狂牙
MIN:作

■ 第2章 ゲーム35

 モニターの中の優葉が、呟きを始める前に優葉の携帯電話が鳴る。
 優葉は予定外のコールに驚きながら、携帯電話に手を伸ばし、サブディスプレーを覗き込む。
『あれ? ママだ…。こんな時間に、何の用だろ…』
 川原に仕草で断りながら、携帯電話を耳に当てた。
「俺だ。この電話は春からの物として聞け。川原が何かに気が付いた。これ以上はお前が勘ぐられる。適当に理由を付けて撤収しろ」
 俺は早口で優葉に指示を出すと、優葉は神妙な顔で相づちを打ち
『はい…判りました…』
 肩を落として返事を返し、携帯電話を片付けた。
『どうしたんだ?』
 沈んだ優葉の表情を気にして、川原が問い掛けると
『ママにバレちゃった…。川原さんと会ってるの…。呼び出しされちゃった…』
 優葉がガックリと肩を落として、川原に告げる。

 川原は優葉の言葉を聞いて、顔を引きつらせながら
『えっ! な、なんで…。ママ、怒ってた?』
 心配そうな声で、優葉に問い掛けた。
『うん…、相当怒ってた…。ヒョッとしたら、川原さんも怒られるかも…。でも、でもね…、ママに問い詰められても、店の方針を知らなかったって言い切って下さい。そうしたら、多分[出入り禁止]には成らないと思うし…。私の方からも、ママに[無理矢理誘った]って、伝えておきますから、川原さんも口を合わせて下さいね』
 優葉は思い詰めたような表情で呟き、直ぐに笠原に向き直って縋り付きながら懇願する。
 笠原はゴクリと喉を鳴らし、真剣な表情で頷くと
『うん、判った。約束する』
 優葉に全ての罪を擦り付ける事に承諾した。
(こいつは、やはり計算高いだけの臆病者だ。こんなヤツに、優葉を抱かせるなんて論外だ)
 俺は、優葉をこの件から引き上げさせる事にして、川原の監視を続ける。

 優葉が川原に謝罪しながら、居酒屋を後にすると前田に向かって、川原が話し始めた。
『おい、前田君。実際の所ジムが変わり始めたのって、いつぐらいから思うように成った?』
 川原の問い掛けに、前田は驚いて記憶を探り始める。
『確実には覚えてませんけど…。そうですね…、確か2〜3週間前ぐらいから、何か感じが変わりましたね…』
 前田が顎に手を添えながら、川原の質問に答えた。
 川原は、前田の答えに腕組みをして考え込むと
『前田君。確か、大杉君とは仲が良かったね? 彼からも、似たような事が無かったか聞いてみてくれないか?』
 何かを考えながら、前田に頼み込んだ。
 俺は川原の口から、大杉の名前が出た時点で、今回の目的が達成した事を理解する。
 頭の回転が速いヤツは、必要な情報が有れば、直ぐにこうやって答えに行き着く。

 俺は乙葉に合図して監視を終わらせると、ほぼ同じタイミングで優葉から連絡が入る。
『もしもし、ご主人様。私、何か失敗しちゃいました?』
 優葉は心配そうな声で、俺に問い掛けて来た。
「川原がお前の呟きで、気付いた。それに気付かないようじゃ、コントロールは任せられ無いぞ」
 俺の呟くような答えに
『はうっ…。申し訳御座いません…、お許し下さい…』
 優葉は泣きそうな声で、俺に謝罪する。
「もういい、今日は取り敢えず帰って来い。話はそれからだ」
 俺はぶっきらぼうに優葉に答えると、通話を切って携帯電話をサイドテーブルに置いた。

 俺の表情を見ながら、乙葉が微笑み
「ご主人様、優葉にご褒美をお与え下さるんですね…」
 俺に問い掛けてくる。
 俺は、氷水を一息に飲み干し
「いいや、[お仕置き]だ」
 ニヤリと笑い返しながら、乙葉に答えてやった。
 乙葉は優雅に俺の傍らに舞い降り、跪いてグラスに氷を足して水を注ぎ込み
「私達には、ご主人様に構って頂けるなら、どんな事でもご褒美に成りますわ」
 優しい微笑みを浮かべ、グラスを差し出す。
 俺は優葉の言葉を鼻で笑い、グラスを受け取って一口分の水を口に放り込む。

 撤収を指示して、10分程で優葉が俺の元に戻って来た。
 優葉は項垂れながら小走りで俺の前に現れると、直ぐに床に身を投げ出し平伏する。
「も、申し訳御座いません、ご主人様…。優葉はご命令を全う出来ませんでした…」
 優葉は床に額を擦り付け、震える声で俺に謝罪した。
 俺は優葉の後頭部に足を乗せ、軽く体重を掛ける。
 優葉の端正な顔が床に押しつけられ、醜く歪んだ。
「お前は俺に[簡単です、お任せ下さい。]と言ったな…。それが、この始末か?」
 俺の言葉に優葉の身体がビクリと震える。
「も、申し訳御座いません…」
 優葉は蚊の鳴くような声で、再び俺に謝罪した。

 俺は這い蹲る優葉の背中に
「お前は、俺の何だ?」
 静かに問い掛ける。
「はい。優葉はご主人様の奴隷で、道具で、玩具です」
 優葉は床に唇まで押さえつけられ、ゴモゴモとくぐもった声で俺に答えた。
「使えない道具は俺に必要か?」
 俺は低く静かな声で、優葉に更に問い掛ける。
「ひ、必要…有りません…」
 優葉は震えながら、泣きそうな声で俺に答えた。
 俺はサディストの雰囲気を強めながら
「お前は、俺には不要という事か…?」
 優葉に問い掛けると
「お許し下さい! お許し下さい、ご主人様…。何でもします…! ですから、捨てないで下さい!」
 優葉は必死な声で、俺に懇願する。

 捨てる訳がない。
 これは、1つのプレイだ。
 それは、優葉も判っている。
 だが、今の優葉は自分が捨てられるかも知れないという状況に身を置き、必死に懇願しているのも本心だった。
 優葉は自分が最も恐れる状況に身を置き、そして這い上がるこのシュチエーションが好みだった。
 俺は別に怒っても居ないのに怒っている振りをし、罰を与えるつもりもないのに罰を与える。
 そんな状況で使われる事が、優葉の望む[お仕置き]と言う名のご褒美だ。
 恐らく今の優葉は、本気で恐怖している。
 奴隷として俺に心の底から服従している優葉にとって、俺の言葉は全て真っ直ぐに捕らえるからだ。
 それが出来無ければ、こんなプレイに何の意味もない。
 俺のしてやる事は、優葉の労をねぎらう為に、本気で怒り、本気で罰を与え、本気で存在価値を与える事だけだ。

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