女麻薬捜査官和美
若光:作

■ 拷問編1

「お前から得る情報は全て得たようだ」
 尋問者が言う。
「キーボードをどけろ」
 和美の足元からキーボードが部下により取り除かれた。
「下ろせ。しばらく眠らせろ。これからお前がどうなるのかは起きてから教える」
 後ろ手に縛られた手首が天井のフックに吊られていた。手首は背後で合掌して括られ、全ての指は第二関節で同じ指同士が括られていた。手首を括った縄はフックに和美の上半身が下に倒れ目が膝の位置になる迄の高さになっていた。和美を拘束する縄は長さ自体はごく短いが絶対的な拘束であった。足は自由ながら動けようがないのだ。和美の口には、ポールギャグが嵌められていた。自決を許さぬ為だ。練習用ゴルフボール状の玉で、呼吸可能な様、穴が開いている。とめどない唾液が流れ続ける。唾液が鼻に入らぬ様、顔を上げねばならない。この姿勢では、床と平行に迄しか上がらない。首から肩そして乳房の辺りがひきつりきってもはや感覚すらない。布地の類を許すような尋問者の筈がない。和美の鼻頭から、顎から、肩先から、乳首から、股間の漆黒の叢から、汗が滴り落ちる。その汗は足元に貯まり、滑るのを堪える為足を不必要に力まねばならない。それが下半身をひきつらせる。これまでの拷問で当初、幾度かは失神して、瞬時の忘却の自由があった。しかし度重なる拷苦は幾度かの失神の後はその自由すら和美から奪った。フックから縄が外された。和美の身体はそのまま前に倒れ、俯せに汗と唾液の中に沈んだ。今後の家畜としての使途の為、怪我をさせないよう、落ちる速度は調節された。

 和美は汗と唾液の中で、意識が遠退いていった。失神ではなかった。守るべき全てを吐出された後の虚無の中でのやはり眠りだろう。薄れる意識の中で、捕縛された最初にとらされたのも、先程の姿勢だったと思い出した。

 村田和美。27才。162p 48s サイズ83・58・87 麻薬取締官。
 和美は麻取(通称)が初めて養成した、プロパーの女取締官だ。敢えて大卒を避け高卒者を採用した。大学生が呑気に過ごす4年間で、麻薬取締官としてのあらゆる能力を仕込み抜こうとするのだ。肉体的に鍛える事は当然だが、むしろインテリジェントリテラシーが求められた。麻取にとり、『面が割れる』則ち麻薬組織に顔を知られたらもう潜入捜査はさせられない。そもそもリスクを考慮せねばならず捜査官の安全の為、一人の人間はそう何度も潜入させ得ないのだ。二人一組は捜査の原則だ。通常ベテランと新人で組む。よほどでなければ一人での潜入はない。ベテランといっても五回程度で潜入捜査からは引退である。その後は管理職になる。すると管理職ばかりの組織になってしまう。女麻取の大量(といっても数人だが)採用に踏み切ったのは、女なら潜入捜査引退⇒寿退職となるのでは、との意図があった。
 二人一組の原則は絶対ではない。単独潜入も有り得る。だが、これまで女取締官の単独はなかった。さすがにためらわれた。しかし単独が適切と判断された今回事件で、女だからとのみの理由で、回避する時代でもないとの判断が上司にあった。二回程度の潜入経験者で、信頼の最も篤い者。
 誰もが彼女ならと考えたのが村田和美だった。

潜入の開始からすぐに和美はつまづいた。とてつもなく警戒が厳しいとは聞かされてはいた。しかし、これ程とは。売人と接触した当初、二回は普通の売買だった。三回目で、和美は車での同行を求められた。行くしかなかった。車内ではアイマスクをされた。何処へ向かっているかは全くわからない。車を下りてからは数歩、歩いた。エレベーターで何階分か昇り、またしばらく歩き、背後でドアが閉まった。椅子らしい物が膝に当たった。
「座って」
 男の声がした。和美は手探りで椅子を確かめ座った。
「マスクを取るが絶対に振り向かないように」
 和美としては頷くしかない。視界が開けると、丁度選挙の投票スペースのような囲いが前と左右にあった。振り向けない以上確認できないが、左右の壁は身体の後ろ迄ありそうだ。机上に典型的な麻薬の注入セットが一揃いあった。
「ヤクだ。ここで打ってもらう」
 ついにこの場面が来たと和美は覚悟した。常習者である事の証明は打つしかない。もちろん打ち方は何度も研修した。常習者とビギナーの酔い方の違い、初酔いなのに常習の酔いを装うすべも訓練はしていた。しかし本当にやってのけるのは初めてなのだった。一度位なら適切な治療で常習性は回避できると教えられた。身体が震えそうになるのを必死に堪えた。手慣れた手つきで打った。
 和美は常習者を装う事に集中した。だが、明らかに教えられたのとは違う異常が身体に生ずるのを知覚するのだ。
『なんなの、これ……頭が重い…絶対違う』
 和美の記憶はそこまでだった。

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