出会い
大門:作

■ 1

俺は小峰 隆一。
一昨年平凡な大学を卒業して、今ではそこそこの会社に勤める平凡なサラリーマン。
いつものようにラッシュアワーの満員電車に揺られていると、目の前の女子高生が明らかにその後ろに立っている男に嫌悪感を示しながら、体をもぞもぞと満員電車の中で動かしていた。
「痴漢か……」と思っていたが、変な正義感が働き、ちょっと出来た隙間に手を突っ込み、痴漢をしていた男の手を掴んで、女子高生と一緒に鉄道警察に突き出した。
会社に行かなければならないので、警察には状況説明だけをした後、またホームに戻ろうとしたときに、被害者の女子高生に呼び止められて、小瓶を渡された。
「お礼です。」と言われて、手渡され、耳打ちされるように「彼女に使ってみてください」と言われた。
俺は女子高生の名前も聞かずにとりあえず御礼だけして、また電車に飛び乗った。
電車に乗る前は小瓶の中の液体は気にしてなかったが、電車に乗ってしまうと気になりだしてしまった。
「彼女に使ってみてください……か……」
と言っても、俺に彼女はいない……。
「う〜〜〜〜ん、まあ、使うときまでしまっておくか……」と思いながら、結局かばんに入れておいた。
仕事は現在携わっているプロジェクトの締めが近いので、忙しくあっという間に時間は経ち、小瓶のことは忘れてしまった。
思い出したのは、帰りの電車に乗ってからだ。
「とりあえず、また明日(女子高生に)会うかもしれないから、直接聞いてみるか……」
翌朝、いつもの電車に乗るが女子高生はいなかった。
「痴漢にあったから、電車変えたのかな……」と思いながら、また2,3日経っても現れなかった。
そのうち仕事の締め日までのギリギリの作業が続き、小瓶のことはたまに気になっている程度になっていた。
小瓶のことは誰にも話せず、というか、話すほど気にならなかった。
ところが、無事にプロジェクトは成功し、ほっとした後も、女子高生に会うことはなく、仕方なく試してみることにした。

隆一はプロジェクトで終電が続いて、久しぶりの定時での帰路に、幼馴染の由美子の携帯にメールをした。
『今日、飲みに行かないか?』
由美子は隆一とは恋愛関係にはないが、幼馴染の間柄で何でも話せる仲だ。
数分後隆一の携帯に、由美子から『いいよ!! じゃあ、地元にもうすぐ着くから改札で待ってるね!』と返信が来た。
隆一は自分の最寄り駅に近づくたびに、小瓶の事を考えて、好奇心と由美子に対する何か罪悪感みたいなものの狭間にいた。
最寄り駅に着く頃、隆一は決意したようにかばんに手を入れて、小瓶を取り出し、スーツのポケットにしまった。
駅に着いて、電車が止まるまでの間ポケットに手を入れて小瓶を握り締めていた。
改札で小柄な由美子を発見すると、隆一は一瞬戸惑ったが、勤めて笑顔を見せた。
久しぶりに会う由美子は大学を卒業してから、一般企業のOLとして、社会人に染まり幼馴染の目から見てもどんどん綺麗になっていた。元々派手な顔の作りをしており、昔から周囲の憧れの的だったが、隆一は特別変な感情は抱かなかったので、今までも友達関係が続いていた。
それでも、街中で注目される幼馴染を連れて歩くのは彼女がいない隆一にとっては、ちょっとしたステイタスになっていた。
1件目にいつも行くお好み焼き屋に行き、お好み焼きと酒を楽しみ、隆一の提案で2件目にカラオケに行く事にした。
隆一はカラオケに向かう間、スーツのポケットにたまに手を入れて、小瓶を握った。
2人でいるので、狭い個室に通されて、酒を注文するが、酒に強い2人は2杯目からはめんどくさいのいつも安い焼酎のボトルと氷だけを頼み、ロックで呑みながら、カラオケをボトルが空くまで楽しむのが、常だった。
その由美子の姿を見ている隆一は由美子に対して、特別な思いが湧かなかった。
由美子もそういうことが平気で出来るのは隆一の前だけで、他の男と2人で行くときは基本的にはカクテルかちょっと高めの焼酎のロックをグラスでちびちびと飲んでいた。
2人の間には幼馴染という思いしかなかった。
その由美子が途中でトイレに立ったときに、隆一は意を決して、小瓶の蓋を開けて、付いていたスポイトで中の液体を3滴ほど由美子のグラスに垂らした。
無色透明で無臭の液体が焼酎に混ざっていた。
隆一はカラオケよりも由美子の様子が気になっていた。
珍しく由美子の顔が赤くなっているのが、分かった。
由美子は基本的に酒を飲んでも顔には出ないタイプで隆一でも由美子の顔が赤くなったのを見たのは、中学のときに好奇心から飲んだ時くらいだった。
そして、隆一が歌っている間に由美子は席を立ったかと思うと、個室の電気をかなり暗くして、ムードを盛り上げようとしていた。
「由美子、どうしたの?」と隆一が思わず聞いた。
「う〜ん、ちょっと分かんない……」と言いながら、隆一を見る由美子の目は少し女を感じさせていた。

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