竜崎は、僕がキラであって欲しかったと言った。

今の僕を疎まれても、竜崎の言う【キラだった頃の僕】がどんなふうに竜崎の心を捉えていたのかなんて見当もつかない。

判らないことで責められるのは理不尽だと思う。

正直なところ、僕だってキラに惹かれるところは多々あるよ?

悪人を裁く能力を持ち合わせていたなら、キラのように行動したかもしれない。だけど竜崎がどれほど望んだって、僕はキラじゃないんだ。

ふと隣に眠る竜崎のほうに顔を向けた。

竜崎の眸は開いていた。虚空を見つめる感情のない眸。たまに目を開けたまま寝ることがあるから、起きているのか寝ているのかは判りにくい。

僕は以前の竜崎を尊敬していたし憧れもしていた。それなのに、今は見る影もない。

失望するなというほうが無理だ。

だが、牙を抜かれた猛獣に魅力を感じないのは竜崎も同じことだろう。

憎しみあって、なじりあって、心は乾いていくばかりだ。やる気のない竜崎を、その気にさせるにはどうしたらいいんだろう。

また以前のように僕を認めてくれるようにするには、どうしたらいいんだろう。

そんな、とりとめのないことを考えながら横顔を見ていたら、竜崎が寝返りを打った。

繋がれていた手錠の鎖が擦れあって微かな音を立てる。

僕の手首と、竜崎の手首を繋ぐ手錠は、まだ竜崎が【僕ではない僕の知らない、もうひとりの僕】を諦めきれていない証拠。

言わば、この手錠が僕と竜崎の絆だ。

絆。

何かが心に引っかかった。

胸が軋む。それは遠い遠い昔のような気もするし、つい最近のような気もするけれど、僕は何か大切な絆を、どこかで見失ってしまったという確信。

その絆が誰と結ばれていたものなのか、どんな種類のものだったのか、どうしても思い出せないのが歯がゆいが、とても大切なものだったはずだ。

大切な絆を失ってしまった。

ゾクリ、と背筋が震えた。

嫌だ、と思う。怖い、と思う。もう【絆】を失いたくはない。

今の僕が失いたくないのは竜崎だ。こんな手錠なんかじゃなくて、もっと別の形で深い強い絆を築いておく必要があると魂が叫んでいる。渇望している。

僕がキラのように振舞えば竜崎は、また僕を見つめてくれるだろうか。

キラのように傲慢に、残酷に。

そうして竜崎の中に、僕という存在を刻み付ける。・・・その考えは、ひどく甘美なものだった。

抑え切れない衝動に、僕は身を任せた。躊躇せず竜崎に手を伸ばした・・・が、触れる前にその手を握りこまれた。

「この手は何ですか、ライト君?」

竜崎は起きていたらしい。それでもまだ眸は虚ろなままだ。

「殴っても目が覚めないみたいだから、別の方法を試してみようと思って、ね」

この、とぼけた顔を変えてみたい。たとえ泣き顔でもいいから歪ませてみたいという屈折した欲望。

どうせ何をやったところで竜崎の僕に対する対応は変わるまい。ならば僕は僕の好きなようにやらせてもらおう。

心が手に入らないなら、肉体だけでもいい。

肉体を手に入れても何も変わらないかもしれないし、かえって心は遠のいてしまうかもしれないというリスクはあっても、今のままよりはずっとマシだ。

竜崎に手首を握らせたままで腕を伸ばし、薄い布地のナイトウェアを掴んだ。ちょうど拳が竜崎の喉笛に当っている。

内側から蝕み広がってくる狂気に従い、力任せに破り捨てた。

「・・・気に入っていたのに」

引き裂かれた布の残骸を眺めながら、どうでもよさそうな声で竜崎が呟く。

「この状況で服を惜しむとは随分と余裕じゃないか。抵抗しないのか?」

竜崎は自分本位な性格をしているからミサの部屋はともかくとして、自分のプライベートを他人に観察させたりはしない。

つまり、この部屋には監視カメラも盗聴器もついていない。僕がどんな凶行に及んでも誰も助けには来ない。

「こんな疑われやすい状況で私を殺そうとするわけないでしょう?」

「それはどうかな?」

右手の人差し指を無理やり口の中に押し込んむ。竜崎の口の中は温かく湿っていて心地よかった。

「しゃぶってみてよ、僕の指。もし噛んだりしたら、僕も竜崎の喉を噛み裂く。裂かれた服は新しいのを買えても、命は元に戻らないよ?」

