自衛隊体験入隊記




「こんど自衛隊に行ってみない?」
と、まぶしいくらいに明るい緑色の髪をしたタローちゃんが言った。しばらく会わないうちにまた髪の色が変わっている。前はサンライトイエローだったのに。
 タローちゃんと知り合ってもう三年になるが、いまだにこの人がのんびりしているところを見たことがない。常に何かの用事を抱えて走りまわっている。それも、学校の勉強が大変だとかアルバイトに追われているといったよくある忙しさではなく、一風変わった、発泡スチロールで鴨川を下ったり、小説を書いたり、電波系のおじさんと街宣車で討論したり、誰もやらないような企画を二週間に一回ペースで企画している。髪の色もスロットマシーンの目のようにコロコロ変わる。その「何か今までにしたことのない新しいことをしなくちゃ」という執念からくる行動力はある種憑かれたようで、異様といえば異様だ。性格は温和でとても他人に気を遣う男なのだけど。泳ぐのを止めると死んでしまう回遊魚みたいに、じっとしているのに耐えられないのだろう。歩いて二分のコンビニに行くのさえ面倒臭がる僕などは、ようやるこっちゃ、といつも横目で見ているのだが、たまに誘われてタローちゃんの企画に混ぜてもらう。自分で企画を立ち上げるほどの行動力のない僕にとって、次々に面白そうな催しを持ってきてくれるタローちゃんの存在はありがたい。最近少し退屈していた僕は、詳しい話も聞かず、いいよ、行こう行こう、と言った。どんな企画なのかよくわからないが、しっかり者のタローちゃんが持ってくる企画ならそんなに間違いはないだろう。
「じゃあさ、ここに名前と連絡先と生年月日書いてくれるかな。あ、あ、それとお金が二千円と少しいるんだけど、まあそれは今度でいいや。人数によって金額が少し変わるからまだはっきりしたことは言えないんだ。あと、ジャージがいるんだけど、持ってる? 持ってない? そっかー、運動とかしないよな。いつもだるそうだもんな。それじゃあさ、友達にでも借りてくれる? 悪い悪い。あと、あと、なんだっけ」
 タローちゃんはいつも、早口だ。

    *    *    *

 自衛隊では、「隊内生活体験」に参加される、あなたを大いに歓迎いたします。
 この「隊内生活体験」の目的・意義は"国民のために、国民とともにある"自衛隊の実際の姿を広く国民の皆様に知ってもらうことにあります。
    「自衛隊隊内生活体験のしおり」より

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2000年4月20日(木) 天気 快晴

 午前7時過ぎに京都市左京区にある下宿を出て、8時半に近鉄大久保駅に着いた。今日は6時に起きた。普段は昼過ぎに目を覚ます生活をしているので眠くて仕方がない。電車から降りてプラットホームに立つといきなり、青い空にたなびく日の丸が見えた。駅のすぐそばに陸上自衛隊大久保駐屯地はあった。
 自衛隊のような特殊な施設がこんなに駅前にあるとは思わなかった。駐屯地内の貯水タンクには、横に長い一行だけの電光掲示板が付いていて、「警察予備隊」「保安隊」から始まる自衛隊の歴史を流していた。今年は創立50周年らしい。そういえば高校の日本史で、朝鮮戦争勃発と警察予備隊設立は1950年で覚えやすかった。50周年だというのにあまり話題にのぼらない。
 ホームから降りて改札口前で待ち合わせだが、集合が8時50分なので少し時間がある。駅の周りをぶらぶら歩く。コンビニでもあれば朝食としてパンでも買おうと思ったのだが何もない。「大久保駅周辺マップ」というのを見ると、近くには平等院鳳凰堂や万福寺があるらしい。
 8時45分には全員が集まった。総員八名。自分の知り合いはタローちゃんだけだ。簡単に自己紹介をする。みんな京都・大阪に住んでいる学生だった。話を聞くと、他のメンバーも全員が全員を知っているわけではなかったが、みんな僕と同じようにタローちゃんに誘われて来たようだ。
「じゃあみんな行こうか。自衛隊の人がもう待ってるはず」
と、タローちゃんが元気に言った。髪の色は黒くなっている。例のキラキラした緑色の髪で体験入隊の申し込みに行ったら、係の人に「その髪で来られるのはちょっと……」と言われてしまったらしい。最近は自衛隊も携帯電話がオッケーになったりと規律が緩くなっているらしいが、さすがに氷メロンみたいな頭は困るんだろうな。戦場でいい的だ。



