カノンちゃんとマイメロちゃんと麦わら一味 3 

 ウソップが海に落ちて一週間。
 お天気はとてもいいのに、サニー号には、暗い空気が充満していました。
 そんな時です。
 突然空間が大きく歪み、その影響で、船が大きく揺れました。
「どうした!?」
「なんだあれ!?」
 ロビンでさえそれを説明はできません。
 何もない空中がぽっかりと開き、その奥には、何かが揺らめいているような、宇宙の星々が見えるような、けれどもやはり、何があるのかはっきりとしないものでした。
「確か…、CP9の奴にそんな能力者がいなかったか!?」
「ドアドアの実か!」
 フランキーが思いだした言葉に、サンジも反応します。
 今更CP9が追いかけてくるとは思いませんでしたが、それに類似した能力者かもしれませんでした。
 そしてまた、空気が不自然に揺れて、開いた空間の中からは、輝く鎧を纏い、金色の長い髪をした男が飛び出てきました。
「よっ、と。」
 全員が戦闘の構えを取る中、ひょい、と、サニー号の甲板に立った青年は、全く気にした様子もなく、一味の全員を見渡しました。
 それから上を向いてきょろきょろしたのは、海賊旗に輝く麦わらのどくろを確認するためのようです。
 随分と呑気な様子には見えましたが、自分の力に自信があるということなのでしょう。
 実際に彼には、緊張もなければ、一部の隙もありません。
 じり、と、ルフィ、ゾロ、サンジの3人が、足を前に進めました。

