緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話11

「そうか───貴方、今日は態々下着姿で来たって事は特別補習受けたいのね。望み通り受けさせてあげるわよ」
と言って更に、
「フフッ、もう逃げられないわよ。私が最後だと思ったんだろうけど、格闘技経験者を残すなんてね」
と言った。遥を取り押さえているのは身長173cmと遥より大柄でレスリング部のレギュラーを取る程の実力者だった。小夜子は手の甲を口に当てて、
「間違えて残しちゃったんじゃなくて、格闘技やってる相手には敵わないと思って避けたのかしら?どちらにしろそれが命取りとは馬鹿処か大馬鹿のド低脳ね───」
と嘲り、高飛車な笑いを見せた。それから完全勝利宣言とばかりに、スマホを叩き、遥に叩きのめされ入院しているグループのメンバー全員に、犯人を捕まえた事を送信しようとした時、
「格闘技───か。それを聞いて安心したよ」
と遥が言った。小夜子は送信ボタンをタップしようとした指を止めて、
「何ですって───?」
と眉間に皺を寄せて言った。このごに及んでその様な寝惚けた事を言って来るとはボコボコにされないと解らないのか───?
「ならば望み通りこの場で半殺しにしてあげるわ、更に明日は全校生徒の前でオナニーの刑よ。通り魔にはお似合いだわ!」
と言うと、遥は、
「何でこんなに暗くて足場が悪い所を選んだのか、解らない?」
と言った。そして取り押さえている相手の腕を振り払い逃れた。それから一瞬で間合いを空けた。
「格闘技やってるなら本気出せるよ」
遥はそう言って一旦離した間合いを一瞬で詰めた。相手が遥を見失って探している隙に遥は風下に回り、相手の脇腹に膝を入れて怯んだのを見ると側頭部に回し蹴りを、そして頬に掌底を入れた。
そして相手は崩れ落ち、動かなくなった。折角暗闇に慣れ始めたのに勝利を確信してスマホの光を覗いてしまった小夜子にはそのシーンは全く見えず、ただ暗闇の中自分の手下が崩れ落ちる音を聴くだけとなってしまった───。
「一人残したのは私のミスだったけど、それが油断に繋がったね。でも今度こそあんたが最後」
遥はそう言って相手に止めを入れた。小夜子はその遥の声と行為に余裕を無くした処か巨大な恐怖感に襲われ一歩後退りした。そして、
「うっ───いやあああっ!」
と叫び逃げた。しかし足場が悪く何度も転びそうになった。

どの位走っただろうか───?気の遠くなる思いをしたが取り敢えず追って来る気配が無かったので小夜子は中腰になって息を整えた。
「まいたかしら……兎に角逃げられた様ね───兎に角明……」
小夜子はそう言い掛けて絶句した。目の前に遥が立っていたからだった。
「くっ……」
小夜子は向きを変えて逃げた。しかし簡単に遥に追い付かれた。
兎に角校門へ───校門へ───あそこには防犯カメラがある、逃げる自分と追い掛けて来る下着姿の通り魔が映れば確実に警察が来る。警察が……。ここの所学校の外は警察が増え、警戒に当たっていたが───。
「ハアハア……ハアハア……まさか、だから───」
小夜子は悟った。遥は防犯設備があるからこそ最後に小夜子を学校に呼び出したのだと。リーダーの小夜子を最後に潰せばその後遥は自分がどうなっても構わないから、防犯カメラに映ってでも警備の薄い学校を舞台に選んだのだと───。
「いやあああ!殺される!!」
音も無く追い掛けて来る恐怖に小夜子は叫びながら逃げた。足を地面に取られ転倒しそうになりながらも必死に逃げた。しかし、
「逃がさない」
とすぐ後ろ、いや、すぐ横か。もうどちらだかわからないが小夜子は声を聞いた。そして振り向いた───。その瞬間、注意が逸れ木の根に足を引っ掛けて転倒した。遥は蹲った小夜子に音を立てずに近寄り、髪を掴んで引き起こし、背中に思い切り蹴りを入れた。
「ぎゃん!」
小夜子は転倒した。もう逃げる気力も体力も無くなってしまった。いつもグループの中心で人に命令しているだけの小夜子の体はもう限界だった───。一方遥は二年間毎日山の中で、冬は希美の実家の空手道場を夜中に使わせて貰い桜流忍術の修行をしていた。組み手をやれば師範の希美には勿論妹の霞にも敗ける日々で、気絶させられたり川に放り込まれたりするのは当たり前だった。実際今回一連の行動を起こす前にも霞と一本勝負をして無惨にも敗れていた。だから少なくとも慢心や驕りは無い───。慢心の固まりであった小夜子と、その小夜子を確実に仕留める事に全てを捧げて来た遥との差だった。

遥はもう一度小夜子を起こし、背中に平手を入れた。小夜子は膝をつき背中を押さえた。
「昔、あんたの命令でみんなにこうやって遊ばれたんだ……」
遥はそう言い、更に前蹴りで前屈みになってる小夜子を仰向けに倒した。そして素早く馬乗りになって小夜子の腕を膝で押さえ付け、左右左右と繰り返し平手打ちをした。
「ゆ……許してよ……」
小夜子は遥の暴行に耐えられなくなり、命乞いを始めた。遥は平手打ちを止めたが、油断すると何をされるかわからないので気持ちは切らず何時でも攻撃出来る体勢は崩さなかった。
「あなた……まだ私が誰だかわからないの?」
遥は聞いた。小夜子は弱々しい声で、
「……わ……判らないわ……誰なの───?熊本薫はさっき……聞いたわ」
と答えた。遥は首を振った。そして、首に着けていたリボンをほどいて小夜子の顔に放り投げた。
「あなたに切られたリボン───命令でじゃなく、あなたが切ったんだよ」
遥は静かに言ったが、小夜子は思い出せなかった。そんな何時誰のリボンを切ったかなんて一々覚えていられなかった。遥はふう、と息をついた。もっともリボンで思い出さないのは想定範囲内───。

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