ボクの中のワタシ
羽佐間 修:作

■ 第4章 翻弄14

 竜之介には明菜に負い目がある。 浮気と勘違いした明菜に一言も弁明することなく、詫びることも許しを乞うこともないまま二人の関係は途絶えた。

 明菜を繋ぎとめようとしなかったのは、明菜との関係を続けるよりも女装をもっと楽しみたかったのだ。

 今さら本当の事を言っても明菜を傷つけ怒らせるだけだと黙していたが、竜之介が自分よりも”女装趣味”を選んだ事に明菜は気付いてしまった。

「セーター、脱いで!」

「こっ、こんなところで、、、 出来ないよ、、、」

「早く! でないとみんなに言いふらすわよ!」

――あぁぁ、、、 そんな大きな声を出さないで、、、

 屋上に響き渡る怒声に竜之介は怖気づき、しかたなく袖を片方ずつ、ゆっくりと抜きとる。

「恵理、、、 もう許してくれよ、、、」

 セーターの中で身体を縮こませて竜之介は懇願した。

「馴れ馴れしく呼ばないでって言ったでしよっ! 私より女装することを選んだんでしょ。 そのこだわりの女装姿、見てあげるから早く脱ぎなさいよ!」

「たっ、頼むよっ! そんなに大きな声を出さないでっ」

 階下にまで届くんじゃないかと思える程の恵理の大きな声に竜之介は縮みあがる。

――しかたがない、、、

 意を決し、セーターを手繰りあげて首から抜くと、すかさず明菜が乱暴にとりあげた。

「あっ、、、  やめてぇ、、、」 

 竜之介は素早く手で胸を覆い、ブラジャーとショーツだけの下着姿で床に跪いた。

 明菜はセーターを床に投げ捨て身体を小刻みに震わせながら、竜之介を見下ろす。

「気持ち悪いわね、、、 女の下着つけて何が気持ちいいの? 立ちなさいよ。 立ってその気持ち悪い姿をよく見せるのよ」

 竜之介はヨロヨロと立ちあがり、羞恥にまみれて下着姿を晒す。

「ふ〜ん。 詰め物で膨らんだ偽物のオッパイで女になったつもりなの?!」

 俯いたまま何も言わない竜之介に明菜は苛立ち「何とか言いなさいよっ! 何よ、こんなオッパイ」と叫び、竜之介の手を払いのけてブラジャーのカップを握った。

「あっ! 止めてっ!」

「えっ?! なに、、、 何なの、、、」

 一瞬、想像もしない手の感触に明菜はたじろぐ。 そして乱暴に竜之介のブラジャーをむしりとった。

 瞬時に竜之介はしゃがみ込み胸を隠したが、一瞬目に入ったあるはずのない竜之介の豊かなバストに明菜は眼を剥いた。

「たっち、、、 あなたって、、、」

 泣きだしそうな表情を浮かべて明菜はつぶやく。

「手をどけてっ! よく見せなさいよ!」

 一転、怒気を含んだ明菜の大きな声が竜之介を縮みあがらせる。

「わかったからっ、、、 わかったから大きな声を出さないでっ、、、」

――ああぁぁぁ、、、 恥ずかしい、、、

 竜之介は観念して、バストを隠していた手をゆっくりと外した。

 かつての恋人に見事に膨らんだバストをさらす、、、 身悶えしそうな恥辱に胸が張り裂けそうだ。

 ピンと張った乳房の先端に薄ピンクの小さな乳首がフルフル震えている。

「どっ、どういうことよ、これ?! 手術したの?」

 竜之介は首を振った。

「女性ホルモン?!」

 竜之介は小さく頷いた。

「え〜っ!? じゃあ、、、 貴方って女装が趣味じゃなくて、ホンモノの女の子になろうとしてるってこと?!」

 竜之介は思わず違うと首を振った。 しかし、明菜に自ら望んだ事ではないと言っても仕方がないし、言っても分って貰えるとはとても思えない。

 思い直してコクリと頷き、顔を伏せた。

 ところが、これが明菜の怒りを煽ってしまった。

「それってどういうことなの?! 頭にきちゃう! じゃあ女になりたいくせに私と付き合ってたのね、、、」

「ごっ、ごめん、、、」

「よく見てあげるわ! 出来そこないのオカマの身体をっ!」

「あっ、止めてっ!」

 怒りにまかせて明菜は竜之介のショーツを引き下ろす。

「きゃ〜っ! こ、ここも手術したのね?」

 明菜はタックで出来た平らかな恥丘をみて驚きの声を上げた。

「ちっ、違う、、、」

「違うってどういうことなの?!」

 明菜は股間に手を伸ばし、ア×ルの手前に飛び出すペニクリを付き当てた。

「あうっ、、、」

 思わず竜之介の身体がピクンと跳ねる。

 もう逃げ出したてしまいたいのだが、極限を超えた恥ずかしさは身体を痺れさせ身動きが出来ない。

