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★☆★喫茶店マスター×高校生
サンジはバラティエ喫茶のマスターです。 最近、とても気になるお客さんがいます。 緑の髪の、高校生の男の子です。毎週土曜の午後に来て、コーヒーを頼んで一時間くらい、何をするでもなく座っているのです。 元々は、夜のバイトに入っているナミの学校の友達で、彼女が一度、友達を何人かティータイムに連れてきたのが最初です。 その後一人で来てくれたので、気に入ってくれたのかと声をかけると、真っ赤になってうなずきました。 あれ、と思いましたが、それ以来ゾロは毎週来ます。ナミはディナータイムのバイトですから、彼女目当てという訳でもないようです。 サンジも最初の時はナミに、緑の髪の子がまた来てくれたよ、と報告しましたが、それ以来は何となく、彼女にも何も云っていませんでした。 彼は自分に気があるみたいだなあ、と、サンジが気付いたのもすぐでした。 女の子だったらなあ、と最初は戸惑いましたが、ただ毎週来て、静かにコーヒーを飲んでいくだけの彼に、じわじわと好感が増してきました。 もっと他のものも頼んでくれればいいのにとか、ケーキも軽食も全部サンジが作っているのに、とか、不満もなくはないのですが、よく考えれば彼が注文するのはいつも一番安いブレンド、それをちびちび飲んでいるのですから、多分お小遣いが少ないのでしょう。夜ならしっかりした食事も出しているのですが、 かといっておごる口実もなく、サンジは苦笑して、緑の彼を眺めていました。 彼はこっそりとサンジの方を見ているようなのですが、サンジがふりむくとぱっと顔を背けます。それは返って不審な動作なのですが、サンジは素知らぬふりで違う方を見ては、また戻ってくる視線を感じて、くすくす笑い出したくなるような気持ちを抑えていました。 ところでサンジの店は、喫茶店にしては明るい作りです。 お店の一面が広く通りに面しているので、そちらを全面ガラス張りにしました。 最初は女の子向けの可愛いお店にしようと思ったのですが、サンジがどうしても煙草を手離せず、今時珍しい禁煙席のないお店です。 なので窓に煙草のヤニがつきやすく、頻繁に窓を拭くことになります。夕方のアイドルタイム、学生達の下校時間などに外を見ていると、時々、緑の子の姿を見かけることがありました。 道の向こうにある自動販売機のところでぼんやり突っ立って、じっとこっちを見ているのはサンジの姿を求めてだと、そううぬぼれても間違いはないような気がします。 しかし一度、手を振ってやったら即逃げられてしまったので、それ以来は気付かないふりをして、お客さんがいない時などはわざわざ窓拭きや入口の掃除などをして、自分の姿を見せてやっていました。 何も云って来ないならと、いっそこちらから声をかけてみたくなるほど、サンジはすっかり緑の子が気になってしまっていたのですが、店に来てくれた時も、サンジが近付くと妙に緊張した様子になっているので、どうにも遠慮してしまいます。 けれども、帰り際、会計をする時はいつも必ずサンジにきちんと目を合わせ、ごちそうさま、とか、おいしかったです、とか云ってくれるので、最近はそのたびにどっきんと心臓が高鳴るようになってしまっていたりして、いやいや落ち着けおれ!と、セルフ突っ込みの忙しいサンジでした。
そんなある日の土曜日です。 いつものように緑の子が来てくれていたのですが、何故かその日は妙にお客の多い日でした。 普段ならばこの時間帯ですし空席もあるのですが、テーブルが全部埋まってしまって、更に次の客がこれまた数名で来たのです。 それを見た緑の子は、一瞬ためらう様子をしてから、まだいくらかは残っている筈のカップをぐいと飲み干しました。 「ここ、出ますから。」 そして軽く手をあげ、サンジに声をかけてきます。 なんていい子だろう、と、サンジはどきどきしました。 帰らせたくないと、咄嗟に声をかけます。 「だったらカウンターにどうぞ。……座ってな、おかわり、サービスするから。」 後半は彼に近寄りざま急いでささやき、びっくりした彼が何か云うのを遮るように、サンジは新規客にお待ちくださいと声をかけ、テーブルを片付けました。 緑の子は戸惑いながらも、大人しくカウンターに座っています。 「あの、おれ……。」 「待ってて。」 サンジはお客の注文と一緒に、緑の子の分のコーヒーも入れました。 じっと見つめる視線を感じて、サンジは彼を見てしまわないように気をつけながらも、丁寧にコーヒーをいれました。 「お待たせ。……常連さんへのサービスだから。気にすんな。」 話しかける口調に迷いましたが、多少崩して、サンジは話します。 「……おれ、常連ですか。」 「毎週来てくれてるだろ。」 にっこり笑うと、緑の子は頬を染めてうつむき、コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れてかき混ぜました。 今日出なかったら廃棄だと嘘をついて、ケーキも一緒に差し出します。 緑の子はもちろん遠慮をしましたが、重ねて進めると礼を云って食べ始めました。 「どうかな?」 「おいしいです!」 甘みにつられて笑顔になった緑の子を可愛いと思ってしまって、サンジはそんな自分に動揺が止まりません。 どうやら本当に、この子が気になって仕方ないみたいです。 