 駅から徒歩一分、門のところに、自衛隊の方が迎えに来てくれていた。
 門の向かいにはコンビニ・カレー屋・パチンコ屋が並んでいて、自衛隊員御用達なんだろうと思わせる。案内されて門の中に入る。しばらく俗世間とお別れだ。ここから自分たちは「生活体験研修員」となる。
 隊員の先導のもと歩いていくと、緑色の作業服のようなものを着た自衛隊員が三十人ほど道の脇にいて、拍手で迎えられる。「頑張れよ」などと声をかけられた。その横を通り過ぎて、小さなグラウンドに出た。
 そこで自分たち八名は横一列に並ばされた。すると斜め後ろから一人の隊員が歩いてきて、こちらに背中を向けて直立したかと思うと、ずざ、くる、かっ、と(それぞれ右足を引く音、体を半回転させる音、踵を打ちつける音)、「回れ右」を決めた。「回れ右」! そんなものを見たのは小学校以来だ。懐かしい。それにしても、ずざくるかっ、と動きに無駄がなく素早い。動作や体勢に遊んでいる部分がない。軍人だよ軍人、すげぇ、って軍人って言っちゃいけないんだっけ。
 「回れ右」をした隊員は「教官」といって、自分たち研修員を指導する役目の人らしい。30代で引きしまった感じの、厳しいけど生徒に人気のある体育教師、といった感じ。研修員には他にも「助教」と呼ばれる隊員が二人付く。それぞれの自己紹介があった。全員、「気を付け」の姿勢で固まったまましっかりと前を見据えて、とても大きな声で話す。雰囲気が張りつめていて、ここは世間とは違うんだぞ、と釘を刺されているようだ。緊張する。
 陸上自衛隊大久保駐屯地は、京都と奈良のほぼ中間にある宇治市にある。資料によるとここにいる部隊は、第4施設団本部、第7施設群、第4陸曹教育隊、第3施設大隊、駐屯地業務隊、会計隊および業務諸隊、らしい。
 とりあえずここにいる部隊は「施設科」というものだ。「施設科」は軍隊では工兵と呼ばれるやつで、道路を作ったり橋を架けたり、陣地を築いたり、地雷を埋めたり除去したりする部隊だ。
 ここに来るまで全然知らなかったが、陸上自衛隊はこういったたくさんの「科」に分かれている。軍隊でいう歩兵は「普通科」。戦車は「機甲科」。ヘリは「航空科」。演奏で隊員を鼓舞する「音楽科」なんてのもある。
 体験入隊のスケジュールは全然知らないのだが、戦車に乗ったりヘリに乗ったりはできないようだ。そもそも戦車やヘリがここに無い。残念。

 宿舎で全員ジャージに着替え、隊員と同じ緑色の帽子をかぶった。ジャージに着替えるということはやはり運動をするのだろうか。僕は小さい頃から体を動かすのが嫌いで、それでも中学では周りの雰囲気に流されて水泳部なんかに入っていたのだが、高一の時に、疲れるだけだから一生運動せずに生きていこう、と心に決めた。それ以来六年間全く運動をしていない。筋肉なんて退化しきっていて、カラオケに行くと腹筋が筋肉痛になるくらいだ。鬼軍曹みたいなのがいて、重さ20キロの装備をつけてマラソン! とかやらされたら正味の話死んでしまう。全くの素人にそこまではさせないだろうが、やはり不安は残る。いざとなったら仮病だ。
 タローちゃんは何故そんなものを持っているのかドイツ軍の軍服を着ていこうとして、助教に「ダメです」と怒られ、ジャージを借りさせられていた。
 入隊式があるというので別の建物に移動する。全員が縦に並ぶ「一列縦隊」で移動する。入隊式では恰幅のいいおっちゃんが出てきて、にこやかに、まあ皆さんいろんなことを学んで下さい、というようなことを言った。

 入隊式の後、どうして体験入隊に来ようと思ったのか、と教官に話しかけられた。この体験入隊は、企業の新入社員の研修や、中間管理職のリフレッシュ(どうリフレッシュするのだろう)などに使われるが、学生のグループというのは珍しいらしい。
答えに詰まる。他のメンバーはどうだか知らないが、自分は別に軍事マニアでもないし、自衛隊に就職したいとも全く思わない。もし日本に徴兵制が復活したならオランダにでも逃げようと思っているくらい、愛国心もない。そんな自分がなぜ自衛隊に来たかというと、一番妥当な説明は「おもしろそうだから」もしくは「ヒマだったから」といった、ミジンコ並みに頭の悪い答えになってしまう。さすがに、ただのヒマつぶしッスよヒマつぶし、と言うのも憚られるので、身近にありながらあまり報道もされないし学校でもほとんど教えられない自衛隊という組織を自分の身をもって体験してみたいと思ったので、とか言っておいた。まあ全くの嘘ではない。今考えたといえば今考えたのだけど。

