姉との生活
紅いきつね:作

■ 2

初めて乗ったヘリの中は想像以上にやかましく、かつ広かった。姉ちゃんと並んで座らされ、向かいにはずらりと覆面姿の軍人が座っている。全く私語を発しないところからみて、奴らはきっとロボットに違いない。あのシュバルツ中佐が操縦していやがるんだきっと。
「私達どうなっちゃうのかな……」
姉ちゃんが俺の耳に口を寄せて話してきた。そうでもしないとやかましくて会話が成り立たない。
「……わかんねえけど、俺が絶対守るから」
俺も姉ちゃんの耳にそうささやく。すごく嬉しそうな顔をして俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。そういや俺達は寝たときそのままの格好だ。幸い春先でそんな寒くはないけど、さすがにかわいいピンクのパジャマの姉ちゃんはともかく、Tシャツにトランクスという俺の格好はこの状況ではいかにも間抜けだ。それにさっきから姉ちゃんのおっぱいが当っているせいで息子が異様に元気になっている。まいったな、姉ちゃんにばれないといいけど。
何となく視線を感じて顔を上げると、覆面で表情は見えないけどアンタ絶対ニヤニヤしているねという感じのシュバルツ中佐と目が合った。
そういえばこの人さっき姉ちゃんに向かって「姫殿下」とか言ってたな。何のこっちゃ。
そもそも模範的一般家庭である我が家に軍の特殊部隊っぽのが突入してくること自体俺の理解を超えているわけなのだが、こんなことはハリウッド映画の中だけにして欲しい。何せ実際こういう状況に陥ってもブルース何某とかは助けに来てくれないし。
そんな馬鹿なことを考えているといい香りがふわっと匂う。これは姉ちゃんの髪の匂いだな。
俺達は本当の兄弟ではないけれど、本当の兄弟以上に仲良く成長してきた。
姉ちゃんは姉ちゃんの癖に頼りなくて、よく近所のクソガキから虐められては泣いていたっけ。その度に俺が助けに行って、泣きじゃくる姉ちゃんの手を引いて家に帰ったものだ。

それに姉ちゃんはすごく怖がりで、でもその癖ホラー映画が大好きで、見た後は怖くて寝れないからと必ず俺の部屋に来て一緒のベッドで寝たものだ。その時、ぎゅっとしがみついてくる姉ちゃんの髪からはいつもすごくいい匂いがしていた。それは今も変わらない匂い。
姉ちゃんの事を俺の友達は「正統派美少女」と呼ぶ。これには全く同意する。ちょっと髪は茶色がかっているが、これは事故で亡くなった本当の両親のどちらかが外国人であったからという話だ。でもうちの親はその辺の事をあまり話してくれないので詳しくはわからない。
まあ身内の贔屓目なくその辺のアイドルなんて顔負けするほど整った顔立ちは、多少なりとも俺の一族の血が混じっているとは思えないほどだ。バーンと張ったおっぱいと、きゅっとくびれた腰、そしてそれだけでご飯3杯はいけそうな素晴らしい尻というパーフェクトなスタイルでよく芸能プロダクションのスカウトを受けるそうだ。
もっとも姉ちゃんはそういうことには一切興味がなく、いつでも俺のそばにいてくれる。
渡良瀬勇と渡良瀬智子はいつでも一緒にいるのが当たり前になっているのだ。姉ちゃんと離れる生活なんて想像もできない。多分、姉ちゃんも同じだと思う。

そんな事を考えているうちにヘリががくんと高度を下げていくのがわかった。
姉ちゃんが不安そうに俺の顔を見る。
俺は大丈夫だよと頷いてみせ、シュバルツ中佐を睨みつける。中佐は外人っぽく肩をすくめて立ち上がり、俺の隣に座った。
「間もなく到着だ。暴れないと約束するなら手錠は外してあげよう」どうでもいいが耳に息があたって気持ち悪い。
俺が無言で頷くと、言葉どおり手錠を外してくれた。意外といい奴なのかもしれない。

時間がどれくらい過ぎたのかはわからないが、外は薄らと明るくなってきているようだ。俺達の位置からは空しか見えないので一体どの辺りを飛んでいるのかはわからない。
「日本はいいな」
どういう感情を持ったのかわからないが、中佐がまた俺の耳にささやく。頼むから止めてくれ。
ヘリはゆっくり高度を落とし、どこかに着陸したようだ。がつん、という感じのショックが身体に伝わる。
エンジンが止まり、ようやくヘリの中が静かになった。シュバルツ中佐が俺の姿を哀れんだのかツナギを放ってよこす。慌てて着てみるが外人サイズなのかやたらぶかぶかだ。袖と裾を折り返して何とか様になる感じ。
「我がロメリア海軍空母ケンプフェルへようこそ!」
中佐が芝居がかった仕草と台詞でヘリのドアを開く。呆れた事にそこは本当に空母の上で、外には海軍のぱりっとした制服を着た1ダースほどの兵隊が整列していて一斉に敬礼しやがった。
「さあ、降りて」
ピンクのパジャマとぶかぶかのつなぎというそこはかとなくその場の雰囲気に似合わない格好の俺達はおっかなびっくりヘリから降りた。そこで気がついたが俺達は裸足だ。振り返って中佐を睨むとまた肩をすくめやがった。
「○×△◇※!」
白いぱりっとした制服にやたらごてごてと勲章のようなものとかくっつけたおっさんが敬礼して俺達に向かって何やら話しかける。つか日本語話せ。
「姫殿下にご乗艦頂き乗組員一同光栄に思います」
後ろから中佐が通訳してくれる。だからその姫殿下って何なのかそれから先に説明しやがれ。
「それは艦内で説明する。まずは朝食でもどうかね?」
「つかマジに家に戻してくださいお願いします」
「そうしてあげたいのは山々なのだが……」そういう気がない奴に限ってそう言うものだ。「実を言うとあのままでは君達は確実に暗殺されていただろう。」
だから感謝しろよ、そんな感じで胸を張る中佐。だめだ、宇宙人と会話してるような気がしてきた。
「真夜中に人を拉致した奴が言う台詞かよ……」
「※$%#◇△○!」
勲章ゴテゴテ野郎がまた何か言う。
「とにかく艦内に入ろうではないか。大丈夫、王立国防軍の名誉にかけて君達に危害を加えない事を約束する」
……どこにあるかもわからん国の軍隊に約束されてもなあ……
でも今選択の余地はない。仕方なく俺達は中佐に促され勲章ゴテゴテ野郎の後に続いたのであった。

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