反応はライトも予想していなかった。

「僕とゲームをしてどうするんだ。こういうのは女の子とやるもんだろ?」

呆れたように言ったライトだったが、パソコンの画面に薄く映りこんでいる竜崎の表情に肩をすくめた。

唇はへの字型に曲げられ、眼は三白眼になってしまっている。これは、どうあってもゲームに引きずり込もうとしているって感じだった。

竜崎が1度言い出したら聞かない、頑固で負けず嫌いな人間だということはライトもよく知っている。

「やれやれ、だな。いいさ、乗ってやるよ。ただし、負けたほうは何でも1つだけ言うことを聞くことになるんだぞ。いいのか?」

「構いませんよ、私のほうは」

肩をすくめて念を押すライトに竜崎は自信がありそうな調子で頷いた。

そんな自信をライトは強がりだと内心で判断する。なぜなら自分に比べて竜崎は恋愛経験が乏しいように思えたからだ。

それに、出てくるカードは五種類あるが大半は【指】か【唇】で、直接的に攻め立てられる【道具】や、ハズレの【何もしない】カードが出ることは稀だった。残る1つは極レアカードで、ライトもまだ見たことはない。

竜崎に軽く【指】で触れられたり、【唇】キスをされたところで経験豊富な自分が陥落するような事態など、有り得ないと判断した。

それがライトの自信だ。

うまくいけば、Lの秘密の一部くらいは引き出せるかもしれないという打算も働いている。

「それでは、まず私のほうから選ばせてもらいます」

竜崎がゲームのスタートボタンを押すと、キューピットが画面に現れてハート型に点滅しているカードを矢で射った。

矢が命中したカードからハート型の点滅が消えうせ、文字が浮かび上がってくる。

その文字は【唇】と記されていた。

「・・・くちびる、ですか」

指の腹を軽く噛みながら、竜崎が表情も変えずに呟く。

声音にも動揺らしきものは浮かんでおらず、竜崎が何を思っているのかは窺い知ることが出来なかった。

「僕の番だ」

ライトが竜崎と同じようにスタートボタンを押し、キューピットに矢を射らせた。文字を確認したライトが気の抜けたような声を出す。

「あっ・・・」

浮かび上がった文字は、本来なら当りである【本番】だった。

「馬鹿な。このカードは500分の1以下の確率でしか出ないはずの・・・」

「低確率でも引く可能性があったのですから、それが出たからといって、何も驚くことはないでしょう」

動揺に声を震わせ、思わず言い訳めいた言葉を口にするライトを、たしなめるみたいにして竜崎が口を挟む。

「自分の置かれている立場を理解した上で言っているのか? 本番だぞ、本番。痛い思いをすることになるのは、おまえなんだぞ竜崎」

「おや。ライト君は本番をやったことがないのですか?」

「・・・あるけど。それは相手が女の子だったから」

声を荒げるライトとは対照的に竜崎は落ち着き払っていた。

「ならば私がリードして差し上げなくても大丈夫ですね。でも、痛い思いをさせるということは・・・ライト君、もしかしてヘタなのですか?」

「・・・・・」

からかうわけでもなく、真面目に竜崎は言った。

ヒクリ、とライトの口元のあたりが引き攣れる。スゥーッと深呼吸して湧き上がる怒りを堪えたライトは、口端を歪めて

「この勝負はもらったよ、竜崎。後で泣いても、もう遅い」

凄絶な笑みを浮かべながら宣告した。

『ちょっ、ちょっと待ってくれライト!!』

世にも情けない声をあげたのはリュークだ。今まで、面白がって2人の会話を眺めていたが、危険すぎる空気に居たたまれなくなったらしい。

『俺はライトに憑いているから離れることは出来ない。お、俺の目の前で・・・ま、まさか・・・』

リュークは以前、ライトが林檎を与えるのを中止すると言った時よりも青褪めて動揺していた。

無論、竜崎のいる前でリュークに反応することなど、できるはずがないから、ライトは何の感情も現さずにリュークの泣き言を無視した。

「寝室に案内するのも面倒ですから、ここで済ませましょう」

おもむろに立ち上がり、普段と変わらない様子でライトの前まで歩み寄ってきた竜崎が、不意に腰をかがめてライトのズボンのベルトに手をかけた。

「な、何をするんだ」

動揺に声を震わせ、身を竦ませるライトには構わず竜崎は器用な手つきでベルトを外し、下着ごとズボンを下ろし、脱がせていく。

「上着はそのままで構わないでしょう」

「竜崎、ちょっと待っ・・・うっ」

敏感な部位に、細く骨ばった長い指が絡みつく。ビクッと腰を引いて一瞬だけ怯えたような表情を見せたライトに、竜崎は落ち着いた声で言う。

「この手はライト君を支えるだけです。【唇】というルールですから、勝負に指は使いませんから安心して下さい」

ライトは【唇】カードなら単純にキスだと思っていたが、どうやら竜崎は別の用途に【唇】を使うつもりらしい。
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