リンゴ
深紅のリンゴ。よく磨かれた艶やかなリンゴは形もよく色鮮やかで、いかにも美味しそうに見えた。 スーパーの、果物コーナーに並べられた、そのリンゴたちは1個100円という特価にもなっている。お買い得だから、いっぱい買ったほうがいい。 普段は果物店のリンゴを買ってもらうんだが、たまにはスーパーのリンゴを食べるのも面白、だ。 酸味を含んだ甘い香りが、爽やかに俺の鼻腔をくすぐる。涎が出てきそうだ。でも、もちろんここで食べてしまうほど俺は、いやしくないつもりだ。 リンゴはライトがくれたもの以外は食べないって決めてるからな。 だが、しかし。 「リューク。今日はリンゴは買わないからな」 すっかり買ってもらうつもりで、うっとりとリンゴを眺めていた俺に、ライトは信じられないことを言った。 『な、なんで!?』 リンゴをもらえず、話もさせてくれなかったツライ日々が脳裏に蘇って、危うく俺は泣いてしまいそうになる。ライトから見ても、さぞかし情けない顔になってるだろう。 『もうライトの部屋に隠しカメラはないぞ。盗聴器もない!』 ふわっと空中に舞い上がると、怪しい人影がないかどうかを見て廻り、大丈夫だということを確認してから、再びライトの元へと降り立った。 『今日は尾行もついてない。本当だぞ?』 半泣きで熱弁を振るう俺に構わず、ライトはどんどん果物コーナーから離れていってしまう。 「悪いが、お金を忘れてきてしまった。僕も今、思い出したところだ」 ポーカーフェイスを維持したまま、さりげなく俺にだけ聞こえるようにライトが言った。 普段のライトからは考えられないようなミスだ。本当に忘れてきたのか? 『・・・・・』 ちょっと考えて、ライトの行動を思い出してみる。 そういえば、ここに来る前に、財布にデスノートの紙片を隠す細工をするため、札を抜き取っていたような気がする。 ・・・抜いた札、ライトの机の上だ! ってことは、ライトの財布にはデスノートの紙片しか入ってないのか。 思いっきりガッカリしていると、なんとライトがコンソメ味の袋菓子を手にとっているのが目に飛び込んできた。 『金ないんだろ? その菓子は120円の値札がついてるぞ』 「小銭は150円ほど残ってるから。菓子の1つくらいなら、ね」 な、なんだって!? 「せっかく店に入ったのに何も買わずに出るのも、気が進まない」 『だったらリンゴ買ってくれよ! 1個なら買えるんだろ!?』 縋りつくようにして訴える俺に対して、ライトは美しい顔に微笑を浮かべる。 「ちょうど小腹が空いてたんだ。リュークは死神だから空腹も感じないだろ?」 でもリンゴ貰えないと禁断症状出るんだぞ。 以前、見たくないと言われたことを思い出した俺は、わざとライトの前でパフォーマンスしてみせた。 身体をメチャクチャにひねってみたり逆立ちして見せたり。 そうしたらリンゴ買ってくれるかもしれないと思ったから。 でもライトは、一瞬だけ呆れたような色を眸に閃かせてから、あっさり俺を無視して、ちゃっかり自分の菓子だけ買ってスタスタと店を出て行ってしまったんだ。 あぁ・・・。 深い深い溜息が零れた。俺はライトに憑いている死神だから、どんなに未練があってもライトの行くところには付き従わなくてはならない。 さようなら深紅のリンゴ。瑞々しく可憐な俺のリンゴ・・・。 愛するリンゴに涙の別れを告げて、俺は泣く泣くライトの傍へと戻っていった。 『なあライト。家に帰って財布に札をしまったら、リンゴ買ってくれるか?』 ダメモトで聞いてみたが、暑いから外出はもう充分だ、とキッパリ断られてしまう。 死神はリンゴしか食べないのに。ライトは1日3回食事をとっているのに。 ひどい、と思う。それでもライトを嫌いになれないのは、やっぱりライトが俺にとって、特別な人間、だからなのかもしれない。 しょげ返りながら夜神宅に戻ったら、そのまま二階の自室に向かうと思っていたライトが台所へと向かっていった。もちろん俺もついていく。 「リューク」 はぁっ、と眉間に皺を寄せながらライトが唇を開く。 「そこまで意気消沈することないだろ。しょうがないやつだな」 しょんぼりしていたことに気づいていてくれたのか。 もしかして良心が痛んでる、とか? いや、ありえないな。 俺は自分の頭に過ぎった考えを、すぐに心の中で否定した。ライトに限って俺のことを心配してくれるわけがない。 「まあ、おやつってのは2人で食べたほうが美味しい気もするし。ただでさえ暑苦しい顔で鬱々されるのも、ごめんだからね」 いいながら、ライトが冷凍庫を開けて白い物体を取り出した。よく見ると、それはカチコチに凍ったリンゴだった。 霜がついて白く見えるが、薄っすらと中身の赤が透けて見えている。ライトの手につかまれた部分だけは、霜が溶けて鮮やかな赤が確認できた。 『ライト、リンゴくれるのか?』 感動しながら言うと、ライトは店で見せたのより、ずっと綺麗で優しい笑顔を見せてくれた。 「子どもみたいだな、リュークは。ほらっ」 投げられたリンゴに齧りつく。凍ってるだけあって硬いが、死神の牙で問題なく食べられた。 シャクシャクした歯ざわりは、果汁が氷の粒子になっているからだろう。 「うまいか?」 正直なところ、凍っていない普通のリンゴのほうが好きだ。でも、ライトが笑うから。 「暑い日は、ちょっとは違う味覚もいいもんだろ? リンゴしか食べられなくても触感が違えば新鮮な味覚が楽しめるんだ」 ライトの笑顔が眩しくて、俺は何度も頷きながら芯まで味わった。 リンゴしか食べられない俺のために、触感だけでも変化をつけてくれようと冷凍しておいてくれた。その心遣いが嬉しい。 『スーパーでも、冷凍リンゴがあるって言ってくれたらワガママ言わなかったのに』 「そしたら、ありがたみが薄れるだろ。それに生リンゴのほうがいいって駄々をこねるようなら、この冷凍リンゴも無駄になるし」 俺、そこまで駄々っ子じゃない・・・いや、好物を目の前に理性が保てなくなっているときなら、やっぱり駄々こねたかもな。 ひょっとしてライト、俺に冷凍リンゴ食べさせるために、わざと金を忘れてきたんだろうか。 食べられないと思ってショック受けてるときなら、多少は好みじゃなくても喜んで手を出しちまうもんな。 『・・・まあ、いいか。俺。リンゴをくれるライト、好きだからな』 そう。騙されても、いい。ライトがくれるリンゴが好き。 と、いうか。【ライトが俺のために用意してくれるリンゴ】が好きなんだろうな、俺。 きっと、そうだ。多分。そんな気がしてきた。 何よりも、たまに向けてくれるライトの笑顔が好きだから。この冷凍リンゴも、今の俺にとっては格別の味だった。 【終】 |
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