ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第2章 新しいボク1

 ― ネットカフェ


「プッハァ〜〜! 旨いっ!」

 日曜日の深夜、竜之介はバスルームを出てから、缶ビールを一気に飲み干した。

 初めて女装外出ができた達成感でかなり高揚している。

 胡坐をかく股間に一週間ぶりに解き放ったペ○スが乗っかるように納まっているのを目にすると、ホッとした気持ちに包まれていた。

 この2カ月の間、竜之介は家にいる間は必ず女性物を身につけ、女装して外出する時に備えて女性らしい所作で動けるように努めている。

 化粧やファッションはもちろんのこと、自分の姿をどこまで女の子らしく近づけられるかを追求するために、テレビの女性タレントの動作や、会社の同僚や街ゆく女性の仕草を観察し、女の子らしい身のこなし方を研究していた。

 歩き方や仕草は男女の違いは明らかで、研究していても面白ささえ感じるようになり夢中になっている。

 女性は腕を振らず、つま先を少し内向きに両足の膝がこすり合わされるようにして歩くのだ。 ヒールを履き、フローリングの上を行ったり来たり歩く練習していて、隣の部屋からうるさいぞ!とばかりに壁をドンドンと叩かれたことがあった。

 さらに最近は、トレーニングキットを購入して女の子の声を出すボイストレーニングまで始めている。

 元々、男にしては高い声質なのだが、レコーダーに録って聞いてみるとまだまだ人と会話出来るレベルには達していないのだが、いくつかの単語は自分で聞いても『おっ!?』と思えるような声が出せるようになっていた。

 ただ、ひとしきり”女性”を楽しんだ後で化粧を落とし、肌の手入れをしていると楽しく思う時もあるが、大概は煩わしく女の子の大変さが竜之介には身にしみてわかる。

「やっぱり、男のほうが楽だな。 ふふっ」

 しかし、その追求をやめる気はさらさらなく、いつものように股間の整形を施し、女の子らしい部屋着に着かえてパソコンに向かった。

――おっ?! ずいぶんコメントが入ってる!

 金曜の夜、勢い込んで車で遠くのコンビニまで出かけたものの結局車から出ることが出来ず、ほとんど車の通らない県道沿いの自販機の前で写真を撮るのが精いっぱいだった。

 その写真をブログにアップしていたのだが、『初外出、おめでとう』の言葉がたくさん寄せられている。

 それでも人前に出られなかったことには変わりはなく、怖気づいてしまった自分を竜之介は情けなく思っていた。

 リベンジにと、朝からバッチリとメイクをきめて、通販でしか買えなかった洋服や下着を自分で選びながら買ってみようと郊外のショッピングセンターへ車で外出した。

 しかし、たくさんの買い物客を目にすると、怖くて駐車場に停めた車から出ることが出来ず、いくつかのショッピングセンターをうろついた揚句、自宅マンションから少し離れたネットカフェで数時間過ごしてきた。

 当初の目的の買い物はできなかったが、竜之介は今日の成果にそれなりに満足していた。

 ネットカフェでの最大の難関、受付でのシーンを思い出しただけでまたドキドキしてきているのが竜之介には可笑しかった。

   ◆

「いらっしゃいませ〜」

 竜之介はネットカフェ・プレシオの受付カウンターに会員カードを差し出した。 明菜が忘れていったカードだ。

「お席はどうしますか?」

 若いアルバイトらしい男性スタッフがサービスメニューを差し出して竜之介の顔を見た。

――みっ、見てる、、、 ばれてない?、、、

 竜之介の心臓は、息苦しくなるほどに激しく鼓動を刻み、メニューを指し示す指は小刻みに震えていた。

「はい。 リクライニングシート席の3時間コースですね」

 コクリとうなずく竜之介を一瞥し、スタッフは手慣れた仕草でキーボードを操作し、印字された座席票を挟んだバインダーをにこやかに竜之介に手渡した。

「74番のお席へどうぞ」

 竜之介は、バインダーをつかみ、そそくさとカウンターを離れ、照度が落とされた薄暗い廊下を通って席に向かった。

   ◆

「ふぅ〜、、、」

 指定された74番のチェアに深々と身体を預け、竜之介は大きく息を吐いく。 動悸は少し収まってきたようだ。

――ばれてなかったよね、、、

 竜之介は店に入り、座席票を受け取るまでの店員の様子を思い返してみる。

 初めて竜之介を見た時も、カードを差し出した時も、利用コースを選んだ時も向けられた視線に不自然な感じはしなかったように思う。

――うん! 大丈夫。 店員さん、少しも変に思ってなかった! そうさっ。 ボクは喋んなきゃちゃんと女の子に見えるはずさっ

 思えば女装した姿で初めて人前に出るのに、受付という関門のあるネットカフェは相応しくはない。

――よく思い切ってここへ入れたもんだ。 ふふっ。

 竜之介は彷徨った幾つものショッピングセンターの駐車場で車から出ることさえ出来ない不甲斐ない自分を腹だたしく思っていた。

 諦めて家に向かって車を走らせている時に目にしたのが明菜と来たことがあるこのネットカフェだ。

 初めてこの店に来た時二人して会員カードを作り、そのカードを竜之介が持ったままだったことを思い出す。

 明菜に成りすませば、受付は通り抜けられる!と閃き、Uターンしてネットカフェに車を乗り入れた。

 予定外の思いつきの行動で、自分に苛立っていたからなのだろう、車のドアを開け躊躇せずに一目散に店の入口に向かったのがよかったのだろう。

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