狂牙
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■ 第2章 ゲーム28

 そしてもう1つは、俺の家に近過ぎるって事だ。
 俺達が女を犯してるって、秘密を共有してるヤツ以外に知られたら、それこそ大事になっちまう。
 勿論、俺がこの女と一緒にいる所を見られても同じだ。
 この女は、ここら辺じゃ有名に成りすぎてる。
 こいつのやっている事も、大方の人間が知ってて、最近では近くに寄るのも苦労する。
 俺にはそれなりの社会的地位ってヤツと、どうでも良いが家庭もあった。
 それを、ぶち壊すリスクは、避けたかったんだ。

 俺はそんな事を考えながら、馴染みの店に足を向ける。
 馴染みと言っても、古くから知ってる訳じゃない。
 俺がその店に通い出したのは、7〜8ヶ月前からだ。
 接待で客を宿に送り出した俺は、1人で駅に向かってブラブラと歩いていた。
 その界隈は、2年程前ヤクザの抗争があった地区で、一夜にして全滅した筈の組が、あっと言う間に覇権を握り返したという、あまり俺達サラリーマンには向かない場所だった。
 俺は勿論そんなややこしい場所で飲むつもりも無く、駅への近道だから歩いていただけだった。

 そんな俺の前を1人の女が横切り、細い路地に消えて行く。
 俺は普通なら、そのまま歩いて駅に行くんだが、その前を通った女が、普通じゃなかった。
(おいおい…。何だ今の女…。半端ねぇ色気じゃねぇかよ…)
 俺の目は女が消えた扉に、釘付けに成った。
 丁度俺の立って居る場所から、辛うじて入り口が確認できる店は、場末のスナックだった。
 後1mも俺の位置がずれてたら、そこに店がある事すら判らない、そんな場所にその店はあった。
(まるで、隠してるみたいな店の作りだな…)
 俺はフッと興味を引かれて、路地に入って行く。

 店の前に立つと、看板も出て居らず、扉に[SEASON]とレリーフが付いているだけだった。
 俺は首を傾げながら、ドアノブに手を掛けると、中から扉が開き
「あら、いらっしゃい…。初めての方…、ですよね…?」
 先程店に消えた女が、俺に向かって問い掛けて来た。
 女の子の手には、鎖で吊られた[OPEN]の看板が下がっている。
 俺は自分の記憶を探り、確か夜の11時を過ぎていた筈だった事を確認して
「この店は、今から?」
 女に問い掛けた。
「えっ! あこれ…。ママが着けるの忘れてたみたいなの…。お客が来る訳無いわよね…」
 女は、ニッコリと微笑みながら俺に説明し、看板を扉に掛けて俺を店に招き入れた。

 女は年の頃は、22〜3歳だが、凄まじい色気が有り、スタイルは抜群でかなりの美人だった。
 そして、俺は女に誘われるまま、店の中に入り呆然としてしまう。
 店内はカウンターに10席程のスツールとボックス席が2つ有る程度の、こぢんまりとした店だった。
 店には客が1人も居らず、スツールにドレスを着た女が3人座り、談笑している。
 俺の気配に気付いた、真ん中の女が振り返り
「あっ、いらっしゃいませ。えっと…誰かの紹介ですか…?」
 俺に挨拶して、問い掛けて来た。
「いや…、ここは、紹介が要る店なんですか…?」
 俺は呆然としたまま、女に問い掛けると
「いえ、そんな事は御座いません。ただ、一見のお客様が、凄く珍しいだけですから」
 女はコロコロと笑いながら、席を立ちカウンターの中に入る。

 俺は女がカウンターに入り、おしぼりを用意して女が座っていた席を示しても、呆然と立ちつくしていた。
「どうかされました? どうぞお座り下さい…。私、店を任されてる、秋美と言います」
 女は艶然と俺に微笑みかけ、おしぼりを差し出しながら、自己紹介した。
 ママは絶世の美女って言う、表現がピッタリの女だった。
 完璧なスタイルに、優雅な身のこなし、溢れ出る色気が恐ろしいくらいのいい女だ。
 年の頃は23〜7歳と判然としないが、明らかに年下の女に正直気圧されてしまう。
 俺はママに勧められるまま、スツールに座るとおしぼりを手にする。

 俺が惹かれた女が、いつの間にかドレスに着替え、お通しを出しながら
「私は和美、こちらは美和ちゃんと佳乃ちゃんです。宜しくお願いしますね」
 さりげなく、俺の両横の女達を紹介する。
 2人の女は、ニッコリと微笑み俺に名前を告げ、挨拶をしたが、俺は完全に固まって動けなく成った。
 両横の女達も、ママには及ばない物の、凄まじい美人で見事なプロポーションだった。
 都内のど真ん中でも、こんなホステスを抱えた店は、見た事が無い。
 いや、単発で居るかも知れないが、そんな女は俺の横に座るなんて、有り得ないレベルの女達だ。

 俺は急にその環境が怖くなり、思わずママに聞いてしまった。
「マ、ママ…。この店は、基本どれぐらい?」
 ママは俺のこの無粋な質問に少し驚いて、コロコロと笑い
「このお店は、高いですわよ…。一番安いボトルを入れて頂ければ、大体8千円、普段は3〜4千円ぐらいですわ。勿論、女の子の飲み物代は、別で1杯600円〜千円の間ですわね」
 俺を脅しながら、格安価格を告げる。
「じゃぁ、これで呑ませてくれ。料金分に成ったら、その場でチェックして」
 俺はママの言葉に驚きながら、それでも信じ切る事が出来ずに1万円をママに差し出し、先払いした。

「畏まりました。女の子達にも、飲み物を出して宜しいでしょうか?」
 ママは俺の差し出した1万円を押し抱き、微笑みながら問い掛けて来た。
 俺が頷くと、美和と佳乃が俺に寄り添い
「おじさま頂きます〜」
 軽く身体に触れ、礼を言った。
 正直これが1杯3千円でも、俺はこの女達になら奢ると本気で思えるぐらい、女達の色気は半端が無かった。

 そして、数分が過ぎるとこの女達は、色気だけじゃ無く、接客業に精通しているのが、嫌という程判った。
 一切のストレスが無い上、俺を楽しませるように常に考えて居る。
 それは会話や挙措、仕草や言葉遣い、全てに教育が行き届き、完璧な空間を作っていた。
 気が付けば、ママがスッと領収書を差し出し
「お約束の金額と成りました」
 頭を下げた。
 俺は本当に請求が1万円だけだった事以上に、腕時計を見て驚いた。
 時刻は2時を回り、俺は3時間をこの店で過ごしていたからだ。

「この店は、何時までやってるの?」
 俺はまるで浦島太郎になったような気分で、ママから領収書を受け取り思わず問い掛けてしまった。
「この店の基本的な営業時間は、夜の9時から1時までで、閉店はお客様が帰られる迄と成っています」
 ママはニッコリと微笑みながら、俺が店に居すぎた事をおくびにも出さずに告げた。
 俺は一発で、この店に骨抜きにされた。
 有り得ない程の優良店との出会いに、心の底から感謝した。
 それが馴染みの店[SEASON]との出会いだった。

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