軽く喉にキスをしてから舌を這わせ、揶揄しながらペロッと舐めあげてやると、渋々という感じで竜崎が僕の指に吸い付いた。

竜崎の舌が指の腹に吸着している。チュク、と小さな音を立てて動きまわるのが伝わってきて僕は目を細めた。

僕のほうも竜崎の咽喉に唇と舌で愛撫を施す。

指を2本に増やし、軽く上下に押し引きすると苦しげな声が漏れたが、すぐに順応して丁寧に舌を這わせ始める。

唾液を塗りつけようとするのは次の行動を予測しているからだろう。

咽喉から唇を離して頭を上げ、竜崎の顔を見下ろすと虚ろな表情のまま。ただ機械的に唇を動かしていただけだった。

官能の余波も怯えも何も感じられない。

無性に苛立ち乱暴に指を引き抜くと、そのまま唾液に濡らされた指を竜崎のズボンの中に忍ばせ、いきなり蕾の中に衝きこんだ。

喰いちぎられそうなくらい狭くてキツイ。指先に竜崎の内壁が絡みつき、微かな脈動を感じた。

竜崎の内部の血管が脈打っているのか、それとも僕の指先の血管が脈打っているのか、それとも両方なのか。そこまでは判らなかった。

入れているほうの指でさえ、これだけ痛みを伴うのだから入れられているほうは激痛だろう。

さすがに四肢を強張らせ、身を竦ませながらも

「痛いですよ」

そう言った竜崎の声と表情は、やっぱり無表情なままだった。

「ライト君・・・痛い、です」

鷹揚のない声音での抗議を無視して、狭い内壁を掻き回し、ほぐしていく。

少し性急すぎることは自覚していたが止められない。二本の指が窮屈ながらも滑りよく出し入れできるようになったところで指を抜く。

邪魔な下着ごとズボンを脱がせて、まだ受け入れ体勢が整っていないことを承知の上で、一気に下肢で猛り狂っていたものを叩き込もうとしたところで・・・

僕は思いっきり竜崎に蹴り飛ばされていた。

ベッドから叩き落され、繋がれた手錠で手首にも衝撃がはしる。

床に這いつくばったまま、蹴られた腹部を押さえてうめきながらベッド上の竜崎に目をやると

「馬鹿ですか、あなたは」

竜崎の視線は冷たかった。自分の手首に連なっている鎖は、痛みを受けないようにもう片方の手で握りこまれていた。

蔑むような視線でも、何の感情も見受けられないガラス球のような眸よりマシだ。

「ちゃんと手順を踏んで、私が怪我をしないようにしてくれるなら抱かせてやってもいいと思いましたが、あなたときたら・・・」

苦情を述べようとしていたのを止めて、片眉を怪訝そうに跳ね上げさせる。

「何を笑っているのです。打ち所でも悪かったのですか?」

「いや。無気力な人形より、そっちのほうがいいと思っただけさ」

わざと不遜な態度でそう言うと、竜崎に無言で鎖を引っ張られて、よろめきながらベッドに引き戻される。

「おいおい乱暴だな」

「たとえ未遂でもカウントはさせてもらいます。一回は、一回ですよ?」

苦笑した僕を竜崎は冴えた双眸で射抜いた。

「ライト君は私が思い通りのリアクションをしないから腹をたて、私に【八つ当たり】をしたのです」

得体の知れない威圧感に体が硬直している。

上着のボタンを外されてもズボンを剥ぎ取られても、何の抵抗も出来なかった。

「私も【八つ当たり】させてもらいます。キラではない、あなたへの苛立ちを」

竜崎の双眸の奥に揺らめく暗い憎悪と怒りに、我知らず僕は震えていた。

殺されることはないだろうが、竜崎の苛立ちは殺気に限らなく近いものを含んでいる。

溢れんばかりの激情を鎮めるために僕を蹂躙して、自身のプライドを保とうとしているんだ、と理解した。

自分の内面に淀む苦い感情を爆発させたいがために、僕の凶行を許容したんだ。

・・・さすがに限度というものがあったようだけど。

初めて竜崎のことを恐い、と思った。これから僕に何をするつもりなのだろう。

不安と恐怖に竦む体を、何とかして動かそうと努力してみるが、かろうじて指先が動く程度で、完全に竜崎の迫力に呑まれてしまっている。

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