 グラウンドに移動する。離れた所では若い隊員たちが銃らしきもの(銃剣?)を担いで訓練している。その向こう側には、「SATY」と書いたスーパーの建物が見える。とてもミスマッチでいい。
 体験入隊最初のメニューは、「基本動作訓練」だ。自衛隊における基本的な身のこなしについて教えられる。基本動作は「気を付け」「休め」から始まり、「右へならえ」「直れ」「右向け右」「左向け左」「回れ右」「敬礼」などがある。
「敬礼」には二種類あって、着帽時の敬礼は右手を顔の横に、人差し指が帽子のつばに触れるくらいに掲げるもの。脱帽時の敬礼は幾つかあるようだが、自分たちが教えられたのは「10度の敬礼」というもので体の上部を10度前に傾けるものだ。脱帽時の帽子の持ち方も決まっていて、人差し指と中指を伸ばしてつばの部分を持ち薬指と小指は曲げる。
最初は「小学校みたいだな」と思ったが、当然ながら小学校とは段違いに厳しい。動きは素早く、電流が走るように。常に全身に気を張りつめて、体のどの部分も力が抜けていてはいけない。3年間のぬるま湯のような大学生生活で体が脱力することに慣れきっていてなかなかうまくいかない。他の奴らも学生ばかりなので同じようだ。教官や助教から「きょろきょろするな!」「腕をぶらぶらさせるな!」「『敬礼』の『け』の字で動けよ『け』の字で!」「笑うな!」などの注意が飛んでくる。
 たかが「気を付け」でも、本格的にやると全身の筋肉に力を入れ続けなければならず結構疲れる、ということを知った。「休め」も、「気を付け」よりは楽だが決してリラックスできる姿勢ではない。学校で習った「気を付け」や「休め」は、軍隊のそれをお子様用に薄めたものだったんだな。ここで行われているのが本家だ。

 どこで読んだのか忘れたがこんな話を思い出す。明治の初めに政府が近代的な軍隊を作ろうとして徴兵でその辺にいる農民を集めた。そして、まず整列させようとしたら、農民たちはただ一列に並ぶこともうまくできなかったらしい。たぶん、特別に訓練されないかぎり、人間はそういうものなのだ。たくさんの人が号令や笛にあわせて一斉に動くのは美しいが、それは人工物の美しさだ。造られたものであって自然に生まれるものではない。
 軍隊にかぎらず会社や工場など大規模な組織を効率よく動かすには、個人が勝手な動きをしていては困る。しかし人間は放っておけば好き勝手にぶらぶらするものなので、小さい頃から規則や命令に慣れさせる必要がある。そのための施設が学校だ。結局やっている内容は同じなわけで、学校と軍隊が似ているのも当然だ。
 自分たちは慣れないといっても明治初期の農民でも南の島の狩猟採集民族でもなく、6・3・3と近代的な教育を受けた日本人なので、一列に並ぶくらいは教えられる前からできたし、ぴしっとした姿勢やメリハリをつけた行進などもそれほど時間がかからずできるようになった。小さい頃にしつけられたことは、体が覚えている。義務教育って偉いね。
 午前中は基本動作しかやらなかったのだが、それでも体のあちこちが痛くなり、かなり疲れた。先が思いやられる。

 12時になり、待ちに待った昼食。朝メシを食っていないので腹が減っている。300人くらい入れそうな大食堂に緑色の服の自衛隊員が溢れている。メニューは全員同じで、セルフサービスで持ってくる。味噌味のたれをつけて食べる豚肉の冷しゃぶ。うまい。しかしゆっくり食べてはいられない。昼休みは30分間しかなく、急がないと時間に遅れてしまう。遅れると「体力練成」が待っている。
 教官の話によると、時間に遅れたり規則を破ったりすると、さすがに木刀で尻を殴られたりはしないが、「体力練成」というものをさせられるらしいのだ。内容はよく分からないが、腕立て伏せとかだろう。たぶん、ハンパじゃない回数の。

