母はアイドル
木暮香瑠:作

■ 不幸の包囲網1

「耕平君、ちゃんと朝ごはん食べてね」
 まさみは外出の用意をしながら、起きたばかりの耕平に言った。
「オヤジは?」
「もう出かけたわよ。耕平君も早くしないと……、遅刻しちゃうよ」
「ああ……」
 耕平は、テーブルの上のトーストに手を伸ばした。
「今日からドラマの撮影、始まるの?」
 近々、新春に始まるドラマの撮影が始まると聞いていた。今春ヒットした恋愛映画の続編が、テレビドラマ化されるという話がテレビでも話題になっていたし、そろそろ撮影に入るとまさみからも聞いていた。
「撮影はまだ。でも、今から番宣するんだって。一応は新人女優インタビューってことなんだけど、ドラマの話しも出るみたい……。テレビ局も力入れてるみたい。映画の評判がよかったから……」
 耕平の瞳に、まさみのはつらつとした笑顔が映る。
(やっぱり仕事好きなんだな。それに……龍一の所に行かなくて済むし……)
 まさみが龍一に呼び出されるのは昼間に限られていた。龍一にしても、まさみの家庭を無理やりに壊す気はないみたいだ。先生が帰ってくる時間までには、まさみはいつも解放されていた。自分の力で、セックスでまさみを振り向かそうとしている。女に持ててきた龍一のプライドがそうさせているのだろう。仕事をしていれば、龍一から呼び出される不安から解放される、そんな思いがまさみを元気にしているのかもしれない。耕平自信のことでもないのに、何故かほっとする自分がいた。

「鍵、ちゃんと閉めてね。朝食、ちゃんと食べてね」
 まさみの声が玄関の方から聞こえる。
「ああ、ちゃんと食べるから……」
 耕平はまさみを安心させるよう、玄関に向かうまさみに聞こえるよう大きな声で答えた。
 ドアが閉まる音がし、まさみが出かけたことを告げる。
「録画でもしておくか……。まさみの仕事……真剣に見たことなかったな……」
 耕平は、ビデオデッキに予約を入れた。



 家から一本外れた道路で待っていたマネージャーの車に乗り込み、テレビ局に向かう。
「奈緒、どうだ? 大変だろ、年上の息子がいる母親なんて……。結婚なんてイヤになっただろ」
 マネージャーの田中は、まさみに嫌味たっぷりに訊ねた。いまでも、まさみの結婚を認めていない。会社からは、同棲するこの一年間の間に結婚を諦めさせるように言われている。合うたびに言われる苦言は、そのたびにまさみを反発させた。
「そんなことないよ。耕平君も優しいし、先生もわたしを愛してくれてるし……」
 まさみは、力強く言い放った。
「お前、まさか約束を破ってないだろな。同居は認めてるが、結婚はしていないんだ。あの先生と関係は持ってないだろうな」
「関係? セックスのこと……。してないよ。先生も一年間我慢しようって言ってるし……」
 まさみの表情に影が射す。先生とセックスはしていない。本当のことだ。どんなに望んでも、先生がそれを許さない。しかし、現実はセックス浸けの毎日を送らされている。望む交わりは許されず、望まざる性交を受け入れている自分が辛い。まさみは、そのことを気付かれまいと視線を窓の外に移した。
「今日のインタビューの台本だ。余計なこと喋るんじゃないぞ、生放送だからな。まあ、プライベートなことは訊かないことになってるから……」
「判ってる」
 まさみは、台本を受け取り目を通した。台本といっても、インタビューの段取りを書いてあるだけの簡単なものだ。インタビュアーが訊ねる質問と順番を書いてあるだけだ。
「しっかり考えて喋れよ、イメージを壊さないよう……」
 マネージャーの小言を聞き流しながら、車はテレビ局に向かってビル群の中を駆け抜けていった。

「奈緒ちゃん、元気? 綺麗になったんじゃない? 恋でもしてる?」
 テレビ局では、みんなが親しげに挨拶をしてくる。一度合っただけのプロデューサーでも、もう何十年も前から付き合いがあるかのようにヅケヅケと人の心に入ってこようとする。
「おはようございます」
 まさみは、少しの笑顔と挨拶をして打ち合わせルームに急いだ。

 打ち合わせも終り、出番までの休憩を控え室で摂っていた。出番までは、まだ暫くの時間があった。
「ちょっとトイレに行ってきます」
 まさみは、控え室を出てトイレに向かった。本番前のいつもの習慣だ。緊張を解すためと、もしものことがあってはならないという気遣いだ。

 廊下の角をトイレの方に曲がると、まさみの瞳が見開かれた。
「!?」
 会うことのないと思っていた、良く知った人物の顔がそこにあった。
「ど、どうして? どうしてここにいるの……?」
 そこにいたのは、龍一と龍彦の小林親子だった。
「俺たちがここにいるのがそんなに珍しいか? 俺もマスコミの世界の隅っこには属してると思ってたんだがな。……テレビ局にも知り合いは多い方だぜ」
 龍彦は皮肉を込めそう言うと、口元を吊り上げ嫌味に微笑む。
「こんな所で喋ってたら人目につく。こっちに来な!」
 龍一がまさみの手を取り、トイレの個室に引き込んだ。
「なっ、何をしようとしてるの? ここじゃあ、よして! これから出番なの……」
「判ってるんなら、パンツを早く脱ぎな。お前のビデオをテレビ関係者に配ってもいいんだぜ。お前のファン、テレビ局にも多いそうじゃないか」
 龍一は、DVDディスクをひらひらと振って見せる。
「うっ! 卑怯者!!」
「大きな声を出すと、誰が来るか判らないぜ。誰か来たら、俺たちの関係を説明しないといけなくなるぞ」
 まさみは唇をギュッと噛み、二人をキッと睨んだ。
「怒った顔も可愛いな。さすが、注目の若手女優だ。それより、時間がないんじゃないのか? 俺たちは暇だからいいんだが……」
(うっ! 早く戻らなくちゃ……。本番に間に合わなくなっちゃう……)
「毎日チ○ポを咥え込んでるオマ○コだ、今日も咥えないと調子が狂うだろ?」
(ううっ、ひどい……。本気なの? こんな所で……)
「早くしねえか! お前が脱がなければ、無理やり俺たちが脱がしてもいいんだぜ」
 まさみはスカートの中に手をいれ、ショーツに手を掛けた。そしてゆっくりと下ろしていった。

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