「あっ! 何なのコレは、、、」

 指の先には亀頭からにじみ出た先奔り液が付着していた。

 明菜は竜之介の身体を反転させヒップをネオンの光に晒し、股間を覗きこんでその仕組みをやっと理解した。

「信じられないわ、、、 こんなにまでして女のふりをしたいの? そんなに邪魔なら早く切り落としちゃいなさいよ」

「ああぁぁぁ、、、 ゆるして、、、」

「あなたみたいな変態と1年も付き合っていたのかと思うと悔しくて仕方がないわ」

 怒りのためか明菜の吐きだす息は『ふぅ〜、ふぅ〜』と怒りを堪えているように震えている。

「ごめん、明菜、、、」

「何がゴメンよっ! 私の前で彼氏面しないでっ! 橋本さんが言ってたわ。 喋る声まで女の子みたいな声を出せるんですってね! さあ! 女の子の声で謝ってみなさいよ!」

「…………」

「うちの社長にバレたらアンタなんか絶対クビよっ! 私はアンタみたいな変態と同じ会社で仕事するなんてまっぴらゴメンだわっ! でも橋本さんは今アンタに辞められたら困るって言ってたから黙っててあげるっ! でもその前に私に謝りなさい!」

「…………」

「黙ってて欲しかったら女の子の声で私に赦しを請いなさい!」

「明菜、、、」

「違うでしょ! ちゃんと女の子の声で私に許してくださいって言うのよ!」

 怒りを口にすればするほど、女のプライドをズタズタに切り裂かれた明菜の怒りは増幅する。

「あぁぁ、、、 明菜、、、 ゆ、許してください、、、」

 竜之介は、懸命に女声で明菜に詫びた。 しかし明菜の前で”女声”を出すのは気が狂いそうに恥ずかしい。

「あっくぅ、、、 なんて声なの、、、」

 竜之介の口から発せられた軽やかな女声に明菜は目を見張り、その見事な女声に更に怒りがこみ上げてきた。

「アンタの服、階段の途中に置いておくわ。 誰かが通りかかってその恥ずかしい姿を見て貰えるといいわねっ」

 明菜は竜之介の身に着けていたものを拾い集めくるりと背を向けた。

「そんな、、、」

「私の姿が見えなくなるまでそのまま立ってなさい! 手は頭の上よ! そう! いいわね」

 振り返った明菜は強い口調で言い捨て、再び非常口に向かって歩きだし、服の一部をコンクリートの上に叩きつけた。

――明菜、、、

 竜之介は非常口の鉄製の扉が閉じた途端その場にしゃがみ込み、ネオンの光が届いていない建物の陰に這うようにして身を隠した。

   ◆

 屋上や階段に捨てられていた下着やセーターを拾っては身に着け、エレベータのあるフロアに向けて階段を降りる。

 踊り場から覗くと一番下のステップのところに最後の1枚のジーンズが置かれていた。

 竜之介は耳をすまして階下の様子をじっと窺う。 

 心臓の鼓動は苦しいくらいに早鐘を打っていた。

――いつまでもショーツ1枚のままでいるわけにはいかない、、、

 意を決して階段を駆け下り、ジーンズを掴んで踊り場まで駆け戻る。

 ジーンズに足を通し、身づくろいを整えて階段を降りると、ちょうどエレベータのドアが開く音がした。

「ひっ!、、、」

 意地悪そうな笑みを浮かべた橋本だった。

「ずいぶん遅いから迎えに来てやったぜ。 ちゃんとイヤラシイ下着姿、見て貰ったのか?」

「ひどい! どうして明菜に、、、 黙っててくれるって言ったじゃないですか、、、」

「前にも言っただろ。 元々お前の行動を怪しんでお前の部屋に出入りするのを見かけた女の素性を調べてくれって言ってきたのは明菜だ。  黙っててやろうと思ってたんだけど、あの女は誰?ってうるさくてなあ」

「…………」

「お前のせいだぞ。 お前、明菜とはちゃんと別れてないだろっ。 明菜はまだお前に未練タラタラだったろ?! ちゃんと諦めさせてやるのは振った男の役目だぜ。 だからお前の今の姿を見たらようやく目も覚めたことだろうよ。 なっ?! あははっ」

「……ひどい」

「安心しろ、竜之介。 あのサディスティックな女とどんな事してたのかは言ってないから。 女装クラブの仲間で、あれも男だよって言ってある。 今日のお前を見て信じたはずさ。 まさか自分でゲロッてないよな、竜之介?! あははっ」

 オフィスに戻るべく竜之介は橋本に肩を抱かれ、エレベータに乗った。

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