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「サンジくん、最近すっかりゾロと仲良しよねー。毎晩仲良く飲んでるの?」
「あー、えーとね、ナミさん、えーと……、つまみは残り物とか試し中の品だし、おれが話し相手してやってる分飲むのゆっくりになるから、ゾロの飲酒代としてはとんとんか、むしろ安くなってると思うし、……怒らないで?」
ナミの言葉に、サンジが反発して嫌なことを云われるのかと思ったが、サンジが気にしたのは、そういうことではないようだった。
「ちゃんとやりくりしてくれてるなら、うるさく口出さないわよ。そうじゃなくてぇ、……仲良しさんなのね? って聞いてるの。」
たっぷりと何かを含んだ声で笑うナミの態度は、ゾロにはあまり好ましくないのだが、むしろサンジは可愛いと喜ぶのが常だ。サンジの、女に弄ばれるのが大好きな悪癖には、昼間ならば強烈な皮肉の一言もひねり出してやりたくなるものである。
「仲良く見えるなら嬉しいかな。……おれね、物心ついた頃にはもう海にいてコック見習いしてたから、ペットを飼ったり、植物を育てたりしたことなくて、すごく憧れてたんですよ。マリモ頭の魔獣なんて、両方兼ねててお得だと思いません?」
「あははは、何それひどーい。」
「今、餌づけ中なんですよ、野生のマリモの。最近やっと撫でさせてくれるようになったところかな。」
そこまで聞いて、ゾロは踵を返した。
胸の奥がずっしりと重く、何だかとても嫌な気分がしたが、ゾロは男部屋に向かって、自分のボンクにもぐりこんだ。
何も考えずに、その晩はさっさと寝た。
一日二日なら、寝過ごしたり、鍛錬に熱中していたりで、ダイニングに行かない晩もある。
けれども三日以上間をあけると、サンジも不審に感じ始めたようだ。
それとなく酒の話などを振って、ゾロの気を引こうとしてくるが、多少の誘惑よりも、サンジと二人きりになりたくないという気持ちが勝った。
何を浮かれていたのだろうかと、ゾロは自嘲する。
先日までは、夜をとても楽しみにしていたのに、今はもうあの時間を思っても、ぐっさりと冷たい何かが胸に刺さるだけだった。
しかし、不寝番の時に、サンジが夜食を届けに来るのは避けられない。ちょうど少し前に、開発に熱中していたウソップと交代してやった貸しが残っていたので、一度それで代わってもらった。
次の当番が回ってくる前に、島に着いたのは多分運が良かったのだろう。
「剣を研ぎに行きたい。」
まだそれほど急ぎでもなかったが、比較的栄えた島だったので、ゾロはナミに希望を告げた。
特に何もなければ、一日目はサンジの食料の買い出しに付き添わされることが多い。
「それでしたら、私の剣もお願いさせてもらってもいいですかねー。」
「ならおれ、今回特に買い足すものないから、食料の買い出し行くよ。」
ブルックがゾロに仕込み杖の剣を託し、その代わりに、薬は足りているからと、チョッパーがサンジの荷物持ちを申し出た。
フランキーは木材などの船の修繕用の備蓄の買い出しに、大きなものは買わないからと、ウソップがナミとロビンの日用品の買い出しに連れて行かれるようだ。
ルフィは既に姿を消してしまっていて、ナミはいつものことなのでもうため息もつかない。
人の多い島では、ブルックはまずは船番に残ることが多く、問題がなさそうなら後から出るし、そうでなければ、無人島や寂れた島では優先して上陸する感じになっていた。
「はい、じゃあ、買い出し資金とおこづかいね。無駄使い厳禁よ! ゾロ、研ぎ屋まで一緒に行くわよ、ブルック、お留守番お願いねー!」
てきぱきとナミが仕切り、ブルックを船に残して、各自上陸して行った。
ゾロは、サンジが声をかけてきたそうにしていたのに気付いていたが、ずっと背を向けたままでいた。
ゾロはいきなりどうしてしまったのか、ぱったりと、夜にサンジを訪ねてこなくなった。
気にかけてはいたのだが、昼間は素直に話すのが恥ずかしいし、けれども夜に来てくれないのだからどうしようもない。
ゾロに食べさせたいレシピは、いくつもたまっているというのに。
「ああ、そうだなー。ここんとこゾロの奴、妙にぴりぴりしてて怖いんだよなあ。あれってサンジのせい? また怒らせたんじゃねえのか?」
