母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 突付けられた罰2

 龍一に、まさみを疑ってる様子は見えない。女に馴れ馴れしいのはいつもの事だ。しかし、それが自分の家族に対してだと耕平も良い気分はしない。
(どうしてもっと拒まないんだ!?)
 耕平には、まさみの龍一に対する態度が気にいらなかった。気まずい顔をするが、拒む言葉や仕草を見せない。龍一はまさみを引き寄せると、耳元で何かまさみに話をしている。まさみは何も答えず、ただ瞳を閉じ俯いた。

 耕平がチラッと視線を向けると、龍一の手がまさみの背中を通り胸の下に宛がわれているのが見えた。
(えっ?)
 視線を上げ顔を見ると、まさみの顔がどんどん赤くなっていく。視界の下端では、龍一の手がもぞもぞと動き、まさみの大きな肉球をたぷたぷと上下に揺らしていた。
(んっ? あいつ、まさみの胸を揉んでいる?)
 耕平は驚き視線を外す。及川と柴田もそのことに気付いているみたいだ。口も止まり、視線が正巳の胸に釘付けになっている。
 再びまさみの胸元に視線を移す。そこには、胸元を盛り上げる肉球を握り潰している龍一の手がしっかりと見て取れた。

 龍一の傍若無人な行動に耕平は、激しい怒りが湧き上がってきた。抵抗しないまさみの態度にも、憤りを覚える。居ても起っても居られなかった。
(まさみに何をするんだ! まさみもどうして抵抗しないんだ?)
「龍一、ちょっといいか?」
 耕平は、龍一を廊下に連れ出した。

 リビングへ続くドアが閉まるのを確認して、耕平は龍一に詰め寄った。
「おまえ。俺の従妹に何するんだ!」
 龍一の胸倉を掴み問い質す。
「従妹?」
 龍一は、とぼけたように視線を上方に逸らす。
「ああ、俺の従妹に……、まさみに何してたんだ」
「ふんっ、従妹ねぇ……」
 龍一は、意味あるげにふんっと笑った。

 耕平のただならぬ険しい表情だったのを心配したまさみが、二人の後を追って廊下に出てきた。まさみが来たのに気付いた耕平は、慌てて胸倉を掴んでいた手を離す。
「まさみちゃん、いやっ、星野奈緒って呼んだほうがいいのかな? それとも、耕平のママって呼ぶのが良いのか?」
 龍一は、まさみの方を振り返りサラッと言った。
(えっ!?)
 耕平は驚きに声を失った。

「ぜ、全部知られてるの……」
 まさみは俯いた顔を曇らせ言う。
「耕平君とのことも……」
(俺とのこと……)
 耕平の顔から血の気が引いていく。耕平にも、まさみの言う意味がすぐに判った。あの日のことを言っていると、バスルームでの出来事だと言うことが……。
「世間が知ったら、どうなるかな? 奈緒ちゃん、もうここには住めないだろうな」
 龍一は狼狽する耕平の顔を見て、勝ち誇ったように言った。
「いやっ……」
 声を上げたのはまさみだった。わなわなと震える弱々しい声だった。
「ねっ、耕平君、我慢して? わたし、耐えるから……」
 まさみは、涙ぐんだ瞳で耕平を見詰めた。

「お前、俺が星野奈緒のファンだと知ってたよな。知っててバージンの奈緒を抱いたのかよ。ひでえ話だな」
 耕平は、龍一の言葉に何も言い返せなかった。全て本当のことなのだ。
「お前には罰を受けてもらうぜ」
 立ち竦む耕平の顔を覗き込み、龍一は台詞を続けた。
「罰って、何をしようって言うんだ」
 佇んだまま答える耕平に、龍一はちゃらけて言う。
「オヤジさんにばらしちゃおうかな?」
 耕平の顔が、どんどん蒼ざめていく。
「やめてくれ……」
 耕平は喉に詰まる言葉を、必死で吐き出した。
「自分の嫁さんを、処女の新妻を、息子が先に味見したって知ったらオヤジさんどう思うかな?」
 龍一の言葉が、耕平の身体にグルグルと巻き付いてくる。言葉に拘束され、ただ立ち竦むことしかできない。

「やめて! そんなこと先生に知られたら、わたし、ここにいられない……」
 まさみは、龍一に懇願した。まさみの今にも零れそうなほど涙を湛えた目が、逆らわないで欲しいと必死に耕平に訴えかけている。耐えるように無言の訴え掛けが耕平に突き刺さってくる。いやっ、耕平自身も知られたくないことだった。親子二人で過ごしてきた十二年間が、無意味なものになってしまう。今の幸せな生活が、父親とまさみとの生活が崩れ去ってしまう。
「秘密にしてくれ……」
 耕平は、小さな声で龍一に言った。
「ああ、いいぜ。秘密にしといてやる。その代わり、俺のすることに口出しするんじゃねえぞ。いいな、判ったな」
「くっ!! ……」
 耕平の唇から、くぐもった呻き声のような息が吐き出された。

「お前にいいDVDをやるぜ。ほらっ!」
 龍一はリビングに戻る際、耕平に一枚のDVDを差し出した。耕平は何も考える余裕が無かった。渡されたDVDを、無意識のまま受け取った。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