狂牙
MIN:作
■ 第5章 血の連鎖2
天童寺は、その話し方に違和感を感じながら
(こっちも、トラブルか…。奴の悪運は、まだ続いてるようだな…)
ゲームのモニターに、目線を向ける。
天童寺の目線は、モニターの中央に映し出されている映像は見ず、4隅に書かれている、数字に向いていた。
(ゲームの15種類の主導権を得るのに投資した回数が16回、[リクエスト]の承諾1回、[パブリック]が10回…。総計27回か…、少し使い過ぎたな…。どんな情報かも分からず、闇雲に[パブリック]を掛ける訳にもいかんか…)
天童寺は、深く溜息を吐き
「分かった。他のメンバーには、謝罪にSクラスを付けて、条件を呑ませよう。早速手を打つ」
小夜子に返事を返して、通話を切った。
天童寺は、視線をモニターに戻す。
画面の四隅と、中央にある数字は、それぞれリアルタイムで、動いていた。
右側が天童寺で、左側が良顕サイドの数字である。
上部に位置するのは、双方の払ったポイントで、下部に有るのは双方の資産ポイントだ。
そして、画面中央上部に有る数字が、プールされたチップポイントの総数である。
現在天童寺は15有る権利全てを保有し、途中[露出調教]の[リクエスト]を認め所持資産は5,654,466、払ったチップは1,700,817。
対して良顕は、最初に2,100払っただけで、後は一切のチップを払わず総資産は47,404のままだ。
始まった時の個人資産7,355,283の天童寺に対して良顕50,004は余りにも非力過ぎた。
途中[リクエスト]の依頼で払われた、3,200を入れた、総プールポイントは1,703,417、権利を獲得するためのベットに必要なポイントは、340,684。
この時点で、既に良顕の開始資産を遥かに上回っており、最早良顕には権利に手を出す事は出来ない。
ゲームの大勢は、ほぼ天童寺の勝利が確定している。
良顕はこの時点で、なぶり殺し状態になり、指を咥えて見ている外無かった。
◆◆◆◆◆
天童寺に連絡を入れた由梨は、ジッと携帯を見つめ
(1週間…。それぐらいなら、まだ保つ筈よ…)
自分の身体に起きた異変を、探るように考え込んでいた。
喀血から2日、まだ体調は戻りきっていないが、開発した新薬が効き始めているのも実感出来ている。
怠さが残る身体をソファーに沈め、由梨は連絡を待った。
30分程が経つと、毬恵の携帯電話に孝司から連絡が入る。
1週間の出張が入り、準備してくれと言う依頼だ。
毬恵は由梨の指示に従い、荷物をまとめると啓一に手渡す。
啓一は直ぐにタクシーで、孝司の会社に向かい、由梨は毬恵を連れて劉のラボに向かう。
これで、葛西家の家族は全て引き返せない身体に成り、家庭の崩壊と共に孝司を自殺に追い込む。
◆◆◆◆◆
コントロールルームで、留守にしていた期間の話を聞いていた晃は、[ブラインド]データーに目を通していた。
その晃の顔が、引きつる。
「りょ、良ちゃん…。これ、一大事よ…小夜子は、もう保たないかも…」
震える声で告げる晃に、良顕は訝しげな視線を向ける。
「どう言う事だ? こいつに何が有った…」
良顕が、低い声で問い掛けると
「乙ちゃん。今の映像、もう一度再生して。そう、そこで止めて! ここアップに出来る? 画像は、見易く成らない?」
晃は、身を乗り出して、乙葉に次々に指示を出す。
乙葉が晃の指示に的確に答え、画像を修正して行くと
「これよ。ここを見て!」
晃は画面を示して、良顕に告げる。
良顕は言われるままに、画面を覗き込むと、それは由梨の喀血シーンだった。
良顕は更に目をこらし、晃の示す部分を見つめ
「何だ? あのピンク色の物は…。まるで、生のモツみたいだ…」
ボソリと呟くと、晃は大きく頭を縦に振り
「そう[モツ]…、内臓よ。これは、剥離した小夜子の胃袋。ここの紫の部分分かる? これは、組織細胞が死滅している証拠。この後、嘔吐して食道も一部剥離してるみたいだから、症状は進行中のようね…。どうやら、老化防止剤が少しずつ効かなく成ってるみたい」
良顕に説明した。
「老化防止剤が効かない? それは、投与限界ってやつか?」
良顕が晃に問い掛けると、晃は再び大きく首を縦に振って認める。
晃は探るような憎悪の目を向け
「奇遇よね…。まさか、あんたの最後をリアルタイムで見れるとは思わなかったわ…」
ボソボソと呟くように言った。
良顕はその言葉で、モニターから視線を晃に向け
「こいつと何が有った…」
静かに問い掛ける。
「こいつはね、私の全てを奪った片割れ…。私の家族は、こいつと劉って医者に、メチャクチャにされたわ。人体実験のモルモットにされて、痛みの中で悶死させられたの。妹は、その時まだ6才よ…。9才の私は、こいつらに身体を弄ばれながら、10年間助手として腕を磨いたわ。こいつらに、復讐するためにね…」
晃は、燃えるような憎悪の目を向け、血が滴るような声で呟いた。
良顕は、晃の表情で歩んで来た道の険しさを垣間見る。
(こいつも、被害者か…。一体、どこまで毒を振りまけば気が済む。腐りきった狂人どもめ!)
