古豪野球部、エースは女子?
でるた:作

■ 6

「堂島。ケッサクだぜ! 似非ヤンキーが」
 卓は視線を凝らした。もう一つの人影が卓と田淵をじっと見据えているように感じられた。玄関の扉から見て一番奥まった場所にレールを滑るスライド式のガラス窓が二枚あり、窓際にパイプ机があった。机上には男が胡坐をかいていた。男はずんぐりむっくりした体形で、顔はやにっこく、頭はスキンヘッドだった。男は胸元がはだけたワイシャツに、黒っぽい制服のズボンを穿いていた。男はミテクレにそぐわない身軽さで、ひょいと机から身体を降ろすと卓に向っていやらしく笑った。男の身長は180cm前半はいっている。
「俺達の後釜候補の中坊か?」
「波多さんも来てください」
 卓が返答に当惑していると、またも田淵が卓の背後から声をあげた。
 波多長治(はた ちょうじ)は、げんなりした顔をみせながら卓と田淵に向ってどしどし歩いていく。ヒグマのように大柄な波多の体躯に存在感を圧倒されながら、卓は引き下がらずに唾をごくりと嚥下した。
「白けるぜ。今、ちょうどいいところなのによ」
 波多は力強い平手で、卓と田淵の身体を強引に扉の外へ追い遣った。ついでに、開け放たれた扉のノブを握って、瞬く間にバタンときつく扉を閉める。
「あと、数分でいく。外で待ってろ!」
 閉め切られた扉の中から、波多が声をあげた。そして堂島らしい男の下品な笑い声も混じる。
「あっあん! う…っ。あ、ああ!」
 間も無く、部屋の中から女の喘ぐような息遣いと嬌声が鳴り出した。

 扉から離れて、卓と田淵はその脇にある壁に並んで背中から凭れ掛かった。黙りこくる雰囲気の中、田淵は横目で卓を見た。
「あの二人を知っているか?」
 卓は項垂れた。
「知っています。高校野球雑誌で紹介されていました。
県内指折りの豪腕、球速MAX144キロの堂島昭良。
そして驚異のスラッガー、通算本塁打45本の波多長治。
二人とも超高校級の逸材と書かれていました」
 田淵は視線を虚空に外した。
「お前は、あの二人を敬慕してこの学校を選んだのか?
だとしたら、失望したか? 優れた選手が優れた人格をもっているとは限らない。
それは幻想に過ぎない。
大概の奴は、まず自惚れる。あいつらは、まだそこから目覚めていないんだ」
 卓は弱弱しく首を振る。
「俺はそんなんじゃありません。
スカウトにくる監督の中で、蠣崎さんが一番俺の能力を買ってくれた。
それが理由です」
 田淵はふんと頷いた。
「監督は随分お前の才能を買っているようだ。
お前をここに呼んだのだって、堂島と波多のような狗賓を初心に立ち返らせるいいクスリと思ってしたことだろう」
「買い被りですよ」
 卓は苦笑した。しかし真剣な田淵の横顔を見ると、表情を止めた。
 田淵は構わずに話し出した。
「そういえば、ここにくる途中に野球部の表札が掲げられた扉があっただろう。
あそこが、本当は野球部の部室で、お前が見たのは特Aクラスの野球部員専用の部室だ」
 卓は、自身がその部室の利用者に抜擢されることを悟って話題をふった。
「あの。部室に女の人がいたみたいなんですが」
「ああ。あれは俺達野球部のマネージャーだ」
「ええ!?」
「俺達の野球部ではマネージャーは、レギュラー選手、特に特Aクラスの主力選手の性的欲求を満たすための捌け口として機能している」
「彼女達は了承しているんですか!?」
「さあな。噂では、女達は監督や部員達に何やら弱みを握られていて、詮方なく野球部の意向に従順なんだとか。もちろん単なる醜聞かもしれないが」
「本当だったら、かなり不味いですよ」
「そうだな。でも仮に事実だとして、その不祥事をお前は高野連に密告できるか?
これだけ大きなものになると、高野連の下す処遇は、対外試合禁止処分程度の生易しいものじゃ済まないぞ、野球部の廃部も視野に入れないとな。
その途端、この豊水野球部全員の甲子園に出場するという夢がたたれる。
中には不祥事に一切関与していない部員もいるだろう。だが高野連がとる処罰は連帯責任を基調としている。関与の有無はこの際関係ないんだ。
お前は、そいつらの無念さを背負っていけるのか?」
 卓は唇を噛んだ。
「見過ごせと言うんですか?」
 田淵は溜め息をついた。
「ああ。そうだ」
 田淵の返事の後に、特待専用の部室の扉が相変わらず軋みながら開いた。中から野球ユニフォームを着た堂島と波多があらわれた。二人とも満悦の表情をしている。
 反射的に、卓は先程までおかされていただろう女子マネージャーのことを想った。無理やり性処理の傀儡にされてしまっているとすれば、それは不憫以外の何物でもない。
 卓にはいつしか、堂島や波多に対する闘志が漲っていた。俺が豊水野球部の双璧である堂島、波多の鼻っ柱をへし折り、この野球部を一新してやる、と。

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