ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作
■ 第2章 新しいボク4
竜之介は、先週女装外出した時に持っていたトートバッグを慌てて取り出し、中身を確認した。
「ないっ、、、」
メモリスティックは見当たらなかった。
――どうしよう、、、
ネットカフェでブログの記事を書き、保存したままパソコンから抜き忘れたようだ。
慌ててお店に電話してみたが、忘れ物としては届けられていないという返事だ。
竜之介は頭が真っ白になった。
――どこまで見たんだろう、、、 ゴメンナサイって謝るってことは全部見てしまったのかなあ、、、
メモリには、ブログ用の素材やログを一式いれてあった。
先々週に行った初めての上海出張の時に、ホテルでブログ更新するために作ったものだ。
トリミングやぼかしを入れる前の生写真が無数に入っている。
化粧をせずに撮った際どい下着の写真もある。
なによりヤバイのは、初めてタックをした時、そのシルエットが嬉しくて、全裸の姿を収めたものも入れていた。
素顔でウィッグも被っていないカットは、竜之介を知る人なら一目でわかるはずの写真だ。
それに出張の時の上海の現地子会社とのミーティングの風景や、観光した時のスナップがいくつか入っていて、会社のネームが入ったカットもあったはずで、拾った人が会社に届けたりしたらと思うと、すーっと血の気が引いた。
――堀口って誰なんだ、、、 男か? あっ、女だ! エリ、、、
メールアドレス通りならメモリを拾ったのは堀口エリという女性だ。
――堀口エリ、、、 堀口エリ、、、
仕事関係や身近にホリグチという名前の人間がいないか、頭を巡らせるが、思い当たる人物はいない。
竜之介が何より恐れるのは、女装趣味を周囲の人間に知られることだ。
――どうやって返してもらおうかな、、、 それとも僕のメモリじゃないってとぼけようか、、、
しかし、取り返さないことにはいつあの写真が世間に知られてしまうのか、ずっとビクビクして過ごさなければいけないことになる。
初めてタックをした時の裸の写真を思い浮かべると、どうしても取り返さないわけにはいかないが、その方法が思いつかない。
住所を知らせると、速水竜之介と女装子・たっちが同一人物であることを知られることになる。
店に渡してもらったら、店のスタッフが中身を見るに違いないし、受け取る時には身分証明証を見せろと言うはずで、これもまた竜之介と繋がってしまう。
会って返してもらうにしても、堀口の素性がわからないから会うこと自体が怖い。
――名前を名乗らないで取り返すには会って受け取るしかないか、、、
竜之介は思案の末、会ってメモリを返してほしいと堀口エリにメールを送った。
「ふぅ〜、、、」
堀口エリがどんな人なのか、竜之介の頭をマイナス思考が駆け巡る。
顔見知りだったらどうしよう?! 本当は男じゃないのか?! 会って脅されたりしないのか? 今度は考えるほどにメールを送ってしまったことを後悔しだした。
「えっ?! メールだ、、、」
受信フォルダに、堀口エリからの返信メールが届いていた。
「明日、、、 カフェ・ガレット、、、 あぁ、あそこか、、、」
メールには、明日の夕方、マンションから歩いて5分くらいのところにある喫茶店で会えるかと書いてあった。
「ええ〜っ、、、 明日か、、、」
メールの末尾に、『私は写真のあなたしか知らないし、あなたはあなたの男性の姿を私に知られたくないと思っていらっしゃると思うので、写真のような素敵な女性の恰好で来てくださいね』と書いてあった。
――女装して会うのかぁ、、、、
しかし、考えてみるとエリの言う通りで、竜之介が恐れているのは、速水竜之介とブログ「ヴィーナス&マース」の女装子とが同一人物であることを知られることなのだ。
勝手にメモリの中を覗かれたのは怒るべきことなのだが、素直にお店に届け出られていたらスタッフたちの餌食になっていたに違いない。
堀口エリはボクに気遣いを見せてくれているのだから、この人に拾われて良かったのかもしれないと思えてきた。
返信が届くまでは不安で仕方がなかったのだが、そう思い至ると待ち合わせを承知したと竜之介はメールを返した。
ブログを閉鎖しようかと思うほどに萎えていた竜之介の気持が、一気に蘇る。
――明日は、どの服着ていこうかなあ
クローゼットのカラフルな洋服を思い浮かべると、明日へと気持が急ぐ。
「ふふっ。 堀口エリも見てくれているんだから、更新しちゃおっと」
落ち込んでいた分だけ反動で気分が弾け、竜之介は急いでネットカフェの記事を書きあげ、ブログにアップしてベッドに潜り込んだ。
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