狂牙
MIN:作
■ 第4章 回り始める舞台13
◆◆◆◆◆
一也は携帯電話を良顕から受け取り、ニヤリと笑いながら
「話は付いたかの…」
静かに問い掛けた。
「はい、何か手厚い持てなしを受けていたようですが、2時間程で身なりを整えるという事でした」
良顕はスッと頭を下げ、一也に告げる。
「そうか。心配するでない、昌聖はフェミニストじゃ。女性を傷つける事は、ようせんじゃろ。怖いのは、奴隷達の方じゃ」
一也は楽しそうに呟きながら、良顕を見た。
良顕は初めてニヤリと微笑み
「そのようですな。千佳も感化されているようでした」
良顕が告げると
「儂らの世界には珍しく、アレは真っ直ぐでの…。歪めたくは無いんじゃ…」
一也は溜息と共に、静かに呟いた。
良顕はその言葉に、黙して語らず、スッと頭を下げ。
「御老…、お手を煩わせました。今回の件は、終生ご恩に感じます」
一也に礼を尽くすと
「よいよい。儂も久方ぶりに、漢(おとこ)に会うた気がするわい。今後会わぬが華じゃが、息災での」
一也は手を振りながら、良顕に告げる。
良顕はそのままクルリと踵を返すと、店の入り口を開け姿を消した。
良顕の姿が見えなくなると
「生き方が不器用じゃの…。あれじゃ、付いとる者が大変じゃ…」
自分の事を棚に上げ、呟きながら携帯電話を手にし、ダイヤルを始める。
コール音も殆どしない内に通話が繋がり
『ご隠居! ご無事で?』
肉屋の店主が、悲痛な声で問い掛けた。
それとほぼ同時に、赤く成っていた監視装置が、一瞬で緑に変わり携帯電話から、いくつもの安堵の溜息が聞こえる。
『でっ! どうなったんですか? まさか、また返したんじゃ無いでしょうね?』
肉屋の店主が捲し立てるように問い掛けると
「お前は馬鹿か? あんな獣を、儂が何とか出来ると思っとるのか? ありゃ、宗介レベル…、いや、優駿が居って何とか出来る相手じゃぞ」
一也は呆れ果てた声で、肉屋の店主に告げる。
『そ、そんな〜…。それじゃ、どう言い訳するんですか』
肉屋の店主が、情けない声で問い掛けると
「何がじゃ? 何も無かった。1人の男が来て、茶飲み話をして、帰って行った。それのどこに言い訳が必要じゃ?」
一也は何でも無いように、惚けた声で告げる。
この言葉に、流石に肉屋の店主も呆気に取られ
『ご隠居…、マテリアルの名前が出てるんですよ…それを、茶飲み話って…』
ボソボソと告げると
「あ〜〜〜っ、五月蠅い! お前は、漢が命を賭して、交渉に来たのに、それをコセコセと重箱の隅を突くのか? もっと、粋を感じろ! それとも、何か? お前は、儂に査問会に出ろと言うのか?」
一也は頭の上の蝿を追うように、手をブンブン振りながら、捲し立てた。
『あ〜っもう! 分かりましたよ! はいはい、無粋で済みません! 今日のデータは、全て代えときます。何も無かった! それで良いんですね!』
肉屋の店主が、キレ気味に告げると
「おうおう、儂は良い部下を持って幸せじゃな。今度[青年団]で、1週間ほど出張を組んでやる。お前さんら4人で行って来い」
一也はニヤニヤ笑いながら、肉屋の店主に告げた。
『えっ! わ、私達…4人で…ですか?』
言葉の裏に期待を込めて問い掛けると
「出る時と、帰る時はな…。美津子、香奈、幸枝、遼子、佳乃、希美香、静江、桜まだ足らんかの?」
一也はボソボソと、肉屋の店主達が良く知る、美女達の名前を挙げる。
『マ、マジっすか! えっ、って言うか。8人ともまさか…』
肉屋の店主は驚き、一也に問い掛けると
「儂を慕ってくれとる。まぁ、2〜3年物じゃが、尽くしてくれる筈じゃ。それとも、儂と兄弟に成るのは嫌か?」
笑いを含んだ声で、問い直す。
すると、間髪入れずに
『アザッス!』
4人の声が、スピーカーから大音量で流れた。
遠くで、パチンパチンと手を打ち鳴らす音を聞きながら、一也は大きな溜息を吐く。
(はてさて…。厄介な者を呼んでしもうたの…。どうする…、来るなと言うても、止まらんじゃろうし…。困ったもんじゃわい…)
一也は、優駿を呼んでしまった事に、後悔し始めた。
(ライオンと虎か…。あの青年の、狼のような雰囲気。会わせてみたいが、喰い合いは必定じゃな…)
天井を見上げた、古狐は再び大きな溜息を吐く。
◆◆◆◆◆
千佳は、浴室に居た。
個人の家にしては、だだっ広い浴室だ。
拉致されて、吊り下げられ、尋問された事は、良く覚えている。
忘れようもない出来事だったからだ。
暴風の快感等、生易しく思える程の快感地獄。
自分の意識は、あっと言う間に消え、何がどうなっているのか全く、分からない状態だった。
千佳は、まさかその中で、良顕や乙葉、優葉の名前を出していたなど、思いも寄らない。
(一体、何だったんだろう…。何で、私はここでお風呂に入ってるの…)
千佳は、良顕から電話を貰った事は、何となく覚えているし、昌聖が[ゲスト]と認めた事も記憶の端にある。
(だけど、何で? いったい何の話が付いたの?)
千佳がそこまで考えた時、浴室の扉が開き
「お湯加減は、如何でしょうか?」
首輪を外した全裸の美咲が、問い掛けながら入って来た。
あまりに唐突に現れた美咲に、千佳は思わず顔を引きつらせて、浴槽の縁に張り付く。
「どうかされました、美咲様?」
美咲の背後から、歩美が中に入って来て、状況を勘違いし
「あら、千佳様。大丈夫ですわ、私達は、千佳様に危害など加えませんわよ」
コロコロと笑い、千佳に告げながら、床に正座する。
美咲もニッコリと微笑みながら、床に膝を突き
「お身体と御髪のお手入れに、参上いたしました」
優雅な身のこなしで、正座をした。
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