ボヘミアの深い森
横尾茂明:作
■ ボヘミアン5
少女はここまで話し…ブルっと震えた。
そして龍太の胸に縋り付くように顔を深く埋める。
龍太は少女の滑らかな背中を撫でた、少女はいつしか声を殺して泣いていた。
「もういいから…つらい話だったら話さなくてもいいんだよ」
「ううん…お兄ちゃんには話さなくちゃいけないの」
少女は意を決したのか…一言ずつ区切るように話し始めた。
ドナウの支流イーザル川を右に見ながらデッゲンドルフにトラックは向かう。
運転手の男は始終寡黙だった、もう1時間も走っているのに何も喋らず前を見つめたままだった。
それでも時折少女の目をのぞき込むように見て、意味ありげに微笑む…。
少女はその沈黙が怖かった、初めは優しそうなおじさんと思っていたが…時間が経つにつれその重苦しさは心に澱みを作っていく。
男が初めてポツリと言った。
「腹が減ったな…」
「ランツフートがもうすぐだから…そこで飯にするか」
少女はホッとする…(やっぱり普通のオジサンなんだ)
お婆さんから、「運転手のお昼は御馳走をしてあげるのが習わしだからね、それと…変なこと要求されるかもしれないが…我慢するんだよ…」
後の変なことの意味は分からなかったけれど…お昼は御馳走してあげようと財布の中身を覗いた。
ランツフートは古い町だった、男はここを走り慣れているのか狭い石畳の露地を上手に曲がりながら場末のレストランに向かう。
「さー着いたよ、お嬢ちゃん旨い物をたんと食わせてくれよ」
「ハイ…一杯食べて下さいね」
このレストランはトラック運転手の溜まり場らしく、男は隣の運転者らしき客二人と親しげに話し始めた。
しかし少女は早口に喋る3人のドイツ語会話は殆ど意味が分からなかった。
ただ少女の方を客の2人は時折見てはニヤニヤ笑い、男の肩を乱暴に叩いていた。
男は食事よりもビールを何杯もお代わりし、少女を不安がらせる。
それでも1時間くらい騒ぎ、2人の客が去ると我に返ったように…「さてと…行くとするか」と重い腰を上げた。
やはりアルコールのせいで運転は荒くなっていた、何度も曲がり角で軒先に擦りそうになり少女を冷や冷やさせる。
それでもハイウェイに出てからは安定した運転になり、少女はホッと胸を撫で下ろした。
目的地のデッケンドルフにはビンペルクまで送ってくれる叔母さんが待っている、もう1時間くらいで会えると思うと少女の胸は高鳴った。
(叔母さんに会うのは何年ぶりだろう…元気でいるかしら)
男はビールのせいか20分おきに車を停めては少女の見える路上でわざとらしくオシッコをする…。
少女は少し不安になる…それはドアを開け、乗り込む際に見せる男の何かを求める暗い眼差しであった。
あと30分くらいで目的地と言うところで男はトラックを道端に乱暴に停め、苛立った目で少女を見つめた。
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