哀妹:芽衣
木暮香瑠:作

■ 恥辱の体育館6

 芽衣は、段違い平行棒から降ろされ、床にうずくまって泣いている。目の前には、芽衣自身が作った水溜りがあった。芽衣の頬を伝う涙が、その水溜りに落ちる。
「やだあ。芽衣ちゃん、おしっこ漏らしちゃうなんて……。最低」
「そうよ、ここ、あなたにとってはただの体育館でも、私たちには大切な練習場なのよ」
「ほんと、おしっこで汚されるなんて許せないわ」
「ううっ、うっ……。ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 川田達の叱咤に、芽衣は泣きながら謝るしかなかった。呻き声のような泣き声が、天井に反響する。

 男子部員と柴田達がモップと雑巾、バケツに入った水を持ってきた。
「とにかく掃除しなくちゃ。芽衣ちゃん、雑巾」
 芽衣に雑巾を渡そうとする男子部員を川田達が遮った。
「雑巾なんか使わせないわよ。私たちが掃除に使う雑巾、おしっこで汚すつもり?」
「そうよ、芽衣のおしっこが染み付いた雑巾なんか、使えなくなるじゃない」
「で、でも、どうすれば……」
 芽衣は、少しでも早く目の前のおしっこの水溜りを消したかった。一時も早く、この現実から逃れたかった。
(どうすればいいの? はやく掃除しなくちゃ……)
「そのレオタードで拭き取りなさいよ。どうせおしっこで汚れてんだから……」
 川田の言葉に芽衣は、一瞬たじろいだ。
「えっ、で、でも……」
 レオタードで掃除するとなると脱がなくてはならない。レオタードの下は何も身に付けていない。
「そうよ。レオタードで拭きなさいよ。雑巾もモップもだめよ。私たちに使えなくするつもり?」
 岡本も、川田の提案に同調する。
「そっ、そうだね。俺たちの掃除道具、おしっこで汚されるのもなんだしなぁ……」
 男子部員たちも、心の隅に残る良心を遮るように小さい声で同調した。芽衣がレオタードで掃除することは、男子部員たちにとって願ってもないチャンスだ。憧れの学園アイドルの芽衣の全裸が見れるチャンスなのだ。
「そ、そんな……。このレオタード、脱いだら……」
 芽衣の言葉を遮るように川田が言う。
「いいじゃない。どうせ、今でも裸と同じようなものなんだから。乳首もあそこの毛も、見せびらかせてたんだから」
 広い体育館の中、芽衣を含め8人しかいない。誰一人、芽衣の味方はいなかった。7人の目が、芽衣を見つめている。男子たちは期待を含んだ視線を、女子は軽蔑と怒りに満ちた視線を芽衣に注いでいる。それぞれの思惑が体育館に満ちている。
「早く掃除しなさいよ! いつまでもおしっこ臭いのは勘弁してよ」
「そうよ! この後、使う人もいるのよ。あと30分もすれば、ママさんバレーの人たちが来るのよ」
 川田と岡本の叱咤が続く。芽衣は、自分の置かれた境遇を悟った。
(脱がなくちゃ帰してもらえない……。掃除しなくちゃ許してもらえないんだ……)
 芽衣は、レオタードの肩紐に手を掛けた。

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