スキンシップ 

 サンジが甲板に上がっていくと、ウソップ工場支店にその主とゾロがいた。
 しかしゾロが、作業中のウソップを脚の間に挟んで、後ろからぺったりと抱きついているのを見てしまい、足が止まった。
 癖の強い黒髪に顔を埋め、細い腰をしっかりと抱きしめて、密着している。
「…………ふーん。」
 サンジは、ゾロが前々からウソップに気があることを知っていた。
 そしてウソップが、全くそれに気が付いていないということもだ。
 ウソップが判っていないからこその、深いスキンシップなのかも知れないが、これはこれでなかなかおもしろい構図だ。
 なのでここはひとつ、ゾロをからかってやろうとした。
 しかし。
「サンジ。」
 ウソップはその寸前、少し強い声で、サンジを呼んだ。
 そして指を一本、自分の唇の前に立てる。
 何も云うなと、そういう合図だ。
「何か用か?」
「あ、いや……、後で夕飯の手伝い、頼もうかと。」
 咎めるような表情とは裏腹に、何でもないような様子で聞かれ、サンジはウソップを探していた理由を思い出した。
 今夜はちょっと手間のかかるものを作りたいから、ウソップに手伝わせようと思ったのだ。
「1時間以内にはこれ作り終わるから、それからでいいか?」
「ああ、充分だ。」
 あっちに行けというように手を振られて、サンジはむっとしないこともなかったのだが。
 詳しいことは料理の時に聞いてやろうと、今は大人しく引いておいてやった。


「んで、何なんだよ、先刻の。」
 野菜の下拵えを手伝わせながら、早速サンジはウソップに尋ねた。
 んー、と、ウソップは気のない返事だ。
「あのな、誰にだって、ちょっと人恋しい時があるだろ。そういう時は、からかったりするもんじゃねぇよ。」
 いや、確かに。サンジだってそれは判るが、先刻のゾロのあれは、そういう甘えではないと思うのだが。
 ゾロの懸命のアピールは、全くウソップには通じていないようだ。
 あんなふうに抱きしめられても尚、全くこれっぽっちもほんの少しも気付いていないらしい。
 どうして判らないのかと、サンジなどは時々真剣に不思議に思うのだが。
 しかし真剣なのは、今のウソップも同じことだ。
「ゾロはすごく強いけど、それでもたまには、淋しくなったりする時もあるんだろうしさ。頼ってもらえて嬉しいんだ、おれ。」
 いや、そんなに優しい顔をされても。
「マリモのくせに、甘えてんのかよ。」
 とりあえずサンジは、そんなことを云ってみた。
 するとウソップは、でかい目を更に大きくして、サンジの方を見る。
 それから、何を思ったのか包丁を置いて、サンジに向かい両腕を広げた。
「おれ様は懐の大きい男だ。8000人の部下一人ひとりの心のケアだって完璧だぞ。そんなおれ様の広い胸なり背中なりを、サンジにだって貸さない訳がない。さあサンジくん、君も、淋しい時には遠慮なく、おれ様の胸に飛び込んで来たまえ。」
 ウソップは、にっこり笑って、堂々と云う。
 サンジは一瞬、どうしようかと迷った。
 くだらないことを云うなと蹴飛ばすか、鼻で笑うか、それとも。
「おう、じゃあ遠慮なく行くぜ。」
 サンジはウソップの胸に向かって、体当たりをした。
「うおっ。」
 ウソップはサンジを受け止めたものの、そのままふらりとよろめく。
「はは、何だよ、薄くて貧弱な胸だなあ。」
「心は海のように深く広いんだぜ。」
 がんばって踏ん張ったウソップは、サンジの背中を抱き、ぽんぽんと叩いた。
 なのでサンジも、ウソップの背中に手を回す。
「平らで固くてつまんねぇ。」
「こ、こら、何を云っているのだね。」
「レディの胸は、ふんわりやわらかくて暖かいぞー。」
 適当な会話をしながらも、確かに、スキンシップは気持ちいい。
 元々ウソップやルフィなどはスキンシップが過多であり、サンジも何だかんだで嫌いな方ではないので、こうしてくっついていたりすることは、それなりにあることだったりもする。
 特にウソップとは、ぴったりと肩を寄せ合い、色々と話し込んだりすることも少なくなかったので、サンジにとってもいつもと同じような感覚でしかなかったのだが。
 ばたん。
 その時いきなり扉が開いた。
 びくっとしてそちらを見ると、最悪なことにゾロがいた。
 サンジは青くなって、慌ててウソップから離れようとしたのだが、それより早く、開いた扉が閉まった。
 ウソップはサンジを抱き締め直し、金髪をぱふぱふとたたく。
「ほらな。ゾロでさえ、こういう時は遠慮するだろ。」
 だから、弱ってる人はそっとしておかなくちゃいけませんと、偉そうにウソップは説教をかましてくる。
 普段ならばそんな口を叩かせておくサンジではないのだが、今はゾロに対する焦りと同情で一杯で、何をどう云いつくろえばいいのか、頭の中は彼の眉毛以上にぐるぐるだった。
 いえ、それは、多分きっとおそらく絶対に違います、と。
 それをウソップに説明したいサンジだったが、しかし勝手にゾロの気持ちをウソップに伝えるべきではないのも判っている。
 こうして、サンジとウソップが抱き合っているのを見てしまったゾロが、それをどう解釈しているのかと思うと頭が痛い。
 嫉妬して切りかかってくるならまだいいが、しかし、それ以外だと……?
 本気でくらくらしてきたサンジは、思わずウソップにもたれかかってしまう。
「よしよし。」
 しかしウソップは、サンジのそれさえ誤解して、ますますしっかりとサンジを抱きしめてきた。
 ひたすらに優しい手つきで、頭だの背中だのを撫でられる。
 それはそれでとても気持ちがよくはあるのだが、ゾロとウソップの誤解を一体どうやって解いてやったらいいのか。
 ウソップに撫でられながらも、サンジはそれに挑戦する前から、既に敗北した気分だった。
 
2008/10/13 




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