「こんにちは。」
 カノンちゃんは海賊船の人数とどくろを確認すると、ぺこ。と頭を下げて、御挨拶をしました。
「あ、ああ、こんにちは。」
 ルフィはつられてぺこんと頭を下げます。ルフィは礼儀正しい子なのです。
「馬鹿、何やってんだ。」
 その頭をサンジに殴られました。
「てめえは何者だ。」
 ゾロが刀の先をカノンちゃんに向けます。
 カノンちゃんは武器に縁がないので、ついついその重々しく輝く刀に目が行ってしまいましたが、あんまりのんびりしていられないことに気がつきました。
「それより、お前達、鼻の長い男を知っているか?」
 カノンちゃんの質問に、今まで以上の緊迫感が船員たちの間に走ります。
「ウソップのこと…っ、知ってるのか!?」
「ああ。送りに来たんだ。」
 そしてカノンちゃんは、抱えていたマントを開いて、ウソップの姿を見せました。
「……生きてるの?」
 震える声でナミが聞きます。
「気絶させてるだけだ。空間飛ぶのに意識があると一般人には危険だからな。」
「はー。もうついたのー?」
 カノンちゃんが説明してあげていると、ウソップのカバンがごそごそと動いて、中からマイメロちゃんが出てきました。
「わあ、マイメロちゃん! いつの間に…っ。」
「マイメロ、カノンさんが心配だったからついてきたの。」
 カノンちゃんはマイメロちゃんを抱き上げて、ぎゅうっと抱きしめます。
「嬉しいけど、危ないじゃないか。マイメロちゃんに危険なことがあったら、俺は嫌だよ。」
「大丈夫よ、マイメロは頑丈だもの。カノンさんが帰ってくるの大変そうだったら、応援してあげなきゃって思ったのよ。」
「ありがと。マイメロちゃんがいたら100人力だよ。」
 カノンちゃんはマイメロちゃんのほっぺにちゅうをして、マイメロちゃんもカノンちゃんのほっぺにちゅうをします。
 美貌の男とピンクのぬいぐるみがいちゃついている光景は非常に怪しげでしたが、けれども今の麦わらの一味にとって、そんなことはどうでもいいものでした。
 白い布に包まれて目を閉じたままのウソップに、皆、注目していましたから。
「ウソップ!」
「生きてたんだな!」
 最初に口を切ったのは誰でしたでしょうか。全員がウソップに飛びつこうとするのを、カノンちゃんは鋭く制止しました。
「待て! 俺が起こすから、さわるな。」
 カノンちゃんはマイメロちゃんを肩に乗せると、ウソップに手をかざし、少量の小宇宙を流し込んで意識を取り戻させました。
 背を支えて体を起こさせてやると、一味は息を飲んで、その様子を見守っています。
「あ……。」
 僅かな間の筈なのに、ひどく懐かしいような一味の顔を見て、ウソップも肩を震わせました。
 その耳元にカノンちゃんは低くささやきます。
「落ちついて、よく確認しろ。とてもよく似た、違う世界かもしれない。俺が帰ってから違うと判っても、もうどうにもしてやれないからな。」
 多分大丈夫とはカノンちゃんも思うのですが、ここはとても遠い世界だったので、念の為にとそう云いました。
「ほら。」
 カノンちゃんがウソップの背を押すと、固唾を飲んで見つめていたクルーに向かってウソップは進み出ます。
「えーと、……ただいま。」
 照れくさそうに云うウソップに、クルーの皆はその名を呼んで飛び付きました。
「ウソップくん、よかったわね。」
 もみくちゃにされまくっているウソップを、カノンちゃんとマイメロちゃんはにこにこして見ています。
「そうだな。」
 皆さん激しい人のようなので、ウソップは殴られたり蹴られたり引っぱられたりもしているようですが、荒々しい愛情表現には慣れています。カノンちゃんもマイメロちゃんも全く気にせずにこにこしていました。
 そしてちょっと落ち着いて、何人かがカノンちゃんとマイメロちゃんのことも気にした様子を見せ始めます。
「おい、おまえ!」
 麦わら帽子の船長さんが、カノンちゃんを呼びました。
「おう。」
 カノンちゃんはそれにお返事します。
「どうもありがとう!」
「どういたしまして。」
 ぺこっと、腰から深々と頭を下げるルフィに、カノンちゃんも深々と頭を下げ返しました。
「あ、あのっ、ありがとう、あなたがウソップを助けてくれたのね。」
「うちに来たやつには俺にも責任があるからな。くわしくはウソップに聞いてくれ。確かに送り届けたぞ。」
 早々にウソップを殴ってほっとしたのか、晴れ晴れとした笑顔でナミもカノンちゃんにお礼を云いました。
 そしてカノンちゃんは、ウソップのところに行き、つんつんと指でつつきました。
「大丈夫そうか? 問題ないなら俺は帰るが。」
「あの……、何かへんかも、ちょっと待って……。」
 ウソップは困惑しきった声でカノンちゃんに答えます。
「ゾロが……、何か、変……。」
 一味のことは、カノンちゃんもマイメロちゃんもたくさんお話を聞いています。
 最終的にウソップをしっかりと抱きしめて離そうとしないのは、緑の髪と緑の腹巻の剣士の人でした。
 確かにゾロも大事な仲間ですけれども、ここまで激しい抱擁をされて、ウソップは全力であわあわしていました。
「なんで?こいつ、ウソップの彼氏だろ?」
「うん。」
 へろっと云うカノンちゃんと一緒に、マイメロちゃんもうなずきます。
「え、えええっ!?」
 ウソップは奇声をあげますが、ゾロはますますウソップを抱きしめる腕に力を込めました。
「俺もマイメロちゃんも、ウソップの話聞いて、そう思ってたよ?」
 だってそれはもう、空気の読めないマイメロちゃんにだって判ったくらいでしたから。
 カノンちゃんはあっさり答えましたが、突然何かに気付いた様子で手をたたきました。
「しまった。もっとちゃんと聞いてやるべきだったか? 前に云われたんだよな、恋話は大抵の奴がしたがるものだから、恋人持ちには突っ込んで聞いてやれって。でも俺やっぱり人の恋愛話って興味ないし、そんな話より、おまえの色々なお話聞いてる方がすごい楽しくて、そっちに夢中になってたしさー。ごめんな?」
「い、いえ……。」
 ウソップは無意識のうちに、ゾロへの恋情を語ってしまっていたのでしょうか。こっそり胸に秘めた気持ちの筈だったのに、カノンちゃんにもマイメロちゃんにもばればれだったなんて、恥ずかしいことこの上ありません。
 あれ、でも、だったら。ゾロがウソップを抱きしめて離そうとしないのは何故なのでしょう。
 もしかして、もしかしたら。期待してしまってもいいのでしょうか。
「らぶらぶね。」
「らぶらぶだな。」
 マイメロちゃんとカノンちゃんは、にっこり笑ってうなずき合っています。
「ゾロ……。」
 ウソップはおずおずと、ゾロの背を抱きしめてみました。
 ゾロの体は震えていて、でもとても熱くて。
「ただいま、ゾロ……。」
 ゾロにだけ聞こえるようにささやくと、ゾロはウソップの肩に顔を埋めたまま、こくんと小さくうなずきました。
「よし、んじゃ、俺は帰るぞ。」
「あ、おい待てよ。」
 帰ろうとしたカノンちゃんを、サンジが呼び止めました。
「ルフィが宴会するって云ってるし。御馳走作るから、あんたも食ってってくれないか。」
 他の人もうなずいてくれていますが、残念ながらそうもいきません。
「ありがとう、でも、早く帰らないと空間が閉じる。待たせてる奴も心配するから。」
 カノンちゃんはそう云って断りました。皆が残念がっていますが、空間のつながりを固定してくれているサガちゃんに、長い時間の負担はかけられません。
「じゃあな、ウソップ。もう落ちてくるなよ。こんな偶然は一回限りだ。次はないからな。」
「あ、ああ、本当にありがとう、カノン、マイメロ! サガさんにもよろしく伝えてくれ。」
 ウソップに続いて、クルーのみんなも、カノンちゃんにありがとうを云いました。
 カノンちゃんはにっこり笑って、マイメロちゃんの両腋を持って持ち上げます。
「マイメロちゃん、あれやって。」
「気をつけて帰りましょうね。おねがいv」
「はぁいv」
 マイメロちゃんはいつものポーズでおねがいをして、ぽっと頬を染めたカノンちゃんは、元気にお返事しました。
 パワーアップ完了です。
 エイトセンシズだってがんがん燃やしちゃいます。
「ウソップくん、元気でね。」
「さよならウソップ!」
「さよなら!」
 カノンちゃんはマイメロちゃんを抱っこして、ウソップに手を振ると、跳躍して空中に開いた穴に飛び込んで行きました。
 すぐにその穴は消えて、何もなかったかのように、穏やかな天気が広がっていました。
「消えたな……。」
「不思議な人、と、ぬいぐるみだったわね……。」
「ウソップさんは、どこに行っていたのですか?」
「心配掛けてごめんな、これから全部話してやる!海の底の不思議な世界の話だ!」
 どことなく呆けたように空を見ているクルー達に向かって、ウソップは一生懸命、明るい声をはりあげました。
 片手ともうちょっとの短い日数ではありましたが、美貌の双子とうさぎのぬいぐるみの存在は、ウソップの胸に強い印象を残しました。
 海底神殿と、あの人達の話を皆にし終わったら、ゾロにだけこっそりと、違う話をしてあげようと思います。
 勇敢な海の戦士の初恋のお話です。
 結末は、ゾロにも一緒に考えてもらうつもりです。
 きっととても幸せなお話になることでしょう。
 
2010/02/19 






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