狂牙
MIN:作
■ 第3章 転換の兆し1
山道を一台の車が走っている。
運転しているのは、啓一だ。
助手席に毬恵が座り、後部座席には晶子と由梨が腰掛けている。
車は中山道を通って都内を離れ、1時間程が経っていた。
山道に入り、何度かの分岐点を由梨の指示で曲がっている。
窓の外には今では木々の緑しか入ってこず、道も細く曲がりくねった物に変わっていた。
そして、更に30分程走ると、[私有地]と看板が掛けられた、鉄扉が現れる。
「ここよ」
由梨が鉄扉を見つめながら、呟くように告げると啓一は車を止めた。
由梨が右手を上げて、何かにかざすような仕草をすると、人差し指に嵌めた指輪がチカリと光り、門扉が重い音を立てながら内側に開く。
啓一は開いた門の中に車を滑り込ませ暫く進むと、小さなみすぼらしい山小屋が見えた。
「そこに止めなさい」
由梨が山小屋の横を指さし、啓一に指示する。
車が止まり、4人は山小屋の中に入っていった。
山小屋の中は外見同様粗末で、壊れかけたテーブルが1つと椅子が2脚有るだけで、他には何もない。
由梨は扉を閉めて先ほど同様、右手を持ち上げ手をかざすと中指の指輪が光り、山小屋の床自体がズッと沈み始めた。
由梨以外の3人は突然の動きに驚きを浮かべたが、3人の支配者が落ち着き払っているのを見て、表情を元に戻す。
山小屋の床が3m程沈むと動きは止まり、4人は白く塗られた金属の壁に四方を囲まれる。
由梨が三度(みたび)右手をかざすと薬指の指輪が同じように光って、壁の一つが奥にズレてスライドした。
由梨はその開いた空間に無造作に足を進めると、真っ暗だった通路に明かりが灯り始める。
3人が歩き出した由梨の背中を追い通路に入ると、開いた時と同様に音もなく入り口が閉じた。
すると通路の明かりが、由梨のいる場所を除きフッと消え、暗闇が訪れる。
「早く来ないと、一生ここから出られないわよ…」
3人は由梨の言葉に驚き、急いで由梨の元に走り出した。
由梨はどんどん通路を進むと、通路が直角に曲がる。
曲がり角に差し掛かると、進行方向の明かりが点いて、由梨はその通りに進む。
グネグネと曲がる通路だったが、基本的には1本道だ。
3人は由梨が先ほど告げた、言葉の意味に首を傾げる。
だが、角を曲がり過ぎた3人は、最早自分達がどの方角に向かっているのか、全く分からなく成っていた
不安が3人に広まった頃、通路は行き止まりに行き着く。
由梨が腕組みをしながら、ウンザリとした声で
「もう良いでしょ? 私だけだから、安心しなよ…」
壁に向かって告げると、行き止まりの壁がスッとスライドした。
扉の奥には、どう見ても診察室のような部屋があり、そこに白衣を着た小さな老人が立っていた。
「ひょひょひょ…。そう言うな、これぐらいの用心は、最低限必要じゃ…。何せ、儂を何とかしたいと思う奴らは、ごまんと居るからな」
老人は笑いながら由梨に告げ、顎をしゃくって椅子を勧める。
由梨は勧められた椅子を見て、苦笑を漏らし、葛西家の者達は顔を引きつらせた。
老人が勧めた椅子は白い革製で、人が肘掛けに腕を乗せながら椅子に座る姿勢で、寛いでいる姿を模している。
ただ、それは模していると見えるだけで、実際には有り得ないデフォルメがされていた。
その椅子の緩やかな曲線を描くお尻が、真下に向かってまっすぐに伸び、後ろ側の足に成っていて、前側の足も通常の膝下より長い。
背もたれに成っている胴体部分も薄く、掛ける者の背中を支えるクッションも乳房を模しているが、全体的に平たく、横に広がっている。
肘掛けになっている腕の部分も上側が平たく、手が置き易いデザインされていた。
作り物には間違いないと分かるのだが、その椅子の背もたれに精巧に作られた、美しい女の顔が載っているため、葛西家の者達は妙に生々しく感じられ顔を引きつらせたのだ。
だが、葛西家の3人は、それと全く同じ物を見つけ、それが作り物だと判断した。
老人がカーテンの衝立をどかせながらテーブルに進むと、テーブルを挟んでもう1脚が現れ、青い顔をしながらも胸を撫で下ろす。
由梨は安堵する3人をチラリと見て
(おやおや…、勘違いしたようね…。まぁ、常識じゃこんな事有り得ないからね…)
クスリと唇の端で微笑み、椅子に近づく。
「ひょひょひょ…。どうじゃ? 新作じゃ」
老人が由梨に告げると、女の生首の目が開き
「どうぞ、お掛けください…」
鈴を鳴らすような声で、由梨に勧めた。
その声を聞いた瞬間、葛西家の3人の表情が、これ以上ないくらいに驚きで引きつる。
老人は、葛西家のリアクションに馬鹿笑いしながら、椅子に腰掛けると
「こいつらは、双子の姉妹だ。膣と子宮を実験に使ったから、廃棄処分しようかと思ったが、見た目と肌がそこそこ良かったんで、遊び半分で椅子にしてみたんじゃ」
楽しそうに由梨に説明した。
「ふ〜ん…。こいつら、中身はどうなってんの?」
由梨は椅子女に座り、感触を確かめながら老人に問いかける。
「ああ、骨の大部分は、軽量化で改造したが、後はほとんど生身だ。まぁ、消化器系の内臓は必要ないんで捨てたがな」
老人は、事も無げに処置を告げると
「頭の中も弄ってないの?」
由梨が老人に問いかけた。
「あぁん、そんな事して何が楽しい? こいつらは、これから朽ち果てるまで、意志を維持し[物]として生きて行くんじゃ。洗脳なんかしたら、面白味もないじゃろ。老化防止剤を使っとるから、50年は朽ちん筈じゃ。その間、そっくりなお互いの姿を見つめ合い、自分の姿を認識する。中々面白い趣向じゃろ?」
老人は、由梨に自分の悪趣味を自慢げに問い直した。
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