人妻の事情
非現実:作

■ 妻である私は6

あの日はさすがにこのまま帰る気にもなれず、夫には嘘を付いて実家に帰ると言い残した後で別の駅前のホテルに泊まった。
女性用のビジネスホテルに入るのは初めての事。
少々出費がかさんだが、あんな事をされたホテルには居たくなかったのだ。
その日も泣いて泣いて泣き疲れて、いつの間にか眠りに付いていた。
10時前の「最終チェックアウトですので……」と遠慮がちに言うホテルの人の電話が来るまで、全く気付かなかった。
酷く疲れている…… …… ……。
軽い微熱を帯びたような風邪の初期症状に似ていて、起こした身体はだるくて重かった。
入念にシャワーを浴びて着込んだ室内に用意されている真新しいパジャマは、ジットリと私の寝汗を大量に含んでいた。
悪夢を見た記憶はないが、身体が例の一軒を記憶してい……いや、それを考えるのを止める。
あれは寧ろ悪夢であっていい、そう自身に言い聞かせる。
(そうよ、あれは悪夢なの)
私はパジャマを脱ぎ捨て、シャワーで穢れを拭い落とす。
最終チェックの10時まではあまり時間がない、それでも入念に……ボディソープの香りが身体に染み付くまで何度も何度も荒い続けたのだった。


最終チェックの事もあり、ギリギリまで居座った私は追い立てられるように外へと放り出された。
朝10時過ぎ通勤や通学の忙しい人達がなくなり、少しのんびりムードとなった駅構内にポツンと1人。
この時間であれば主婦は家事でてんてこ舞いの時間帯であり、実際昨日までの私はまさにソレである。
時折吹く強い風邪が少し寒い。
(あ、そうだ下着買お……ついでに服もいいのあったら……)
今のいでたちを思い返し、このままで家に帰るのは気が引いた。
私は繁華街へと続く反対側のホームへと階段を下りる。

   ・
   ・
   ・

「お帰りなさい、アナタ」

エプロン姿で旦那様を迎える私は、否応にも人妻。
無言で手を差し出すと、夫も無言で鞄を差し出す。
それは、いつものやり取り。
スリッパに履き替えた夫の「後ろ」を眺めながら歩を進める。
背広からは「疲労困憊」という文字が見えるようだった。

「風呂……先に良いかな」
「え、ええ、準備出来てるから入って」
「……ああ」

そのまま夫は脱衣所に入って行き、それを見届けた私は鞄を寝室へと運ぶ。
それはホントにいつもの光景。
ただ、ただ……ただ、一つ違うとしたら…… …… …… …… ……。

私は、私の身体は、下半身が、極普通の主婦が穿いているであろう地味な下着の中が…… ……。
夫がお風呂に入って、勢いよく湯船のお湯を身体に当て流している音、髪を洗っている音。
夫が好きな食べ物である餃子を焼きながら…… ……私はお風呂での音に気を取られていた。
…… ……やがて夫が身体を洗い流し終えて、脱衣所でパジャマを着る音と、ジュージューと良い感じに焼きあがってきた餃子の音。
妙な気分になる。
(何考えてるのよ、私っ!)
今は愛の詰まった料理に集中、反面が良い具合に焼けた餃子をひっくり返す。
(ん、巧く出来た♪)
身体に刺激が同時に走る。
(っえ!?)
無意識にもだ……私は下半身の股関節に…… ……グリルの角を押し付けていたのだった。
(んゆぁ、ウッソ!!)
慌てて下半身を離て、その経緯を考える。
刺激なんて欲しくない……筈。
私はこの世で一番愛している旦那様に……餃子をただ焼いているだけ。
たまたま、下半身が当たっただけなのよ、ね。
自身に言いかせて、私は密かに下半身をなぞった。
主婦が穿くような、地味な下着の上から指をなぞったのだった。
(!?)
片方のフライパンを持つ手が止まった。
(ンぇ……う、ウッソでしょ……)
なぞった手の指を目視すると……。

それは、それは確かに濡れていたのだった。

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