狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム33

−第4節−ディフェンス:良顕2

 俺は自宅のリビング兼コントロールルームで、ソファーに座りながら段取りを固める。
 先乗りした工作員に指示を出しながら、駅前の居酒屋の座敷を全て抑えさせ、奥まった1室にカメラを配置させた。
 工作員から送られてきた映像で、川原と同じように毬恵の屋外調教に加わっている、前田の存在を確認し、優葉に合流させるように指示を出す。
 タイミングを見計らって、カメラを仕掛けた座敷を空けさせると、準備OKだった。
 俺の指示通り前田と合流した優葉達は、カメラが仕掛けられた座敷に入り、会話を始めだした。

 オープニングは、前田の独壇場だった。
 前田は、顔を興奮に染めながら優葉に質問攻めをし、その度に川原に睨まれる。
 そんな前田の口が閉じたのは、川原が怒りを顕わにして
『前田…いい加減にしろよ…』
 低い声で恫喝したからだった。
 前田はその時、初めて川原が怒っている事に気付き、自分だけが浮いている事にも気付いたようだ。
『あっ…。す、すいません…』
 前田は、途端に項垂れて、酔いが醒めて行く。

 場が白けそうに成り掛けた時、優葉が絶妙なタイミングで
『川原さん、怒っちゃ駄〜目…。お酒の席何だから、楽しくしましょ』
 川原の左腕に両手で捕まり、下から覗き込みながら、縋るような視線を向ける。
 優葉の視線をまともに受け止めた川原は、途端に動きを止め固まり、腕に触れた感触で驚きを浮かべた。
 川原の腕に軽く優葉の胸が触れ、その張りの有る感触が、川原に伝わっていた。
 これをやられて、普通の男が優葉の頼みを断れる訳がない。

 案の定、川原は壊れたロボットみたいに、ぎくしゃく頭を縦に振り
『あ、ああ…。そ、そうだな…、うん…判った…』
 優葉の意見に押し切られた。
 優葉は華のような微笑みを浮かべ、嬉しそうに笑うと、固まっていた空気が、和らいだ物に変わる。
 優葉はこの2年で、本当に接客業が上手く成った。
 こいつが、本気で誘いを掛けて墜ちなかった男は、俺の記憶上1人も居ない。
 ましてやこんな一般人なら、絶対に太刀打ち出来る筈も無かった。
 前田も優葉の仕草に驚きながら、優葉のコントロール下に引きずり込まれる。
 座敷の中は、完全に優葉の支配下に置かれた。

 優葉は、巧みに川原と前田から話題を引き出し、取り留めのない会話を交わす。
 その中で2人に酒を勧めながら、酔いを回し始める。
 川原はこれまでの傾向から、余り泥酔するような量は飲まないタイプだと判っていた。
 恐らく会社での接待慣れなのか、自然にセーブする飲み方が身に付いて居るんだろう。
 いつも、表面上の会話の遣り取りだけで、肝心な部分には触れさせようとしない。
 これぐらい抜け目がなければ、まぁ二流の会社でも、この年で営業部長は務まらないだろう。
 だが、偶然居合わせた前田は別だった。
 こいつは、ベラベラと良く喋ってくれて、優葉の会話誘導が実にスムーズに進む。
 技術畑で人との接触が少ないから、川原のように情報を制限するような飲み方は出来ていない。
 必然優葉の会話誘導は、前田を中心に行われ、川原に嫉妬心を持たせる事により、優葉の望み通りに運ばれた。

 優葉が身を乗り出しながら前田の話を引き出し、川原が負けじと前田の会話を強引に引き継ぐ。
 優葉は川原が話し始めると身体を軽く触れさせ、川原の口を軽くする。
 鼻の舌を伸ばした2人は、優葉の思い通りに会話の内容を変えて行った。
 そんな中、3人の会話はペットの話題へと移行する。
『私は、室内犬が好きかな…。だって、可愛いんだもん』
 優葉の言葉に、2人が頷くと
『俺も犬は小さい方が好きだな…。だって、大きい犬は吼えられるだけで凄い迫力だし、飛びかかられそうになると相当怖いよ』
 前田が身震いしながら優葉に答えた。
 俺が優葉に誘導するように言った答え。
 そう、この話題が必要だったんだ。

 俺は、今現在モニターを見詰める事しか出来無い。
 ただ、情報を操作する事だけが、唯一俺に許されたゲーム内の権限だ。
 俺はその権限を効率良く使い、駆使して膨大な権利を誇る、天童寺に勝たなければならない。
 その為には、こんなセコイ手も使わなきゃ成らない。
 今俺がやっている事は、単純に言えば[密告(チクリ)]の種まきだ。

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