こうなったらもう、本気で口説くしかありません。 そもそも向こうから、どう見たって恋の眼差しとしか思えない視線を送ってきてくれているのですから、遠慮する必要はないでしょう。 しばらくして、お客さんが減るのを待ち、サンジはどきどきしながら緑の子に話しかけました。 「あのさ、おまえ……、いつも、おれのこと見てるだろ。」 緑の子は真っ赤になって、それから真っ青になって、また真っ赤になりました。 精悍な顔が、泣きそうに歪みます。 「……ごめんなさい、もう来ませんっ!」 「え、おい、ちょっと待――――。」 サンジが止める暇もなく、緑の子は500円玉をカウンターの上に置くと、店から飛び出していってしまいました。 「あちゃー……。」 どうやら話の持って行き方を間違えたようです。 サンジは頭を抱えてしまいました。
それから一週間。 サンジはいつも以上に気を付けて外を見ていましたが、緑の子の姿は見えませんでした。 土曜日になっても来てくれなくて、もちろん日曜日も、その次の週になっても緑の髪を見ることはありませんでした。 サンジはとても後悔しています。 話を急ぎ過ぎたかもしれませんし、あの過剰反応は、もしかしたらまだ彼本人が、男のサンジに恋してしまった自分に戸惑っている最中だったのかもしれません。 けれどもこうなったら仕方がありません。サンジはナミに、緑の子のことを聞くことにしました。 何も知らなかったナミはとてもびっくりしましたが、彼が先週来、ものすごく沈んで落ち込んだままだということを話してくれました。 「あんまり辛気臭いから、失恋でもしたのーって云ったら、涙ぐまれちゃって……、サンジくんが振ったんだ。」 「ふってない、ふってないよ! むしろ口説かれる気満々だったよ!」 「え!?」 「あ。」 照れるサンジに、ナミは協力を申し出てくれました。 「特別手当、期待してるわよ。」 「うまく行ったら成功報酬もつけるよ。」
そうして、ナミは放課後、ゾロを連れて来てくれました。 サンジは前もって、その日は午後から臨時休店にして待ち構えていました。 緑の子が、ナミに引きずられて現れました。 「名前、聞いてもいいかな。」 「……ナミから聞いてねえのか。」 「聞いたけど、おまえの口から聞きたい。」 いたたまれなさにか、もじもじしている緑の子に、サンジは微笑みかけました。それでも、ナミにそれなりに云い含められてきたのか、逃げ出そうとはもうせず、ただひたすら恥ずかしがっているようでした。 「ロロノア・ゾロ。」 「ゾロ。――――おれはサンジ。」 さんじ、と、確かめるように小さく、ゾロの唇が動きました。 「この前はいきなりで悪かった。この前の土曜日は来てくれなかったから、淋しかったよ。」 「もう、来れねえと……。」 ぎゅっとゾロが唇をかみしめ、衝動を堪えているのが判りました。 「ゾロがいつも、おれのこと一生懸命見てるから、段々気にかかりだした。なのにおまえ、レジの時しかおれと目え合わせてくれねえんだもん。」 「あ、あれは、一週間分……、い、いやっ、何でもねえっ。」 サンジが軽く拗ねて見せると、ゾロは可愛いことを云い掛け、慌てて否定しました。真っ赤になっているのが可愛いです。 「え、なに、一週間分のおれチャージ?」 図星をついてやると、火が付いたようにゾロは赤くなりました。 「でも、足りねえんだろ? おまえよく、学校帰りにあそこの、店の向かいの自販機のところで、おれ見てただろ。」 「知って……!」 さすがにそれは知られていないつもりだったのか、ゾロは逃げ出しそうな素振りをしましたが、サンジは急いでその手をつかまえ、引き寄せました。 「うん、知ってた。そういうのも全部含めて、満更じゃなかったんだってば。」 「……ごめんなさい……。」 「何で謝るの。」 羞恥に泣き出しそうになっているゾロの頬を、サンジは両手で挟みました。 ゾロはもう学生服から露出した肌の全部が真っ赤です。 「なあ、云えよ。OKしてやるから、ゾロから云いな。」 恥じらうゾロはとてつもなく可愛くて、本来なら可愛くなんかない筈のごつい高校生男子相手にそんなことを力強く思うのですから、サンジはもうすっかりゾロにめろめろなのでしょう。 でもここはやはり、彼の方からその言葉を聞きたかったのです。 ゾロは目を大きくしてサンジを見て、それから、表情を決意に引き締めました。 「……好きです。おれと、つきあってください。」 「喜んで!」 サンジはにっこりと、満面の笑顔を浮かべました。 ゾロはぼーっと、サンジの笑顔に見惚れているようです。 「おれもゾロが好きだよ。これからよろしく。」 サンジはそっと、苺よりも真っ赤に染まった頬に、唇をふれさせました。本当はお口にしたかったのですが、どうもとてもゾロは純情らしいので、今日は遠慮してあげることにしたのです。 「これからは毎日おれチャージにおいで。おれも、ゾロチャージしたいから。」 ゾロはもう声も出せない様子で、必死にこくこくうなずいていました。
サンジは常連のお客さんを一人なくしましたが、その代わりにとても可愛い恋人を手に入れました。 そしてナミは、破格の成功報酬を貰ったということです。
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2010/12/25 |
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