 食堂に行く時やグラウンドに行く時など、普通に敷地内を移動する時も、必ず一列縦隊で移動しなければいけない。「左、右、左、右」の号令に合わせて、腕を元気よく振って、足並みを揃えて。確かに、団子になってだらだら喋りながら移動するようなのは軍隊じゃない。
 そして縦隊は、班長の「縦隊、右へ進め」などの号令の通りにしか動けない。班長の命令がないと勝手に進行方向を変えてはいけない。縦隊は班長の最後の命令を無言で実行しつづけるのみ。
 この命令を下す班長も自分たち研修員が交代でやっていて、慣れないので命令がうまく出せず移動に時間がかかる。右に曲がらなきゃ、と全員が思っていても班長が号令を出し遅れて直進するしかなかったり、右と左を間違えたり、壁に突き当たったりする。S字状の道を行く時など直線的な動きしかできないので苦労した。行進のパターンは、直進するか直角に曲がるか45度に曲がるかしかないのだ。
 移動が終わり、班長が「これから昼食をとる! 一同、別れ!」と言い、全員が敬礼をして「別れます!」と言ってはじめて、ばらばらに行動できる。ばらばら、といっても一列に並ばなくてよいという程度の意味だが。個人行動のようなものは基本的にない。この体験入隊記の主語は全部一人称複数で書けるくらいに。

 午後からは体力検定。種目は「50メートル走」「走り幅跳び」「懸垂」「1500メートル走」だ。輪になって準備運動。学校の体育の授業を思い出す。
 「50メートル走」「走り幅跳び」「懸垂」は何とかこなせた。一種目終わるごとに「自衛隊員はみんな6秒台で走る」などと教官がアピールする。
 問題は「1500メートル走」だ。300メートルのトラックを5周するのだが、完走できる自信がない。スタートするとやはりビリだ。3周目くらいで先頭の3人に抜かれる。つらいがギブアップも悔しいのでペースを落としてゆっくり走りつづける。心臓がばくばくする。教官が「自分に負けるなよ!」と叫んだ。ギブアップは自分に負けることなのだろうか。おれ、苦しいことはできるだけ避けていく主義なんだけどな。それなら仮病使ってでもギブアップしたほうが自分を貫き通したことになるんじゃないだろうか、とか考えながらゴールする。みんなの拍手を受ける。はあ。すぐにもぶっ倒れたいのだが「止まるとよけい辛いぞ」といわれ整理体操をする。ゆっくりとアキレス腱を伸ばした。

 ぱーぽぱーぽぺーぽぺーぽ、と「課業終了」のラッパが鳴った。体力検定が終わると17時になっていた。
 一時間の休みが与えられた。しかし休みの間にメシと風呂を済ませなければいけない。しかも、売店で買い物をしたいのだが修学旅行のように「土産を買う時間」などがあるわけもなく、買い物をするならこの休みのうちに済ませなければいけない。ということはメシと風呂もゆっくりしてはいられない。
 夕食は焼き魚。メシが食えないほど疲れてはいない。うまい。
 風呂は「陸士浴場」「陸曹浴場」「幹部浴場」に分かれている。自分達が入るのは一番下っ端用の「陸士浴場」。少し大きめの銭湯くらいの大きさだ。入ると男だらけ。お湯がなくても湯気が立ちそうなほど裸の男が溢れている。さすがにみんないい体をしていて、丸っこい自分の体が少し恥ずかしい。
 風呂も適当に済ませて、「左、右、左、右」と売店に行く。売店では飲食物、本、スポーツ用品、服、鞄などを売っている。エロ本がとても多い。自衛隊でしか売っていないものが欲しくていろいろ探す。自分は迷彩柄の手ぬぐいと、迷彩柄のTシャツと、携帯ストラップを買った。
 実は自衛隊にはマスコットキャラがいたらしい。全然知らなかった。自衛隊の服を着た妙にかわいらしい二頭身のキャラで、名前は「ピクルス王子」と「パセリちゃん」(!)。ピクルス王子は国防について学ぶためにパプリカ王国から日本に来て自衛隊に入隊し、それを恋人のパセリちゃんが追いかけて来たらしい。携帯ストラップにはそのピクルス王子とパセリちゃんが付いている。ちゃんと陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の3パターンある。店内に貼ってあった新聞の切抜きによると、このストラップは「女子高生の間でブレイク寸前」らしい。本当か? せっかく来たんだから自分は陸上自衛隊バージョンを買った。緑の紐には白い字で「JGSDF」と印刷されている。Japan Ground Self Deffence Force(陸上自衛隊)。カッコイイ。

