おやつ
色鮮やかに見せるために着色料を使われているだろう、赤いリンゴ飴。 竜崎が嬉しそうに舌を伸ばして舐め回している。 「なあ、あんまり甘いものばかり食べてると・・・」 呆れたように口を開いたライトは、竜崎の細腰に目を留めると、軽く肩をすくめて言葉を止める。 こんなに甘党なのに竜崎には余分な脂肪がついていない。むしろ痩せすぎなくらいだ。 「・・・虫歯になるんじゃないか?」 太るぞ、とは言えないのでライトは虫歯のことを口にしてみた。 「私には虫歯はありません」 竜崎は動じず、隣に座っているライトの方向に、顔だけねじ向けて口を大きく開けて見せた。 リンゴ飴のせいで、わずかに赤みが歯に付着しているが、確かに白い健康そうな歯が整然と並んでいる。 でも口に入りきらなかったリンゴ飴の跡なのか、唇や頬に細かい飴の粒子がこびりついている。 「ああ、もぅ。子どもじゃないんだから」 面倒見のいいライトは、自分のポケットからハンカチを取り出して竜崎の口元をぬぐってやった。 白いハンカチに付着した、鮮やかな飴の赤をじっと見つめながら 「もったいないですね・・・私の飴なのに」 竜崎が残念そうにポソッと呟く。 「あのね、自分の頬や口周りの飴は舐められないだろ?」 食い意地の張り具合が、本当に幼い子どもみたいでライトは脱力してしまう。 このところ、竜崎が甘いものばかり欲しがっているのが目立った。 ライトがリクエストしたコンソメ味の菓子は、あまり甘くないという理由で却下されてしまったというのに、竜崎が望む甘いおやつは、しっかり出てくる。 最初は文句も言わなかったが24時間、手錠でつながれているライトとしては、竜崎の乱れた食生活が気になってしょうがない。 見ているだけで食傷気味になってくる。 キラ容疑で牢に閉じ込められたままの生活に比べれば、たとえ竜崎と手錠で繋がれたままの生活でも、まだ幾分かはマシ。 不便なのは竜崎も同じだし、捜査に進展があればその分だけ、自由になれる日も近いと自分で自分を慰めていたライトだったが、それでも生活習慣の違いは悩みの種になる。 「栄養が偏るぞ。もっと規則正しい食生活は出来ないのか?」 「頭脳を使うときは糖分を摂取しないと。それより、食べないんですか?」 ライトの前に置かれた皿には、まだ手付かずのままのリンゴ飴が乗せられたままになっていた。 紅茶もまだ、カップにたっぷり残ったまま湯気を立てている。 物欲しそうに人差し指を口元に当てて、身を乗り出すようにライトの皿を覗き込む竜崎に、また、ライトの唇から溜息が零れた。 「足りないんなら僕の分も食べていいよ」 ライトが自分のリンゴ飴を手に持って竜崎に差し出そうとしたら、言い終わらないうちに竜崎の顔が近づいてきて、すぐさま舌先で舐めあげられた。 「竜崎・・・取らないから、ちゃんと自分の分を食べてから口をつけろよ」 「先手必勝です。もう返しませんから」 そのままライトにリンゴ飴を待たせたまま、ペロペロと舐め回す。よほど美味しいのか、やたら一生懸命な食べ方だ。 「そんなにリンゴ飴が好きなのか?」 返事をする代わりにカリッと音をさせて、飴ごと竜崎がリンゴを齧った。 まるでペットに餌を与えているみたいだ、と失礼な考えがライトの脳裏をよぎってしまう。 もぐもぐと咀嚼している姿を見ていると、無意識に言葉が口をついて出た。 「ちゃんと芯まで食べろよ」 瞬間、何故だか懐かしいような切ないようなデジャブを感じたが、それが何なのかは思い出せなかった。 以前に、誰かに同じことを言ったことがあったような気がしたのだ。 でも、いくら竜崎でもリンゴの芯なんか食べないだろう。 言ってしまってから、ちょっと酷いことを口にしたと気づいたが、出してしまった言葉は消すことは出来ない。 「いや、ごめん。前にもこんなことがあったような気がしたんだ」 そのときも、こうやって自らの手からリンゴを与えていたような、そんな不思議なデジャブ。 「動物園でチンパンジーに餌をやったときと混同してるのかな。ははっ」 ライトは軽く笑って誤魔化した。 「まあ、別にいいですけどね」 そう言いながらも、やはり少し気分を害したのか、竜崎は強引にライトからリンゴ飴の棒を奪う。 シャラリと、竜崎とライトを繋ぐ手錠が音を立てた。 「ああ、たいしたことじゃない。深く考えないでくれ」 内心では思い出したい、という衝動に駆られたが、その記憶は頭に霞がかかったように曖昧で、夢だったのではないかという気さえしてくる。 「そんなことよりも今。僕たちが考えなくちゃいけないのはキラのことだ。そうだろう竜崎?」 「・・・ええ、そうですね」 竜崎がリンゴ飴を食べ終えたら、また2人で捜査を開始することになる。それまでは少しの間、頭を休息させようと思う。 自分の気持ちを落ち着かせるために、ライトは熱い紅茶を飲み干した。 【終】 |
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