ウソップにそれとなく話してみると、うーんとうなって、尋ねられた。
「いつもの喧嘩はしてるけど、それ以上でもそれ以下でもねえと思うんだけどなあ……。」
サンジには正直、心当たりがない。喧嘩は日常茶飯事だが、互いに後を引くような性格ではなく、その場限りのすっきりとした諍いの筈だ。
納得はいかないが、ここはひとつサンジが大人になって歩み寄ってやろうとした。
なのに酒で釣っても、ゾロはダイニングに来ない。
不寝番の時にと思ったら勝手に交代しているし、ならばもうすぐ島に着くから、買い出しの荷物持ちに連れ出して…と考えていたのに、剣を研ぎに行くと逃げられた。
夜に宿を一緒に取ってもいいなとさえ思っていたのに、思うように行かないばかりで、サンジはがっかりしていた。
ゾロはもう、サンジと飲む気はないのだろうか。二人で過ごす夜に飽きてしまったのだろうか。
大人に囲まれて育ってきたサンジは、同じ年頃の、特に、同い年のゾロとあれこれ話したりするのを、実は密かに、かなり、結構、楽しみにしていたのだ。
仲間になって、色々あって、ようやくこうして夜だけでも親しく話せるようになってきていたというのに、ゾロはもう飽きてしまったのだろうかと思うと、正直淋しい。
サンジはウソップとは随分馬が合って、何時間でも二人で肩を寄せ合い話をしていられるが、それとはまた別の楽しみがゾロとの間にはあるのだ。
ゾロは案の定、その日には戻って来ず、帰ってきたのは二日後の早朝だった。
随分と薄汚れた様子は、いつものごとく迷子になってさまよっていたからだろう。
ちらりと見れば、腰の剣は三本、ブルックの仕込み杖も一緒に刺さっていて、無事に受け取ってはこれたようだ。
「よお、まーた迷ってたのかよ、放浪マリモ。腹減ってるか?」
サンジは煙草をくわえ、精一杯何でもない振りをして、ゾロに声をかけた。
「いらねえ。」
人が心配してやっていたというのに、ゾロはきつい視線をサンジに向けてきて、いきなりの喧嘩腰に、サンジは条件反射で切れそうになったのだが。
「くれてやる。」
「うお!?」
突然ゾロが何かを投げつけてきた。
これまた反射的に、蹴り壊すかたたき落とすかしそうになったのだが、無言ではなかったおかげでどうにか受け止める。
それは、手の中に入りそうな小さな壜で、その中には、緑色で丸い、ふわふわしていそうなものが入っていた。
マリモだ。
マリモがマリモをくれたぞ。と、サンジは思わず毒気を抜かれたような気分になる。
「ペットが欲しいんだろ。てめえはそれを可愛がってろ。」
吐き出すように云うと、ゾロは背を向けて、男部屋に向かってしまった。
サンジは壜を握りしめたまま、ぽかんとゾロの背を見送る。
意味が判らない。
別にペットを欲しがった覚えなんて――――と思ったが、サンジはふと、数日前のナミとの会話を思い出した。
ゾロとの付き合いをナミにからかわれ、照れ隠しと本音が半々で、ペット代わりにゾロを手懐け中、のようなことを、口にした気がする。
警戒心を解こうとしてせっせと料理を食わせていたのも、ゾロがマリモで魔獣なのも、どちらも本当だが、仲良くなりたかった気持ちも本当なのだ。
あれを聞かれていたのだろうか。
そういえば、ゾロが来なくなったのは、その日からだ。
しまった、怒らせたのはおれか! と、サンジはようやく、ゾロが自分を避け始めた理由を理解した。
多分ゾロは、サンジが真剣に、ゾロをペット扱いしているのだと思ってしまったのだろう。
それで、よく似た代替品をサンジに押しつけてきたのだ。
「どうしようか、マリモちゃん……。」
サンジは壜を微かに揺らして、思わずマリモに話しかける。
とてもとても小さなマリモだが、ゾロによく似ているとサンジは思った。
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サンジはしばらくは御機嫌で、貰ったマリモと戯れていたけれども、次第にゾロマリモが恋しくなってきて……。という感じで続きます。
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