サンジ×ゾロ 一日一回 

 夜、サンジはいつものように明日の仕込みをしていたが、その様子をずーっと、仏頂面のゾロがカウンター越しに見ているので、大変に落ち着かなかった。
 最初こそ喧嘩を売るなら買うぞという気分だったのだが、サンジがつっかかっても、別にとか、何でもねえとか、そんなことを呟いて、サンジの怒りを受け流すのだ。
 そのくせやはり、じーっとサンジを凝視していて、酒を出してやってもつまみを出してやっても、嬉しそうな気配すら見せない。
 そもそも普段はテーブルの方につく筈のゾロが、カウンターの狭い腰かけに座っていること自体、大変珍しい訳で。
「……なあ、何?」
「別に。」
 たまりかねてまた尋ねてしまうサンジに、ゾロはぶっきらぼうに答えた。
 しかしその視線は刺すようで、本気でサンジの体に穴が開いてしまいそうな鋭さである。
「別にじゃねえだろ、用あんだろ。云いたいことあるなら聞いてやるからよ。」
「……黙って手ぇ動かしてろ。」
 眉間と額の両端にくっきりと筋を浮かばせているゾロは、しかしサンジに話すつもりはないらしい。
 喧嘩は買わない、甘い雰囲気に持ち込める様子でもないとなればどうにもできず、サンジはため息をついて気持ちを切り替えると、仕込みと片付けに集中した。


「よーし、おしまいっと。」
 しばらくして、今夜の仕事を終わらせたサンジは、うーんと大きく伸びをした。
 結局ゾロがずっと、厳めしい顔のままサンジを睨み続けていたものだから、妙に体が固くなってしまったのだ。
 さて一服、と、煙草を取り出そうとしたところで。
「終わったのか。」
「お、おう。」
「なら、こっちに来い。」
「えー……。」
 一瞬やだなあと思ってしまったサンジだったが、ここでこれ以上ゾロの機嫌を損ねるのも、今後のあれやこれやにさしさわりがあるかもしれないと諦めて、ダイニングの方に回った。
「はいはい、なんだよっての。」
「ん。」
 その間に、腰かけから立ちあがっていたゾロは、サンジが目の前に来ると、両腕を差し出した。
「えと……なに?」
 何を求められているのか本気で判らず、サンジは目をぱちくりさせたのだったが。
 じーっと見ている目に脅されるように、おずおずともうちょっとゾロに近づくと。
 むぎゅううううう、と、ゾロの腕に抱き締められ、一瞬うっかり本気で、さば折りをかけられるのかと思った。
 が、よく考えるとこれは抱擁か、と、呼吸困難になりつつ、サンジはそう思い直した。
 ゾロはサンジの肩に顔を埋め、擦りつけたりしてきているし、多分そうだ。
 それならば、と、骨が折られそうとか息ができねえとかいう問題点には全力で目を反らして、サンジはゾロの背をがっしりと抱きしめてやった。ラブコックとしては、恋人からの熱い抱擁に、応えない訳にはいかないのである。
 どうやらそれは正解だったらしく、ゾロはサンジの匂いを嗅ぐように、肩口で大きく深呼吸した。ゾロが吐き出す息でむわっと蒸れるように肩が暖かくなり、背中をぽんぽんされ、金髪をぐしゃぐしゃとかき回される。
 しかし次の瞬間、突然突き離されるようにサンジは押しのけられてしまった。
「何しやがる!」
「もういい。寝る。」
 そう云って、あっさりダイニングから出ていこうとするゾロは、もうすっかり先刻までの怒りの気配はなく、それどころか大変満足そうで、唇の両端が上がってさえいた。
「ちょちょちょ、ちょっと待て。」
 サンジは慌てて、ゾロの腕をつかんで止める。
「なんだ。てめえもさっさと寝ろよ。」
「いえいえお願いしますだから待って、……何だったのおまえ、おれとぎゅーしたくて待ってたの?」
 ようやくの笑顔がなくなるのは惜しいが、このままでは気になって、眠れなくなってしまう。
 ゾロは真っ赤になり、それから、鬼の形相になった。
「てめえが…!」
 ゾロはびしっと、サンジに指をつきつけてきた。
「てめえとおれは、つきあってんだぞ! なのにてめえは、全然それを判っていやがらねえ!」
「そ、そんなことねえよ!」
 ゾロがとんでもないことを云いだしたので、サンジは大慌てで叫んだ。
 まだつきあい始めて短くはあるが、夜の方も順調だし、蜜月期間を楽しんでいる真っ最中なのである。
「いいや、てめえは全く判ってねえ。だったらなんで、昼間あんだけうろちょろうろちょろしてやがるくせに、どうして一分かそこらでも、おれのとこに来やがらねえんだ。おれは、ずっと、てめえを待っててやったんだぞ!」
 ゾロが怒り心頭で怒鳴る言葉を、サンジはぽかーんとして聞いていた。 
「どうしておれを構いにこねえんだよ、ちょっとした暇くらいあんだろうが! てめえはいっつも忙しそうにしてるから、おれが待っててやってんのに、すぐどっかに行っちまいやがる。てめえには、つきあってる自覚が足りねえんだ!」
「ご、ごめんなさい……。」
 サンジは圧倒されてしまって、呆然と答えるしかなかった。
 サンジが素直に謝罪したので、ゾロも溜飲を下げたようだ。
「判ればいい。海より深く反省しやがれ。んで、一日一回は、必ずおれを構えよ。いいな。」
 表情を和らげたゾロは、大変偉そうに、大変かわいらしいことを云った。
 つまりゾロは、今日一日、サンジがゾロを全く構わなかったことが気に入らなかったのであって。それでわざわざ自分から構われに来て、でも、サンジが仕事中だから終わるのを待ってくれていたのだ。
 ああもう何こいつ。何この可愛いの。
「んじゃ、今度こそおれは寝るぞ。」
「待って!」
 用件はすべて済んだと、ゾロはあっさり男部屋に戻ろうとしたが、サンジはまたもや大慌てで、ゾロにしがみついて止めた。
「何だよ。」
「ごめんな、ゾロ。おれ、ゾロをすっげー構いたい。力の限り全力で構い倒したい。だから、ゾロのこと目一杯構わせて。」
 サンジは一生懸命ゾロに訴えた。
 ゾロはふっと笑って、サンジの髪をぽんぽんとたたく。
「いいぜ。」
 ゾロからお許しがでたので、サンジはその晩、思い切りゾロを構いまくったのだった。
 
2010/08/01 



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