黒い館
けいもく:作
■ 5.鞭と隷属2
「両手をベッドの端に、一本ずつくくられて、動けないようにされてから、火を点けたローソクの蝋を落としていくの。上半身ね、だいたい胸のまわりに落とされるけど。添い寝していると、胸の位置が1番落としやすいでしょ。たとえ手をくくられていても熱いものだから、なんとか逃れようとするわね。足をばたつかせて、身体をのたうたせて、そんなときでも女の身体って、柔らかく揺れる乳房が1番エロティクな動きをするって。女の身体の部分で1番見もだえを伝えてくれるのが乳房。だから乳房を狙ってしまうのだって」
わたしは、裕美さんがなぜ突然そんな話しをするのかと思いました。
「でも、それはあくまでも、お館様の個人的趣味。鞭で打つような厳粛さはないの」
言っていることもよくわかりませんでした。
「わたしたちが、お館様とセックスをするのは夜だけなの。昼間にお館様がしたくなれば、口で受けるとか、愛子さんだと胸の谷間で受けているけど、それは単なる気まぐれ、もちろん、わたしたちは、要求されたように身体を提供しなければならないのだけれど、おやかた様から見れば、とりあえず、私の口に入れていたものを私に飽きれば、亜紀ちゃんの口に入れかえればいいというだけのことなのよ」
「でも」と思いました。今朝、お館様と香子さんが見せた情念の絡まるような、肉体の戯れ、もてあそぶ者ともてあそばれる者と一方的な間にも垣間見せた心の深いつながり、あのせつなさは、お館様の性器を香子さんの口から、愛子さんの口に入れ替えれば、潰えるようななまやさしいものではないという気がしました。
真菜ちゃんのとった姿勢は、身体中どこでも鞭で打つことが可能な姿勢でした。もちろん、真菜ちゃんはこの館で決められた姿勢を作っただけでしたが、そこには、真菜ちゃんの大いなる覚悟と決意が隠されていました。
実は、真菜ちゃんもこの館で何度か鞭打ちを体験しているのですが、それは背中やお尻だけで胸や腹部は打たれたことがなかったのです。
でも今までは、それだけでも十分な苦痛で、それ以上のことに耐える自信なんてありませんでした。あるいは、泣きはらした顔を見ると、お館様もこれ以上は、無理だと判断したのかもしれません。
だけど、愛子さんや香子さんが胸のふくらみを鞭打たれる時にみせる、脅えと苦悶の表情、悲鳴、泣き声、背中を打たれる時と比べようもありませんでした。
そして、今の真菜ちゃんには、ある実感ありました。それは、身体中に漲る勇気、気迫、自信でした。
3日まえに郵便で送られてきた通知でした。もちろん、真菜ちゃん自身の1年間の努力の賜物でしたが、お館様、裕美さん、香子さん、愛子さんそして亜紀ちゃん、みんなに支えられて成し遂げる事ができたことも忘れていませんでした。
感謝の気持ちと言うのか、『成長したうちの姿を見てもらいたい』と思いました。
『今日、もしうちも愛子さんや香子さんみたいにおっぱいを鞭で打たれても、絶対耐えちゃる。博多女の意地ばみせちゃる』ふるさとの訛りでそっとつぶやきました。
そして身体のどこかに必ず襲いくる鞭の痛さを待ちました。
お館様の微妙な息遣いの変化は、ためらいを振り切るための決意の表れだったのかもしれません。お館様の本音は、真菜ちゃんのきれいな身体に鞭をふるうなどということはしたくなかったのだと思います。
しかし、鞭は真菜ちゃんの身体を的確に捕らえました。ただ、それは胸ではなく、背中に振り下ろされていました。
真菜ちゃんは、一瞬前につんのめったよう格好になりましたが、気丈にもとの背筋を伸ばした体勢に戻し、大きな声で「1」と数えました。
どうやら館では、回数を数えるのは、鞭を打たれる女性の役目のようでした。「2」「3」「4」「5」お館様の鞭は、同じところを同じ強さで精密機械のような正確さでした。
そして、真菜ちゃんが、精一杯胸を突き出しても、そこに鞭がとんでくることはありませんでした。
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