良顕は、怒りが腹の底から込み上げ、どす黒い感情が広がるのを押さえきれなくなった。
「晃、このゲーム、負けたら地下に潜るぞ…。ただじゃ、殺されてやらん!」
晃の肩に手を乗せ、固い石のような声で良顕が呟くと
「うん。どこまでも、ついて行く。私も、ただでは殺されてやんない」
肩に乗せた良顕の手に、自分の手を添え嬉しそうに呟いた。
暫くの沈黙の後、晃がスッと視線をモニターに向け
「でも、良ちゃん。この映像、思わぬ収穫かもよ…。確か、小夜子って天童寺の特別な奴隷だもん。元は、薬剤の研究者で改良版の細胞活性剤と老化防止剤のパテントを持ってたの。先代に奴隷として登録されて、天童寺のパテントに成ったけど、今でも最先端の技術は小夜子が握ってるわ」
晃が説明すると、良顕の目が見開かれ
「先代? って事は少なくとも、30年は前の話しじゃないか!」
驚いて問い掛ける。
「ええ、投与限界を迎えたって事は、それぐらいの筈よ…。ほぼ、記録に近いけどね…」
晃は溜息混じりに、良顕の言葉を肯定する。
良顕は目の前に映る小夜子が、実際は60才に近い事を知り、うなり声を上げた。
晃は驚く良顕を尻目に
「細胞活性剤と老化防止剤は、[マテリアル]のキモよ。この薬品のパテントで、社会的背景を持たない天童寺が、あれほどの巨大な力を手にしてる。知ってた良ちゃん、日本支部の順位は世界全体で30台の後半だけど、天童寺の個人資産は十指に入ってるわ」
説明を続け
「だから、天童寺は、この情報は絶対に欲しいはずなの。きっと、役に立つわよ」
良顕を見つめながら、言葉を句切った。
(どんなに価値のある映像だろうと、今の俺には決め手には成らない。何か手だてはないのか…)
良顕は、焦る心を押さえ込み、ただジッとモニターを見つめ、黙り込む。
その時、メインモニターに映る、小夜子が天童寺に連絡を取り始めた。
携帯電話が繋がると、おもむろに小夜子は
『ご主人様、最終段階に入りたいと思います。孝司を1週間留守にさせて下さい』
天童寺に依頼すると
『1週間? 計画では、1ヶ月の筈だ。その間の貸し出し調教は、どうするつもりだ?』
通信監査のタイムラグを含んで、訝しそうな天童寺の声が流れる。
『事情が…変わりました。貸し出しは…、勝負が付いた後に…して下さい』
小夜子はチラチラとカメラに視線を向け、言葉を選びながら天童寺に告げた。
暫くの沈黙の後
『分かった。他のメンバーには、謝罪にSクラスを付けて、条件を呑ませよう。早速手を打つ』
天童寺が承諾して、通話が切れた。
小夜子はカメラを見つめて、ニヤリと微笑む。
良顕と晃は、この時自分達に残された時間が、ほぼ無くなった事を理解する。
しかし、一向に手だてが見つからない良顕は、乙葉に命じて今後の方針を決めるため、主だった者達を招集した。
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