 自分たちの居室に戻り、風呂道具と売店で買ったものを置く。集合時間は3分後。ゆっくりしている時間はないが、少しでも休みたくて1、分間だけベッドに横になる。
 自衛隊は時間に厳しい。一息つく余裕もないように、最低限の時間で次々と命令が出される。実際この体験入隊中、他の仲間とゆっくり喋ったり敷地内を散歩したりする暇は全く無かった。宿舎の前に観賞用に置いてあった「61式戦車」をゆっくり見たかったのだけど、宿舎の前においてあるものすら見る時間はなかった。
 遅れると「体力練成」が待っているので、必死で時間を守る。自然、かけ足が多くなる。一泊二日という短期日程だからという理由もあるだろうが、自衛隊という組織、もしくは軍隊というものは、基本的に時間にとても厳しいものなのだろう。
 自分の日常は、休学しているので学校にも行かず、生活費のためにパチンコを打つ以外はのんびりと暮らしている。自然に目が覚めるまで眠り、起きて、一、二時間ぼーっとして、メシ食って、なんとなく本でも読んで、ぶらぶら図書館などに出かけて、メシ食って、友達と喋ってビール飲んでたら眠くなって寝る、という感じに。「買い物に行く」とか「友達と飲む」とかいう用事を一つか二つこなすと一日が終わる。時間がゆっくり流れるような、いつのまにか過ぎ去っているような。
 普段がそんな感じなので、ここで体験したスケジュールの詰まった一日はとても新鮮だった。一日ってこんなにいろんなことができるもんだったんだ、24時間は長いな、と。普段はぼーっとしている時間が多いんだろう。ぼーっとしている時間を無駄だとは思わないが、時間の別の種類の使い方を教えてもらったという感じだ。とても効率的なやり方を。
 まだ19時だが、疲れた。眠りたい。消灯時間の23時までまだ四時間もある。消灯が待ち遠しい。

 その後は室内で何だか分からないが偉い人の話を聞いた。ものすごく眠かったのでよく覚えていない。手を抓ったり指を噛んだりして眠らないことに必死だった。それでも首がかくんかくんと揺れた。偉い人が出て行くと、今度は人事の人が来て、自衛官募集要項や試験の日程などを配って説明。わざわざ説明してもらって悪いが、たぶん八人全員、自衛隊に入る気はないんだろうな。
 その後、別室に移る。「演習の時、我々は山でこんな格好をします」という教官の説明の後、助教が部屋に入ってきた。鉄帽、迷彩柄の服、顔には迷彩のドーラン。腰には水筒と弾薬入れ。本番の演習ではこれらの装備に銃と銃剣が加わるらしい。
 触ったりしてもいいぞ、と言われたので遠慮なく、服をぺたぺた触ったり帽子をかぶってみたり水筒を欲しがったりする。
「演習のときはこの格好で3日も4日も、草むらを駆け抜けたり、地べたを這いずりまわったり、穴を掘ったりする。風呂? そんなものはもちろん入らない。着替えなんてものもないから、ずっとこの服を着たきりだ。もちろん、臭い」
 面白がって何人かが迷彩ドーランを顔に塗ってみる。ドーランは4色(濃い緑・薄い緑・濃い茶・薄い茶)あるのだが、自分たちが塗るとこかどうもそれらしくならない。でっぱってる所には濃い色を塗る、などのアドバイスを受ける。さすがプロ。タローちゃんはドーランが気に入ったらしく次の日売店で買っていた。どこで使うんだ。

 22時30分、居室に戻る。疲れきっている。明日の起床は6時30分。疲れているのでぐっすり眠れそうだ。やっと終わった眠い眠い、さっさとベッドに入ろう、というのは甘かった。
 全員すっかり寝る気でいて着替えようとしているところに集合がかかり、宿舎の前の広場に整列させられた。外は真っ暗だ。外灯の下で教官が言った。
「君たちは自衛隊の生活を体験しに来ているのだから、自衛隊員がやっていることは君たちにもやってもらう」
 何?
「これから君たちには不寝番をやってもらう」
 不寝番は、23時から6時30分までを四つのパートに分けて、二人組で行う。仕事は宿舎の入り口に立っていることと、三十分ごとに宿舎の周りを巡回すること。寝かせてくれよ。
 僕は真っ先に、4時30分から6時30分までの最後のパートを選んだ。とりあえず眠りたい。辛いことは後に回すタイプ。後のことは後で考えればいい。
 時間割を決めると、部屋に戻って寝る用意をした。消灯まであと5分しかなく、みんな慌しく歯を磨いたり着替えたりしている。ぱーー、ぽーー、ぱぽぺぽぉー、と消灯のラッパが鳴った。23時だ。助教が部屋に来て電気を消した。
 一番最初の当番の二人を除いた六人が暗い部屋の中に寝ている。窓の外を見ると、駐屯地前のコンビニとカレー屋の看板がまぶしい。シャバの光だ、とか思ってみる。抜け出してカレー食おうぜ、門には見張りがいるって、いや、どっか抜け道があるはずだから、とか小声で喋っているのも束の間、いつのまにか眠っていた。

