新・青い目覚め
横尾茂明:作

■ 傾倒4

「さー片付けなくっちゃ…オジサン…絵美…今日は早く帰らなくちゃいけないの…」
「お母さん久々に帰ってきてるんだ…さっき電話があったの…勝手でしょ!」

少女は少し怒ったようにして立ち上がり…皿を盆に乗せキッチンに消えた…。

孝夫は肩すかしのような感覚で力が抜けていく…。
そして股間を眺め…(これ…どうしてくれるんだ)とつぶやき…苦笑いをこぼす…。

浣腸を買った時から先程の少女の予想できない仕草にドギマギの孝夫であったが…正直…ホッとしたのが今の感情でもあった…。

「そう! 今日はお母さん帰っているんだ…残念! …オジサン寂しいな…」
孝夫はすこしおどけた口調でキッチンに投げかけてみた…。

すると少女はすぐに舞い戻り…孝夫の前に佇み大きな涙を零す…。
「オジサン…ごめんね…」
「お母さんなんか…お母さんなんか勝手なんだもん大嫌い!」
「でも…今日は大事なお話があるっていうから…クスン」

「分かった…分かったからもう泣かないで…オジサン我慢する…」
「また来れるんだろ? …オジサンそのときまで楽しみに待っているから…」

「オジサンごめんなさい…ウッウッ……」
少女は泣きながら子供のように孝夫にしがみついてきた…孝夫は多感な少女に圧倒されるようにその背中を抱き優しくさすった…。

少女は孝夫との別れを永久の別れのように激しく泣き…そして帰っていった。


しかし…次の日も…そしてその次の日も…少女は現れなかった…。
一週間がたち…一ヶ月が経った…。

孝夫の不安は尋常ではなかった…考えてみれば少女の自宅も…携帯電話の番号すら聞いていなかったのだ…。

孝夫は狂ったように少女の身元を探し求めた…そして家をようやく探り当て母親に会うことが出来た。
しかし母親は泣きながら行方は分からないと応えた…もう捜索願を出して一ヶ月が経つという…。
私があの子を放っておいたからいけなかったと母親は痴呆のように繰り返していた…。

(あの夜から失踪していた…何故…)
孝夫は狂いかける頭で考えてみた…事故…事故に遭った?。

そんな苦悶の日々…テレビのニュースが耳に飛び込む…。
「本日、かねてより捜索中の少女が保護されました、少女は先月初め木場公園を帰宅中、容疑者である無職 佐伯実に拉致監禁され本日未明近所の通報により内偵中の塩浜○○のマンション○○を捜索したさい少女が発見され保護されました」
「少女には怪我は有りませんが、憔悴著しいため本日○○病院に入院しました」
「容疑者佐伯実は三ヶ月前に仮出所したばかりで友人宅である塩浜に身を寄せており、今回この友人も共謀の疑いで大宮の潜伏先で逮捕されました」

孝夫はニュースの少女は間違いなく絵美と思った…。
(こんな近くに監禁されてたなんて…俺は…俺は…あぁぁ俺の責任だ…)

数日後…店の前に並べられた週刊誌にはこぞって興味深く少女の事が掲載されていた。

「少女Aは有名女優○○の娘で美貌優れ、将来女優になることを約束されていた…」
「今回の犯人は、調べによると数年前女優の家に強盗に入った同一犯であり、恨みによる犯行とも思われます」

「少女は警察の事情聴取に一切応えておらず逆に容疑者をかばっている節が見られ、自分から進んで滞在したのであり…けして拉致監禁ではないと言い張っている模様…」

「容疑者の佐伯実は10年前にも同様に少女監禁と淫行で実刑を受け数年前移送中に護送車から逃亡し同日潜伏中の女優○○宅で逮捕されました、このような事が有りながら容疑者の仮出所は早すぎるのではとの批判が当局に多く寄せられています」

「また少女の体中にはアザと生傷が随所に見られ…監禁中の凄惨さを物語っているのに少女は何故容疑者をかばっているのでしょう、容疑者佐伯実も昼は鍵をかけず働きに行っているため、もし監禁ならいつでも逃げられたはずと証言、また近所の主婦も少女が近くのマーケットで一人で買い物をしているのを見かけたと当局に証言している模様」

「謎としか言いようのない今回の事件…少女の身に何が起こったのか…取材では入院中に産婦人科にも訪れていることから…容疑者の子を妊娠している可能性も否めません、どうやらこの妊娠説で謎は解き明かされるのではないでしょうか」

孝夫は知らぬ間に頭を柱に打ち付けていた…狂いたいと思ったのだ…。
少女の父親のことが思い出される…そう…父親もこんな感情から死を選んだのだろう。

女の不思議…こんなに愛したのに…こんなに愛されたのに…それを凌駕する男に支配されたとき…女はいとも簡単に固執なく育んだ愛を放棄できるというのか…。

少女は俺から得られなかったものを…拉致した男は簡単に与えたのだろう…。
しかし…これほどの屈辱があっていいのか…。

絵美が縛られ…叩かれ…性器肛門を陵辱されて随喜にのたうち回る光景が孝夫の脳裏をよぎる…。

男として取るに足らない卑男、女を虐め支配する能しかない男に…こんなに愛した女をいとも簡単に獲られるなんて…。


(しかし…)
(しかしこんな俺…容疑者と一体何が違うと言うのか…俺の方こそ卑男なのに…)

孝夫は思い直したようにレジの椅子に座り週刊誌を破いた…そして店を見渡す…。
セーラー服の少女達が短いスカートから白い脚を見せて雑誌に魅入っている…。

背中を刺す日差しはもう夏…数ヶ月のこの懊悩はもう過去のものにしたいのか…。

一人の少女が「オジサン…下さいな」と言って雑誌を置いた…笑顔の可愛い少女…。
自然と絵美に重なっていく…涙が一滴…孝夫の頬に零れ雑誌に落ちた…。

終わり


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