拾った女
横尾茂明:作
■ 記憶の目覚め4
簡単な食事で朝をすまし…鎌倉までドライブに出かけようと女を誘う…。
女は昨日買ったボーイッシュな洋装を鏡に映して先程からはしゃいでいる。
スニーカーを履いて、前鍔の大きい帽子の中に長い髪を隠すと…可愛い少年のようにも見え、新しい側面が発見できた…。
車庫から買って間もないベンツを引き出す…。
紅葉が見れるだろうかと雑談しながら軽快に車を飛ばしていく…。
鎌倉に着いた時は1時を回っていた…駅のロータリー横に車を駐車しブラブラ散策し昼食をする…。
食事を終え歩き出した時…女が立ち止まり、周囲をきょろきょろと覗う…。
「ここ…知ってる…」と声にならないつぶやき洩らす…しして頭が痛いと訴えた…。
暫く休み…鶴岡八幡宮に向かう。
歩きながら…暑くもないのに異常に汗をかいているのを怪訝に思う…。
また女の態度が少しずつ変わり始めていることも気づいていた…。
女は寡黙になった…。
八幡宮の蓮池のベンチに腰を下ろす…女は黙ったまま何かを考えていた…。
俺の胸の内で急速に不安が膨張していく…。
もう1時間近く黙って俯き…時折俺の顔を覗いては悲しい顔をする…。
「どうかしたの…」
問いに…女は無視して横を向いた…。
その態度は…もう他人の素振りのように剛には思えた。
俺は立って歩き出そうとするが…女はいっこうに立つ気配を見せない。
「オイ! 行くぞ」と声をかけたとき…女は何か言いたそうな顔で立ち上がった…。
女は暫く考え…言葉に窮したように「あのー…おトイレに…」と言った…。
そして駆け出すように俺の顔も見ず…横を走り抜けた…。
女は蓮池と反対の参道を横切り…一旦止まった…
そしてゆっくり振り返り、俺を暫く見ていた…。
女は悲しそうに泣いていた…そして俺に向かってお辞儀し辻に消えた…。
俺はまたベンチに座った、そして女の消えた辻を見つめている…。
紅葉は散り始め…辻を黄の色が埋めている…。
もう二度と戻ってこない事は分かっていた…
でも俺はそのベンチを立つことが出来なかった…。
涙が急激に溢れてくる…喉奥から慟哭の様な呻きが洩れる…。
この悲しみにどう耐えればいいのかと…陽光の明るさに対比して思う…。
もう辻の風景が…揺らいで見えなくなり…黄色の世界が視界の全面に広がっていった。
終わり
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