 肩を揺さぶられた。すぐに起こされたような気がしたがもう4時半だった。
 ペアを組む相手はタローちゃん。前の当番から、教官から渡された不寝番グッズを引き継ぐ。懐中電灯、警棒、警笛、腕章の四点だ。
 ここは自衛隊の駐屯地内、怪しい侵入者などいるはずもなく、無事に巡回を終える。あとは立っているだけだ。居眠りや座り込むこと、自販機に飲み物を買いに行くこと、大声を出すことは禁止されたが、普通に喋るくらいはいいようだ。暇なのでタローちゃんと喋っていた。
「ふつうバイトとか会社だったらさあ」と僕は言った。
「なになに?」
「こんな、不寝番とかする時は『がんばってや』とか言って缶コーヒーの一本くらいくれたりするけど、自衛隊じゃあ絶対そういうこと無いだろうなあ」
「そうだなあ」
 そういうところではないのだ。雰囲気が。言われたことをやるのは当たり前。缶コーヒーみたいな「媚び」は不要。
 喋っていると教官が来た。「声が大きい」と言われ、あやまる。
 部屋に帰って寝ていい、と教官は言った。まだ5時だ。三十分しか経っていない。何かあったんですか、と聞くと、
「最初から5時で終わりの予定だった」と教官は言った。
 部屋に帰ってベッドにもぐりこむ。ラッキー、朝の当番にしてよかった、また寝られるぜ。

 甘かった。
 一旦起きたせいか眠れなくてベッドの中でごろごろしていると、助教が部屋に入ってきて、笛を吹いた。ぴぃぃぃ! とつんざく音。
「総員起床! 非常召集! 総員グラウンドに集合せよ!」
 時計を見ると5時20分。
 みんながもそもそと起きだし、寝ぼけた頭で何が起こったかをおぼろげに理解し、半分眠ったまま着替えだす。寝起きで動きが緩慢な僕たちに、「のろのろするな!」と声が飛んでくる。僕は眠っていなかったのでいち早く命令に反応し、一番に着替え終わりグラウンドへと走った。
 こういうことか! 不寝番が早く終わったのはこの伏線だったんだな。脳天気に「ラッキー♪」なんて思っていた。読めなかったな、と走りながら考える。
 グラウンドには既に教官が立っていた。全員が集まると教官は言った。「遅い!」
 自衛隊員は有事の際には緊急出動しなければならない。いざという時風呂入ってて遅れました、は通用しない。どんな時でも素早く出動できるようにする訓練だ、との説明。あたりはまだ薄暗い。
 次に助教が前に出てきた。怒っている。どうやら夜寝ている時にロッカーのドアが一つ開いていたらしい。実は昨日も二回、ロッカーのドアの閉め忘れを注意されていたのだ。
「一回目は仕方ない。二回目もまあ許す。しかし三回同じミスをするのは気が緩んでいる証拠だ! 軽い罰として、これから体力練成を与える!」来た!
 腕立て伏せのやり方を教えられる。「腕立て伏せ、用意!」という号令がかかったら、気を付け」の姿勢から「一! 二!」の声とともに腕立て伏せの体勢に移行する。「一」でしゃがんで地面に手をつき、「二」で足を伸ばす。
 助教が言った。「腕立て伏せ、用意!」
 一、二、と僕たちは叫んだ。

 腕立て伏せは30回で終わった。体験入隊だから手加減したが、隊員相手だと100回は余裕た、という話。僕は30回でへろへろだ。途中膝をついてしまった。
 そのあと敷地内をジョギング。昨日の疲れが体に蓄積されていて辛い。
 教官は頻繁に「体調は大丈夫か」「体力の限界じゃないか」と聞いてくる。全員大丈夫なことを確認した上で次の訓練に入る。こっちがぶっ倒れでもしたらややこしいことになるんだろう。お客さんでよかった。
 
