ゾロとカノンが眉毛を大好きな話 サンゾロ・ラダカノ 

 とある島、とある酒場でのことだった。
 一人のんびり酒を飲んでいたゾロは、そこそこにぎやかな酒場の喧噪の中、聞き捨てならない言葉を耳にしたのだ。
「うるさいな、俺を口説いていい男は、世界一の眉毛を持つ男だけなんだよ!」
 ゾロはびっくりして、その声の主を探す。
 カウンターの片隅に、長い金髪が目に入った。
 その隣に大柄な男が立っているせいで、背の中程から長く垂れ下がる髪しか、ゾロの位置からは見えなかったけれども。
「貴様程度の眉毛で、この俺を口説こうなどとは片腹痛い。失せろ。」
 一瞬の冷たい気配。それはどれほどのものであったのか。大柄な男は無言で引きさがり、ゾロにその金髪の全身が見て取れるようになった。
 カウンターの椅子に座っているその彼は、目を見張るほどの美丈夫であった。腰より長く垂れ下がる金髪は緩く波打ち、ゾロの知る金髪よりも色味が濃い。背もゾロより高いだろう。全身を覆う筋肉は形よく美しく、相当強い、と、ゾロには一瞬で判った。
 けれども、ゾロが気にかかるのはそんなことではなく。
 ゾロは、飲みかけのグラスを持って、その男の隣に立った。
「隣、いいか。」
 声をかけると、ようやくその男はゾロに顔を向けた。
 その目もやはり、ゾロの知る瞳より、深い青をしている。毎日船から眺めている海のような、そんな色。
「世界一の眉毛ってのは、どんなんだ。」
 またナンパだと思ったのだろう男が、不快そうに口を開くより早く、ゾロは、大切なことを聞いた。
 海の青の瞳が、僅かに大きく見開かれ、そして、にやりと楽しそうな笑みを浮かべた。
「俺の可愛い男の眉毛だよ。」
 答えた男の隣の席に、ゾロは座る。
 今度は何も云われず、興味深げな視線が向けられる。
「それは違う。」
 ゾロは短く返した。
「世界一の眉毛は、おれの可愛い奴の眉毛だ。」
 そして、主張せねばならない大切なことを、誇らしくその男に告げたのだ。


 その男の恋人の眉毛は、さらさらのふさふさで眉間でつながった、最高級に気持ちの良い、極上の眉毛だそうである。
 ゾロの恋人の眉毛は、くるりと巻いた可愛らしい眉毛で、しかも眉間側と外側の一方通行に巻いた稀有なる眉毛なのである。
 最初こそ、一触即発の危険な空気で、互いの男の眉毛の素晴らしさでの舌戦となった。
 かなり口の回る男で、その豊かな表現力にゾロは何度も押されたが、しかし、あのぐるぐる眉毛を愛する心はこの世の誰にも負けない。そんな熱い想いで、懸命にあの眉毛の素晴らしさ、愛らしさを訴える。
 そのうちに、眉毛を愛する互いの心意気に同感し感服しあい、いつしか二人は、自然に笑いあっていた。強敵と書いて友と読む、あれである。
 金髪はカノンと名乗り、ゾロも名乗った。
「眉毛に乾杯。」
「最高の眉毛に。」
 軽くグラスをくっつけあって、笑う。
「ラダの眉毛はさー、ほんとに気持ちいいんだぜ。それに、あいつにすごく似合ってて、男らしくてかっこいいの! 超絶男前な、豪快な眉毛なの!」
「コックの眉毛だってな、あんな珍しいもんこの世に2つとないぜ。でもそれがあいつには似合ってて、すげえ可愛いんだ。眉毛の絶妙な巻き加減とか、指でなぞってるとむらむらするぜ。」
「あー、判る判る。俺もラダの眉毛にすりすりしてると腰抜ける。もうどうにでもしてくれっていうか、何でもしますみたいな気分になる。」
「なるよな。何されても嬉しくなっちまう。」
 こうして、二人は一晩中、最愛の眉毛について語り合い、酒を酌み交わした。
 明け方、明るくなる頃に店を出て、ドアの前で手を振り合って分かれた。
 酒はカノンがおごってくれたので、ますますいい気分で、ゾロは夜明けの街をうろついたのだった。

 昼頃にようやくサニー号に戻ったら、何故か御機嫌斜めのサンジにやたらと絡まれたのだったが。
 いい気分のゾロは、全く気にしなかった。
 むしろ、ぴくぴく動いている渦巻眉毛がますます可愛くてたまらない。
「好きだぜ、コック。」
 笑顔で告げて、眉毛の渦巻と、もう片方にも、前髪を持ち上げてそっと唇を押し当てたら、サンジは赤くなって黙り込んだ。
 そして、ゾロはサンジの眉毛を丁寧に丁寧になぞったのだ。



 昼に出港ということで、ゾロはサンジに連れだされ、朝市で買い出しに付き合っていた。
 荷物を担ぎ、サンジが店の主と交渉しているのを見つめていると、突然、名前を呼ばれた。
「ゾロ!」
「あ、カノン。」
 振り向くとそこには、明るい笑顔のカノンがいた。
「すごい荷物だな。」
「ああ、今日出港する。」
「そうか。良い旅を。海の加護を、ゾロと、ゾロの船に。」
 カノンは自分の指に唇を当て、投げキッスの仕草をした。
「ゾロ。誰。」
 誰かとゾロが親しく話しているのに気がついたサンジは、険しい顔で寄ってきて、鋭い視線をカノンに向ける。
「カノン。」
 ゾロは短くそれだけ答えた。
「知り合いか、カノン。」
 その隣には、カノンと同じくらいの体格の男がいて、サンジと同じ質問をしている。
 ゾロの視線が、その男の眉毛に止まった。
「ああ、こないだ酒場で意気投合した。……な、いいだろ、これ。」
 カノンは自慢げにゾロに笑いかけ、その隣の男の腕にべったりと絡みついた。
 その男の眉毛は、繋がってふさふさと生えていた。
「おれのも負けねえよ。」
 ゾロはサンジの肩をぐいと引き寄せる。
 カノンの視線もサンジの顔に向けられ、なるほど、と、きらびやかな笑みを浮かべた。
「ゾ、ゾロ!?」
 いきなり抱き寄せられ、うろたえているサンジの眉毛の渦巻に、ゾロは唇を寄せる。
「あ、ずるい。」
 カノンも笑って、ラダマンティスの眉間に負けじとキスをした。
 サンジもラダマンティスも、顔を赤くして目をまん丸くしている。
 その目の上には、どちらも素晴らしい、そしてそれぞれに形の違う最高の眉毛が、凛然と鎮座していた。
 ゾロと、カノンが、心の底から愛して止まない、極上の眉毛だった。
 
2010/10/13 






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