僕の転機
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■ 第12章 落胆2

 昌聖は、入って来た時から感じていた違和感を口にする。
「歩美のお姉さん。ずっと微笑んでるけど、何か知ってるの?」
 宗介に質問すると、姉の夫が口を開く。
「真由美は、心を壊されたんです…。ある組織によって…」
 フレームの無い眼鏡の奥から、固い意志を覗かせる視線で、姉を見詰める夫。
「失礼、山田商事秘書室長、池谷剛伸と申します。マスターより、昨日から日本支部を任されました」
 立ち上がり、深々と頭を下げる、池谷。
「池谷…。昌聖は、まだ其処まで知らないぞ…」
 宗介が、短く言う。
「失礼しました…。私とした事が、気が急いてしまいました」
 池谷は、頭を下げソファーに座る。

 この遣り取りを見て、驚愕の表情を浮かべる兄。
「お前…まさか、組織の人間か? …ずっと俺達の事を、知っていたのか? …」
 蒼白な顔に脂汗を浮かべて、絞り出すように言う。
「ええ、貴男が何をして来たか、何をしようとしたか、全部知っています。社長も既にご存じです…」
 池谷が、歩美の兄に、刃物を含んだような声で丁寧に話す。
「池谷…。村沢は、どうした?」
 宗介の質問に、深く一礼をすると
「既に尋問中です…処置は、きっちりと裏切り者の処分方法で執り行います」
 歩美の兄は、自分と結託していた副社長の名前を聞いて、さらに驚く。
「村沢も、まさか自分にお目付が点いているとは、解らなかったみたいだな」
 宗介が表情のない顔で話すと、歩美の父親が頭を抱え、苦悶の声で話し出す。
「お前がここまで愚かだったとは…。馬鹿者が…、自分の欲望のために…、実の姉妹をあんな奴らに…」
 社長の慟哭を、兄は引きつった表情で聞き流し
「親父が悪いんだ! 俺を認めず…。蔑むばかりの親父が…! いつもいつも、真由美ばかりを溺愛しやがって! だからこんな事になったんだ!」
 半狂乱になりながら、ソファーから飛び上がり逃げ出そうとする。
 宗介が取り押さえようと位置を変えるよりも早く、池谷がするすると兄の正面に立っている。
「逃がす訳がないでしょう」
 そう言うと、いつの間にか黒い革手袋を嵌めた右手で、喉を掴み昏倒させた。

 宗介が、昏倒した兄の座っていた席に着き、話を始め出す。
「山田さん。貴男が7年前、事実を有りの儘に報告していれば、ここまで話がこじれる事もなかった…。それは、理解されますよね?」
 宗介の質問に、どっと年を取ったような歩美の父親が頷く。
「では。貴男は、これを持って引退して頂きます。後任は、この池谷に任せます。宜しいですね?」
 宗介の意見に一言も、反論する事なく頷く。
「今回の黒幕も、マテリアルです。貴男の息子さんは、私共で引き取り、調査の後、官憲の手に引き渡す形になると思います」
 宗介の言葉に、大きく溜息を吐き頭を抱える。
「そして。当初の約束通り、この事件の引き金になったお嬢さんは、預からせて頂きます。恐らく、このままだと、取り返しの付かない事に成る筈ですから」
 この言葉に、初めて自分の娘が、単純に意識を失って居るのでは無い事を知る。

 ガバッと、頭を起こすと歩美を見、宗介に視線を戻す父親。
 コクリと真剣な表情で頷き、口を開く。
「恐らく。以前拉致された時に、もう暗示は掛けられていたのでしょう。今日、ここに来る前に、川に飛び込み、自殺を図りました」
 宗介の言葉に、ソファーから崩れ落ち、慟哭を上げる歩美の父。
「すまん…すまん歩美…愚かな父親を許してくれ…」
 歩美の父親が、苦悶の声で真実を語り出す。
「真由美が掠われて、貴方達に助け出されるまで、私も必死に成って、探していました。しかし、真由美を掠う手引きをした者が、家族だと知った時、身内の恥を晒すのを恐れてしまったんです…」
 床に踞り、泣きながら続きを語る。
「しかも、この馬鹿はあろう事か、まだ幼い歩美を連れだし。真由美が壊れていく様を見せつけて、居たんです」
 吐き出すように語り、震える父親。
「それでか…。これで、調書にあったデーターの不明点が埋まった。歩美が掠われた事実が曖昧だったのも、納得が行く」
 宗介が相づちを打つ。
「戻って来た歩美は、姉が陵辱され、兄と交わる様をその頭の中に焼き付けてしまっていました…。私は、友人の医者に相談し、記憶を封じたんです…」
 項垂れ、呟くように話し続ける。
「しかし、数年経って。歩美が思春期に入る頃から、その言動がおかしくなって来ました。傲慢さや我が儘な言動が目立つようになり、私はまた医者に診せたのです。友人は、記憶を押し込めた副作用かも知れないと話し、もっと大きな病院の治療を進めましたが…。浅はかな私は、軽く考え放置してしまったのです。結果は…、今回の事件を引き起こすまでの、物となってしまいました…」
 力なく踞り、自分の中の悔恨を絞り出す。
「解りました…状況から言って、お嬢さんの治る確率は、かなり低いと思います。取り敢えず、ここのテレビ電話を使って、専門家に診断して貰いましょう」
 宗介が父親に歩み寄り、肩に手を乗せ切り出した。
「池谷。準備は出来てるか?」
 宗介が話しかけると
「はい万端整っております。同時通訳ソフトが入っていますから、私の出番はないかと…」
 池谷が、奥にあるパソコンを指し示す。

◇◇◇◇◇

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