 ジョギングが終わると食堂に行って朝食を食べた。食べ終わった後、2分だけテーブルに突っ伏す。眠い。
 8時になった。横一列に並んで建物の屋上を見上げる。国旗掲揚が始まる。
 始める前に教官が「日の丸・君が代は今いろいろ問題になっているが、これは思想的な意味はなく決まりとしてやっているだけだから、あまり気にしないでくれ」と言った。形式的なものであっても、日の丸・君が代を使うということはどうしようもなく思想的な行為になってしまうという気がしたが、言ってもしかたないので何も言わなかった。どうでもいいし。
 全員が敬礼をして日の丸を見上げる。君が代が流れ出す。右手は帽子のつばの所に、顔は斜め上を向いたままで硬直し、旗の上っていくさまを見る。天気はよく、青い空に日の丸がたなびいている。
 今この駐屯地内では数百の隊員たちが、自分と同じ格好で同じ旗を見ているはずだ。この駐屯地だけじゃない。同じ瞬間に、日本中の自衛隊員プラス右翼の人たちが自分と同じように君が代を聴きながら日の丸を見上げて敬礼しているのだろう。
 日の丸・君が代なんて、けっして賛同していたわけではなく、日の丸・君が代法案にしても、右翼オヤジはうっとうしいな、ぐらいにしか思っていなかったのだが、この国旗掲揚には何かくるものがあった。素直に言うと、美しかった。
 そこには、クリスチャンじゃなくても教会の荘厳さに圧倒されたり、神道なんて知らなくても神社の清冽さに打たれたりするのと同種の、空間が作り出す聖性を感じた。これを毎朝続けたら、日本が大好きな人になってしまいそうだ。危ない危ない。

 鴨が数匹泳いでいる。大きい池の前で整列した。ボートの訓練だ。黒っぽい救命胴衣を着けて、完全装備の隊員が25名乗れるという黒っぽいボートに全員で乗り込む。
 教官が「よーそろー、すすめ!」と号令をかける。最初は一人ずつ「ろ櫓」で漕ぐ練習。櫓なんて使ったのは初めてだ。腰の高さにある棒を押したり引いたりするたび、ぎぃ、ぎぃ、と音がしてボートが進む。一人で漕いでいるのに結構速い。その次は全員で「かい櫂」で漕ぐ練習。
 もちろん人が漕ぐのではなくエンジンで動くボートもあるしそちらのほうが速いのだが、エンジンよりも櫓のほうが、櫓よりも櫂のほうが音が静かなので、夜、敵に気づかれないように接近したい時に使うらしい。そのためにボートは黒っぽい。
 ボートから降りると次は重いものを運ぶ練習といって、今乗っていたボート(175kg)を8人で運んだ。
 その次はロープの使い方の練習。ロープ同士を結びつけるのを「接合」。ロープともの(「材」という)を結びつけるのを「結着」という。
 今日の訓練は昨日に比べて楽だ。こっちは昨日の疲れが残っている上にあまり眠っていないのを気遣ってくれているのだろう。助かる。
 片方がわっかになったロープを林立する木の柱に結び付け、「できました!」と教官に向かって腹から声を出す。教官は結び目を見て、「よし!」と言う。これを何回も繰り返した。
 
 まっすぐに相手の目を見つめ、じっと目を逸らさずに話し続ける奴がいたら、少しやばいんじゃないか、と思う。普段、僕たちはとてもナイーブに、視線をコントロールしている。
 自衛隊ではむしろ相手の目をまっすぐ見るのがルールだ。教官によると「相手を睨みつけるつもりで見ろ!」とのことだ。胸を張って全身を緊張させ、相手の目を睨みつけて腹から大声を出す。
 姿勢は意識に影響するもので、これに慣れるといつもやっているような、視線を逸らせたり、目を伏せたり、曖昧に笑ったりするのが、とても軟弱に思えてくる。体を相手に正対させることで自分の全てをさらけだすような。無防備なようだが不快じゃない。自分は何を隠してたんだろう。隠すほどのものなんて何もないじゃないか。
 大きな声を出して、号令のとおりに体を動かせばいい。「声」や「動き」などの目に見えるものだけが重要だ。頭の中で何を考えているかなんてどうでもいい(ややこしいことを考える体力的、時間的余裕がないというのもあるが)。号令やらっぱにあわせて全員が同じように動く。集団行動が基本、というか集団行動しかない。自分たちは一斉に目覚め、一斉に敬礼し、一斉に走り、一斉にメシを食い、一斉に眠る。そこでは「自分」という存在は全然特別じゃない。自分が他の隊員と入れ替わっても何も変わらない。「おれは人とは違う」とか「あいつには負けたくない」とかいった気負いが、自然に消えていた。
 今まで個性的であろうと気負いすぎていたかもしれない。個性なんて下らないというつもりはないが、気負いすぎが自分を窮屈にしていた気がする。「人間はみんな違う個性をもっている」というのと同じレベルで、「人間なんてみんな同じだ」ということも言える。どちらが正しいというのでもなく、見方の違いだ。二つの見方はケースバイケースで使い分けていけばいい。前者ばかりを強調すること(例えば小学校の教室の「個性を伸ばそう」という張り紙)は、かえってプレッシャーで自分を不自由にすることもある。程度問題だけれども。
 この自衛隊のように集団の一員となり、自分も他のやつらもほとんど変わらないという状態は、自意識過剰でクダラナイことばかり考えてしまいがちな僕には新鮮で心地よかった。これは、うつ病とか治りそうだ。

