尋問

目の前には、無残な姿で囚われている少女がいる。

目隠しを施されているため、少女は私の存在に気づいていないだろう。

足音も気配も消して、細心の注意を払って入室してきたのだから。

しばらく観察していると、少女の唇が微かに震え始めた。苦しげな息を吐き出し、それでも声1つ漏らさない。

少女を拘束してから、もう何時間が経過しただろうか。

縦置きの拘束台に、立たされたまま括り付けられているのだが、首に回された拘束ベルトのために俯くことが出来ない。

眠ろうとして頭を動かせば、首がベルトで圧迫されるから必然的に常時、頭は背面に押し付けたままの姿勢を強要される。

両手は胸下で腕組みをさせられた状態で、幅広の拘束布で厳しく戒められているため、指一本動かすことすら出来まい。

長時間、立たされたままでの拘束は脚に負担もかかる。

少女はモデルを生業としていたから、立ち仕事には慣れているかもしれないが、それでも同じ姿勢のまま、身じろぎも出来ず立たされ続ければ苦痛だろう。

少女が第二のキラだという容疑は濃厚、というより確信。

何が起こるか判らないからリスクは最小限に抑えなければならない。

「弥海砂―――第二のキラと認めるか?」

顔と声を知られているから、ボイスチェンジャーを使って声を変えてある。念のために語調も微妙に変えて、静かに少女に声をかけた。

少女、弥の身体が緊張に強張った。

周囲に誰もいないと思っていただろうから、驚くのも無理はない。

「あまり聞き分けがないと、その腕を捻りあげて関節に負荷をかけます」

さすがに、そこまでやると拷問の域に達するので、他の者に見咎められれば糾弾されるでしょうけれど、ね。

ですが、巻きつける布で巧く誤魔化せば発覚することはありません。弥が耐えかねて口を開きさえしなければ。

もし弥が口を開いても、それはそれで尋問がやりやすくなる。

「知っていますか? 不自然な体勢で拘束されると、負荷をかけられた筋肉は硬直して神経を苛みながら軋み、激しい痛みを伴って痙攣を起こします」

長時間それを続けると、やがては筋にも神経にも致命的な損傷を引き起こすこともある。

さすがに弥が恐怖のあまり肩を震わせた。それでも声をあげないところは、さすがと言おうか。

私もまだ、今のところは彼女を壊す気はないから脅しの段階だ。

「総てを話してくれれば今より快適な環境を与え、処刑しないと約束します。キラは・・・ライト君ですね?」

ライト君の名を出した途端に弥の震えが止まった。自分の身よりもライト君の方が優先らしい。

意固地にさせてしまったから、もうこの話題ではダメだな。

それでも弥が、まだ未成熟で臆病な少女であることに変わりはない。別の責め苦をチラつかせてみるか。

「それと。その目隠しは特殊な素材で耐熱効果もあるんです。熱しても目隠しが燃えることはありませんが、密着している顔の方は焼け爛れるでしょうね」

冷徹に告げると、顔を焼かれる恐怖に再び弥の唇がわななき始める。

もう、一押し。

そう思って更に言葉を重ねようとしたとき、異様なほど冷たい空気を感じた。

刺すような殺気が、弥の周辺に渦巻いて私を取り囲んでいる。

少しでも動いたり言葉を発したら生命を奪われかねない、奇妙な重圧感。

私ともあろうものが気圧されて言動を封じられてしまった。

「だめよ」

凍てついた空気を切り裂いたのは、弥の声だった。

「もし、死んだら取り返しのつかないことになる。そうでしょ?」

私の凶行を阻止しようとしている、というよりは。別の何かに向かって意見しているかのような印象を受けた。

慌てて周囲を見渡してみたが、今はワタリも退室させてあるから、もちろん私と弥の他には誰もいない。

「お願い。今はまだ殺さないで。だめよ」

弥の言葉を受けて、今さっきまで私を貫くほど充満していた殺気が消えたような気がした。

感覚的なものなので、うまくは言えないのだが、確かにそんな気配がしたのだ。

それでも、ここには私と弥しか、いない。そのはずだ。

だから、どんなに釈然としなくても弥の言葉は、私に対して向けられたものとして処理せざるを得ない。

「殺すつもりは、ありません。ただ、貴女とキラの関係について。ライト君のことが知りたいだけです」

私の言葉に、弥は唇を閉じた。

「貴女はライト君を愛しているようですが、ライト君はどうでしょう? 本気で貴女を愛するとは思えない」

ふふっ。と、小馬鹿にように弥が嘲笑う。

「まるで嫉妬しているみたいな口ぶりね。あなた、その人のことが好きなんでしょ」

恋する女の直感、というやつか。その言葉は少なからず私に衝撃を与えた。

「その人のことが好きでたまらなくて、でも相容れないからって、ミサに八つ当たりしてるんでしょ」

ライト君のことを、そういう視点で見ていたという自覚がなかったが、言われてみると思い当たる節がある。

「愚かだわ。ミサが誰を想って誰に想われていても、そんなのあなたに関係ない。まぁ、あなたみたいに屈折した人、好きになる人もいないんじゃない?」

ライト君の事に関しては黙秘のまま、哄笑する弥に憎悪が湧き上がってくるのを抑えるのに苦労した。

「ええ。貴女の考えが愚かです。この私がキラを愛するなど、ありえません。そして、貴女がライト君に愛されているということも、ありえない!」

ライト君にもキラにも惹かれている・・・でも、それを認めることなんて出来ない。

自分で自分を叱咤する気持ちで、高らかに宣言すると、ピタリと弥が哄笑するのをやめた。

「第二のキラとして利用価値がなければ歯牙にもかけられなかったでしょうし、価値はあっても足手まといだったのではありませんか?」

今度は私のほうから、思うさま弥を嘲笑してやった。

「ひとつだけ忠告するわ。キラに関わりがあると疑う者に対しては口を慎むことね。もしミサがキラだったら今頃あなたを殺してる」

冷たい声だった。

「尋問しても無駄よ。ミサはもう何を聞かれても何を言われても応えないから」

それきり、弥は沈黙した。私のほうも幾分、動揺している。

こんな状況では、尋問を続行するのは得策ではない。

急ぎすぎて弥を壊してしまってはどうにもならないし、また先ほどの威圧感のある殺気に包まれたら、今度こそ生命が尽きてしまうような予感もしている。

ここからは、ワタリに任せたほうが賢明だろう。

私は踵を返すと、黙したままの弥を取り残して歩き出した。

【終】

戻る


キリバン一覧表に戻る