 ロープの訓練が終わると、宿舎に戻って私服に着替えろ、という命令。ということは、もう運動はしないということだろう。ほっとする。
 着替えて昼食。カレーうどんと鶏肉とごはん。自衛隊のメシは夕食より昼食のほうがボリュームがある。
 体験入隊は午後3時までの予定。昼食を終えると残すところわずかだ。
 団長、というこの駐屯地で一番偉い、兵隊の位でいうと少将か中将くらいのかなりビッグな人が自分たちに会ってくれた。内装が少し上等な部屋に通される。椅子の座り心地がいい。コーヒーまで出てきた。
 団長が入ってきた。班長が「起立!」と叫ぶ。全員が立ち上がる。「敬礼!」と叫ぶ。全員が「10度の敬礼」を行う。団長が答礼する。「直れ!」と叫んで全員が「気を付け」に戻る。団長が「まあ座って」と言い、「着席!」と叫んで全員が着席する。
 団長が話し始めた。内容は戦後の自衛隊史。また眠りそうになる。爪を手のひらに食い込ませて耐える。どうしてメシのすぐ後にこんな眠いものをもってくるんだ。
 団長が話し終わり「何か質問ある?」と訊くと、タローちゃんがまっさきに手を上げた。ちなみに自衛隊の「挙手」は指を伸ばすのではなく、握った拳を真上に突き出す。質問は、「自衛隊では有事の際に素早く対応できるように敵を想定して作戦を立てていると思うのですが、これだけ日本中に米軍基地がある状態で、その仮想敵としてアメリカを対象にした作戦というのはあるのでしょうか」というものだった。
 団長は眉間に皺を寄せて、少し困ったように、「え? アメリカ? ムリムリ、相手にならへん。そんなもん全然力が違うもんアメちゃんは。考えもせえへん」と答えた。アメリカは強いらしい。さすがだね。

 その後教官・助教と一緒に記念撮影。そして体験入隊の所見を書いた。「自分は、悪い意味ではなく浮世離れした所だと思った」と書いた。最後に簡単な退隊式を終えると、全てのメニューが終了。門へ向かって一列で行進していった。来た時と同じように30人くらいの隊員に拍手で送られる。門の手前で教官・助教と握手。「お疲れさん」「頑張ったな」「ここでの体験をこれからの人生で役立ててくれ」少し名残惜しくなる。少しだけ、また来ようかな、という気になる。多分来ないんだろうけれど。

 たった一泊二日の体験だったがとても面白かった。
 自衛隊について感じたことは、所見にも書いたが、「浮世離れ」した所だということだ。世間の時間の流れの影響を受けず、別種の価値観とルールを持った一つの世界。数十年間時間が止まっていそうだ。その世間からの隔絶っぷりは結構好きだ。
 この世界は世間ほど、どろどろしていず、ややこしくもない。ここの価値観とルールは単純で分かりやすく、その分悩みなども少なそうだ。その上で体力のない自分は入隊する気がしないが、辛いのは最初だけで一年もいれば体力もつき雰囲気にもなれ、すっかり染まってしまいそうな気がする。自衛隊に染まってしまえば、悩みの少ない充実した人生が送れるような気もする。それは世間からずれてしまうことかもしれないが。
 ちなみに体験入隊の費用は二千数百円。その内訳は、ほとんど食費や宿泊費の実費だ。二千円と少し出して塀を一つ越えるだけで、世間と全くかけはなれた世界を体験できるなんて、なかなかない。大体どこの駐屯地・基地でも体験入隊や部隊見学は受け付けているらしいので、興味のある人はどうぞ。

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 門を一歩出ると、すごい解放感があった。もう、常に胸を張って背筋を伸ばしていなくてもいい。道をふらふら歩いてもその辺に座り込んでも構わない、ということがうれしくてたまらない。ひゃっ。意味もなくとびはねてみる。

 丹波橋駅で他のメンバーと別れる。一人になる。
 単独行動。何をしてもいい。自分は一人で行動していて、自分の行動は全て自分で決められる。いいね。「店」というものに入れる、ということがうれしかったという理由だけでなんとなく喫茶店に入って、普段ならコーヒーだけなのにケーキセットを頼んでしまった。甘い。レアチーズケーキなんて。



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